第33話 呼び捨ての理由?



「香澄お義姉ちゃん、どういうことか説明してください!」


 昼休み、食堂で席に着いた瞬間、目の前に座った優香ちゃんがそう言った。

 ぶっちゃけ聞かれると思っていたので、特に驚くことはなかった。


「香澄と誠也くんがあんな気まずい感じになっているのは、初めて見たよ」

「教室でもそうだったんですか?」

「うん、気まずい雰囲気というか、『付き合いたてのカップルがどう接すればいいかわからない』みたいな雰囲気だったよー」

「そ、そんなんじゃないから!」


 奈央の言葉に、思わず強く反応してしまう。


「べ、別に、誠也が私のことを名前で呼ぶって決まっただけよ。それ以外に変わったことなんてないわ」


 昨日の夜、奈央と小林くんが帰った後に勉強で勝負をして、私が勝ったので呼び捨てで読んでくれるように言った。


 それから誠也がまだ慣れないのか、呼び捨てするのをとても恥ずかしがっているのだ。


「へー、香澄お義姉ちゃんを呼び捨てするだけで、お兄ちゃんがあんなにたじたじになるんですね」

「一途ってことは知ってたけど、誠也くんも純粋だねぇ」

「私もあれだけ誠也が意識するとは思わなかったけど」


 初めて会った時から約十年、ずっと「ちゃん」づけで呼ばれていたので、私もそれに慣れていた。


「というかお義姉ちゃんは、なんでいきなりお兄ちゃんに呼び捨てで呼ばれたかったの?」

「えっ? あ、それは、その……」


 私はチラッと奈央の方を向いた。


「んー? なに?」

「……奈央が小林くんに呼び捨てで呼ばれてるから、その」


 頬が赤くなっていくのを自分でも感じる。

 私の言葉に奈央と優香ちゃんがニヤつくのも見えた。


「へー、私と健吾を見て、羨ましくなったのー?」

「香澄お義姉ちゃん可愛いー!」

「う、うるさい……」


 だからこの二人には言いたくなかった。

 どうせ言わないと解放されないから、言うしかなかったけど。


「じゃあ誠也くんも呼び捨てで呼ぶのをすごい意識してるけど、香澄も呼ばれるとドキッとしたりするの?」

「そ、そりゃあ、今まで呼び捨てで呼ばれることはなかったから……ちょっとドキッとするけど」

「ふふっ、香澄も乙女だなぁ」

「うちのお義姉ちゃんが可愛い……!」

「だ、だって、誠也があんなに意識して呼ぶんだから、意識するなって言うほうが無理あるでしょ」


 誠也がもうちょっと普通に呼んでくれれば、私もそこまで意識せずに済むのに。


「だけど意識してくれて嬉しかったり?」

「……まあ意識されないよりかは」

「ふふっ、そうだよねぇ」

「うちのお義姉ちゃんが可愛すぎるよぉ……!」

「ゆ、優香ちゃん、黙って」


 顔が赤くなったのを怒った感じにして誤魔化す。


 しかし二人とも私が誤魔化そうとしているのをわかっているのか、ニヤニヤしてるだけだった。


「それでお義姉ちゃん、これからはずっとお兄ちゃんからは呼び捨てで呼ばれるの?」

「まあ、誠也が呼んでくれるなら」

「なんで香澄は呼び捨ての方がいいの? 私と健吾は別に友達だし、誠也くんと香澄の二人より仲良いとは思わないよ?」

「……なんか奈央と小林くんって、すごい対等な感じで喋ってる感じがしたから。それが呼び捨てで呼び合ってるからなのかなぁ、って」

「んー、そうかなぁ?」


 これは本当に私の感覚的な話だから同意は得られないかもしれないけど。


「なんか、『ちゃん』付けで呼ばれてると、いつまでも誠也からは『守らないといけない女の子』みたいに思われてる感じがして、どうにかそれを払拭したかったの」

「それが呼び捨てされたい理由なんだねぇ。まあ私と健吾の間に、守る守られるとかはないしね。何かとあれば勝負事をふっかけたりしてるし」


 アラウンドワンでいろいろと勝負をしていたのを見ていた。

 それもなんだか対等に戦っている感じがあって、少し羨ましかった。


 だから昨日の夜、誠也に勉強で勝負をしようとふっかけたのだが……それは奈央と優香ちゃんに言ったらまた揶揄われるから、言わないでおこう。


「だから呼び捨てで呼び続けてほしいけど……誠也はいつ慣れるかしら」

「どうなんだろうー。お兄ちゃんって意外とそこらへんは純情だから、結構慣れるのに時間がかかりそう」

「小学一年生で初めて会った時にプロポーズされたのに、今さら純情って言われても……」

「だけどお義姉ちゃん以外には言ったことないし、すごい一途だよ?」

「誠也くんって本当にすごいよねぇ、まあそんな誠也くんを夢中にさせちゃう香澄が凄すぎるのかな?」

「や、やめてよ、私は別に何もしてないから」

「ほうほう、優香ちゃん、君のお兄さんは何もしていないと言う悪女に唆されているようだよ」

「なんと! そんな悪女には罰として、お兄ちゃんをもらってもらうしかないですね!」

「……二人とも、そろそろ顔が赤くなる理由が、違う理由になるかもよ?」


 主に怒りという感情で赤くなるだろう。


 そんな恋話のようなことを話しながら、私達はお昼ご飯を食べた。



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