第5話 小悪魔
「東雲さん、体調治ったー?」
カーテンをシャっと引き現れた保健室の先生。
っておいこら、もぞもぞ動くなバレるから!
俺は思っていることを顔に出さないよう気をつけながら、小さく笑みを浮かべる。
「もう少し休めば大丈夫そうです」
「それならよかった」
「ご心配をおかけしました」
すっと頭をさげる。
って痛いから足蹴らないで!? 大人しくしてくれって!
俺の異変に気付いた様子もなく、先生は笑みを浮かべた。
「いいのよー、じゃあもう少し休んでいてね。私はちょっと出なきゃいけなくなったから、体調治ったら職員室に行って担任の先生に伝えてから帰ってちょうだい。あなたA組の生徒よね? 古谷先生って方よ」
「わかりました」
「よろしくね。それじゃあお大事に」
「ありがとうございます」
やっといなくなる、とホッとしそうになったその時。
「あ、そういえば宝生さん知らない? あなたと一緒にここに来た後教室に行ってないって聞いたのだけど」
ビクッとする。俺は悟られないように慎重に表情を作る。
「あ、宝生さんならお父様から連絡あったと言って帰られましたよ」
「そうだったのね。次から誰かしら先生に言っておくように伝えなきゃ……わかったわ。ありがとう」
そう言うとやっと先生は出て行った。
危なかった……
俺はホッと胸をなでおろし布団をめくる。するとそこには……
「ねぇ、今のどういうことかしら? なんで隠れなきゃいけなかったの?」
うつ伏せで寝転がり不機嫌な顔をした奈々がいた。
そう。奈々が泣いているところを見られるわけにいかない俺は、先生がカーテンを開ける直前に彼女を自分のベッドに引っ張り込み、布団をかけて隠したのだった。
だが、なぜそうなったかわかっていない奈々は不満そうな表情。表情とは対照的に耳は真っ赤だが。
俺はため息をついて説明する。
「お前が泣いているところを見られたら俺が泣かせたことになりかねないだろ。わかんないけど、お前を泣かせたってなったら大ごとになる気がする……」
「あっ……」
今気づいたのか、奈々は申し訳なさそうな表情になる。
この学校がどういう場所なのかも、奈々の父親はどういう人なのかもわからないが、あの宝生ホールディングスのご令嬢の機嫌を損ねたとなれば俺はこの学校にいられなくなる可能性がある。
リスクは犯さないほうがいいだろう。
そう説明すると、奈々は心当たりがあるのか顔をしかめる。
「確かにお父様なら、私が泣かされたって聞いたら学校に乗り込むことくらいしかねないかも……」
奈々のつぶやきを聞いて俺は心底ホッとする。
「隠しといてよかった……」
「ええ、ありがとう。あと足蹴っちゃってごめんなさい……」
「あれくらい大丈夫だ。それにちゃんと説明できなかったし驚いて当たり前だ」
俺が笑顔を見せると奈々もホッとした表情を見せる。
と、思い出したように奈々が時計を見る。
「あ、私そろそろ迎えが来ちゃう」
「じゃー俺もそろそろ帰ろうかな」
ここで俺は待つべきだったんだろう。だが、そのまま起き上がろうとした結果、同じタイミングで起き上がろうとした奈々が、俺が引っ張った布団を膝で踏んでしまうことに。
「うわぁ!?」
そのまま俺の方に倒れ込んでくる。
「ちょっ、おいっ……!?」
支えなきゃいけないが真正面から来たら何もできないっ……!
思わず目をつぶる。だが……
ポスッ。
その音のみでいつまでたっても衝撃も重みもない。
俺が恐る恐る目を開けると……
目の前に奈々の顔があった。まつげの本数まで数えられそうなくらい、近くに、はっきりと。
パッチリとした二重。
明るいブラウンの瞳。
真っ白な肌。
桜色に色づきぷっくりとした小さな唇。
どれ一つ取っても非の打ち所がない。そんな顔が手を伸ばせば触れられるほど近くに……
まるで時が止まったように俺たちは見つめ合った。そして、俺は半ば無意識に右手を伸ばし……
「っ!」
頬を撫でた瞬間、奈々の体がピクッと動く。
そこで俺はハッとした。
「ご、ごめんっ! そんなつもりじゃ……っ!?」
俺が手を離そうとするとなぜかそこに左手を重ねて来る。
え、ちょっ、まっ……!
「ふふっ、こんなところ見られたら優希くん、大変なことになっちゃいそうね」
「ちょっ、お前、絶対面白がってるだろっ……!」
「そんなことないわよ? ただ、こうなったからにはしっかり責任取ってもらわないとって思ってだけ……ふふふっ」
え、何、急に小悪魔!? そ、そういうキャラだったのっ……!?
慌ててる俺を尻目に奈々は笑みを深くする。そして俺の耳にすっと顔を寄せると……
「捕まえたから。覚悟しておいてね」
「っ!?」
色っぽい声とその内容に思わずドキッとして半ば放心状態に。
だが奈々はそんな俺には目もくれず、さっとベッドから降りると出て行こうとする。
「ちょっ、待っ……!」
奈々はこちらを振り返るととびっきりの笑みを見せ……
「優希くん、また明日」
そういうとカーテンを開けて出て行ってしまった。
「お、おう、また明日……」
保健室に一人残された俺は、それからしばらく動けなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます