第31話 勉強勝負とご褒美
俺の部屋に香澄ちゃんと一緒に入る。
「香澄ちゃんが俺の部屋に入るのなんて、結構久しぶりじゃない?」
「……そうね。中学生の時に、誠也が風邪を引いた時以来じゃないかしら?」
「えっ、覚えてるんだ?」
俺が中学生の時に一回だけ風邪を引いた時があって、その時に香澄ちゃんがお見舞いをしに来てくれたんだ。
風邪を引いてたからぼんやりとしか覚えてないけど、あれはとても嬉しかった。
「あの時に初めて『あーん』をしてくれたなぁ……」
「っ! せ、誠也、それも覚えてるの?」
「俺が香澄ちゃんにしてもらったことで忘れたことなんて一個もない!」
「……そ、そう」
恥ずかしそうに顔を赤らめる香澄ちゃん、可愛いな。
そうだ、俺の部屋に来たのは勉強をするためだった。
「じゃあ勉強しよっか。わからないのは数学だったよね?」
「ええ、ここなんだけど……」
俺と香澄ちゃんはカーペットの上に座り、ローテーブルに教科書などを広げて勉強をし始める。
やはり香澄ちゃんは健吾よりもずっと頭がいいので、教えてほしいと言ったところも応用問題で難しいところだ。
これが出来なくても八十点以上は余裕で取れるけど、九十点以上を狙うんだったらしっかり理解しておかないといけないような問題。
健吾には全く教えられない範囲だから、俺も気合いを入れて教える。
「それで、これを代入して……」
「こういうことね……ええ、わかったわ。ありがとう」
「じゃあ最後にこの問題解いて終わろうか」
「そうね……誠也、最後のこの問題、どっちが早く解けるか競争する?」
「ん? もちろんいいけど、珍しいね」
「ふふっ、なんか小林くんと奈央を見てたら、こういうのもいいかなって」
「ああ、あの二人は結構そういう勝負をしてたね」
健吾と汐見さんはやはり仲がいいのか、勉強をしている時にも勝負をしていた。
『健吾、ここの数学のページ、どっちが早く終わるか競争ね』
『ああ、いい……いやちょっと待て、お前半分くらい終わってるじゃねえか』
『えー、私、文系だからこれくらいのハンデは欲しいなぁ』
『俺も文系だからな。ちょっと待て、俺も半分までやるから……よし、じゃあ始めるぞ』
『はーい……終わったー』
『いやお前、俺が半分やってる間にほぼ終わらせてただろ!?』
こんな感じで勝負をずっとしていた。
なんかいろいろとあったみたいだが、大体の勝負は汐見さんが勝っていた気がする。
「じゃあ最後の問題、同時に解き始めようか。なんか負けた方に罰ゲームとかやる?」
「うーん、罰ゲームというよりは、勝った方にご褒美にした方が楽しそうね」
「そうだね、じゃあ勝者は敗者になんでも言うことを聞いてもらえるとか?」
俺が少し大胆にそんなご褒美を言った。
「っ……ええ、それでいいわ」
すると香澄ちゃんは一瞬だけを目を見開き、笑って承諾した。
「本当に? 俺、計算スピード結構早いよ?」
「知ってるわよ。私も負けないから」
「わかった。じゃあ香澄ちゃんのタイミングでいいよ」
「ええ。それじゃ……スタート」
そして俺と香澄ちゃんは、集中して最終問題に取り組んだ。
問題集の最後ということだけあって、問題が複雑で計算もめんどくさい。
だけど一つ一つしっかり解いていけば、答えに辿り着く。
一分、二分が経ち……そろそろ俺は解ける。
最後にこの式で出た答えを代入して……。
「出来た!」
「えっ!?」
俺が最後の計算をしていたところ、香澄ちゃんの終わった発言に驚いて顔を上げる。
「マジで? 香澄ちゃん、早くない?」
「ふふっ、そうでしょ? だけどこれで答えが間違ってたら負けだけどね」
「そうだね……よし、俺も終わった」
そして答え合わせをしたら、俺も香澄ちゃんも正解していた。
つまり、香澄ちゃんの勝ちだ。
「香澄ちゃん、すごいね。本当に早かったよ」
「一か八か、ほとんどの計算を暗算でやったのよ」
「ああ、そういうことか」
確かに式を書いていくよりも、頭の中で計算した方が、書く手間がない分早いだろう。
だけどそれはしっかり頭の中で暗算が出来て、間違えないように出来たらという話だ。
「さすがにテストでは計算式をしっかり書くけど、誠也に勝つにはこれしかないと思ったわ。思った通り、暗算でやってもギリギリだったし」
「だけど負けは負けだからね。香澄ちゃんガ勝者だから、敗者はなんでも言うことを聞くよ」
「……ええ、何をしようかしら」
香澄ちゃんは少し頬を赤らめてそっぽを向いた。
何も考えていなかったのかな。
俺だったら……香澄ちゃんになんでも言うことを聞いてもらうなんて、最高すぎてむしろ思いつかないな。
いつも言ってる「結婚しよう」っていうのも、そんなことで返事をもらいたくはないし。
「香澄ちゃん、なんでも言っていいよ。俺が叶えられることならなんでも叶えるから」
「っ……あ、あまりそういうこと言わないで。いろいろと困るから」
「えっ? だけどそういうご褒美だったでしょ?」
「そ、そうだけど……少し迷ってるから」
何を迷ってるんだろう? 俺が出来ることならなんでもやるんだが。
あっ、もしかして何個か候補があって、その中からどれをやるか迷ってるってことか。
「何個かあるなら、全部でもいいよ? 別に最初から一個だけって決めてなかったしね」
「っ……い、いえ、一個だけでいいわ」
「そう?」
「ええ、それと後から勝った方に有利なことは、普通負けた方が言わないわよ」
「まあそうかもしれないけど」
香澄ちゃんの言うことなら、俺はなんでも叶えてあげたいし。
ん? そう思うと、別にご褒美とかじゃなくても、俺は香澄ちゃんの言うことをなんでも叶えるけどな。
「じゃあ、決めたわ」
「ん? なに?」
香澄ちゃんはなぜか顔を真っ赤にしながら、俺の目を見て告げる。
「こ、これから……呼び捨てで、私のことを呼んで」
「……えっ?」
呼び捨て? 香澄ちゃんのことを?
「む、むりだなんて言わせないわよ! これはご褒美なんでしょ!?」
「い、いや、むりじゃないよ。だけど予想外のご褒美だったというか……」
まさかそんなことだとは思わなかったら驚いただけだ。
呼び捨てくらい全然問題ない。
「本当にそんなご褒美でいいの?」
「うん、いいから。じゃあこれから、呼び捨てでお願い」
「わかった……香澄」
「っ……」
あ、あれ……なんだか、その、すごい違和感があるのはもちろんなんだけど。
名前を呼ぶだけなのに、なんでこうも恥ずかしいのか。
呼び捨てにしただけだぞ? なんでこう、顔に熱が……!
「せ、誠也、顔が赤いわよ?」
「いや、その、なんでもないよ、香澄ちゃ……香澄」
ダメだ、なぜかわからないけど、「ちゃん」づけをしないで呼ぶだけなのに、めちゃくちゃ恥ずかしい……!
「……じゃあ今後、呼び捨てでお願いね、誠也」
「う、うん、わかった、香澄」
頑張って取り繕おうとしてもダメだ、全然顔から熱が引かない。
「ふふっ、想像以上に、いいご褒美だったかしら?」
香澄ちゃ……香澄も少し顔が赤いけど、俺よりも余裕そうだ。
「ご褒美、ちょっと考え直さない?」
「ダメ。今後ずっと、呼び捨てよ、誠也」
「うぅ……わかった」
まさかこんな恥ずかしいとは思わず、少しだけ勝負に負けたことを後悔した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます