最終話 友達からその先へ
波乱の入学式が終わり、学校生活が始まった。
母さんと優奈の特訓のおかげで俺は女の子としてうまくやれたと思う。
危ない時は奈々が助けてくれて、ちょっと疑惑くらいは持たれたかもしれないが三年間男とバレることはなかった。
授業も
体育祭も
合唱祭も
文化祭も
百人一首大会も
修学旅行も
全部精一杯楽しんで、俺は女の子として青春を謳歌した。
奈々と。
奈々は宝生ホールディングスの社長令嬢ということで最初遠巻きにされていた。誰もが友達になりたいと思う一方、近寄りがたかったのだ。
だが、俺がずっとそばにいて周りとの仲も取り持ったことで、奈々はクラスの中心人物であると同時に、その恥ずかしがり屋なのに小悪魔な性格からクラスのアイドルに。
可愛い可愛い言って女子が女子を愛でている様子はなかなか目の保養になったよね、うん。
そして今日は卒業式。
長いようで短かった高校生活が幕を下ろそうとしていた。
「これで終わりなのね……」
「終わりだね。さみしい気がする」
「気がするってなによ気がするって」
卒業証書をもらった俺たちは教室で別れをかわしていた。さっきまではクラスメイトもいたが、今は俺たちだけだ。
俺は大学に、奈々は海外留学に行くことが決まっていたため、俺たちの間にはなんとも言えない雰囲気が漂っていた。
「私、あなたに出会えてよかった」
奈々の急な言葉に驚く。
「急に改まってどうしたんだよ……俺もそう思うけど」
「ふふっ」
奈々が俺の言葉に声を立てて笑った。我ながら素直じゃないなぁと思いながらも、なんとなく気恥ずかしくて目をそらしてしまう。
と。急に奈々が立ち上がる。
「奈々?」
奈々は俺の問いに答えず窓の側まで行くと、こちらを見ずに言葉を発した。
「私さ、あなたのことが……好き」
「えっ……」
唐突な告白に思わず言葉を失う。答えられない俺に、奈々は言葉を続ける。
「私ね、今までひとりぼっちだったの。家族には愛されてると思うけど、それでもみんな仕事が優先で。学校では社長令嬢だからって遠巻きにされたり恐れられたりして。それが当たり前だったから辛いと思ったこともなかったけど、楽しいと思ったこともなかった」
「でも、この学校に来て、あなたと出会って、友達になって。すごく楽しかった。こんな青春が送れるなんて夢みたいで」
「ただでさえ感謝していたのに、人に言えない隠し事をしていても全力で学校生活を満喫しているあなたが眩しくて、かっこよくて、気がついたら好きになっていた。だから……」
奈々が振り向く。
「東雲優希さん、私と付き合ってもらえませんか」
時が止まったようだった。
この世界に俺と奈々、二人だけしかいないような、そんな気がしてくる。
これまでのことが走馬灯のように過ぎ去った。
初めて見た時のこと。
保健室のベッドで見つめ合った時のこと。
雨に濡れながら走った時のこと。
修学旅行で迷子になった時のこと。
一緒に見に行ったホラー映画で怖がって俺の腕にしがみついていた時のこと。
この三年間、俺の隣には常に奈々がいた。
そして俺はそんな奈々のことを——
「好きだ」
「っ!?」
その言葉は俺の中からすっと出た。
ずっと前からあったのに気づかないふりをして抑え込んでいた感情が溢れ出す。
「入学式の日、幸せにしたいって思った。きっと無意識にお前に惹かれていた」
「いつからかわからないけど、俺の中でお前が一緒にいることが当たり前になっていた」
「どんな顔も好きだけど、奈々には笑っていてほしい。幸せそうに、ずっと、笑っていてほしい。気づいたらそう思っていた。でもこれは俺のエゴだから……」
俺はやっとはっきりと言葉にする。ずっと思っていたこと。入学式の日から俺の中で決めていたこと。
「奈々がずっと笑っていられるよう、俺がお前を幸せにしたい」
奈々が目を見開く。そして——
「嬉しい。すっごくすっごく、嬉しいわ!」
俺は思わず息を呑む。
奈々は満面の笑みを浮かべていた。今まで見た中で一番綺麗な笑み。
陽の光を背景に、大きなブラウンの目を輝かせている様子は、まるで女神のよう。
俺は思わず立ち上がっていた。そのまま奈々の前まで行き——
「あっ……」
思わず抱きしめていた。腕の中にあたたかなぬくもりを感じる。
「好きだ。本当に好きだ。俺のことを好きになってくれたりがとう」
「うん、うんっ……! 私の方こそありがとう、好きになってくれてありがとう……!」
奈々の言葉に目頭が熱くなる。
「絶対に幸せにする、約束する」
「私も。あなたを幸せにするわ」
目を合わせて笑い合う。
あたたかな風が吹いた。
「これからよろしくね、奈々」
「こちらこそよろしくね、優希」
俺たちの他には誰もいない教室。
夕日に照らされて、俺たちは初めてのキスをした。
【完結】妹の代わりに女子校に入学することになりました 美原風香 @oto031106
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