第4話 泣き笑い

 彼女は俺が手を握ってしまったことを咎めるでもなく話の続きを促してくる。


「で、ここに来た理由はなんですの? あとそろそろ名前を教えて欲しいですわ」

「そうだった! 俺は東雲優希。でもこの学校で登録されている名前は優奈だからそう呼んでくれ」


 俺は全部話した。双子の妹のこと。俺のこと。特訓のこと。


 話終えた時、奈々は笑みを浮かべてた。


「それなら協力しますわ!」

「協力?」

「あなたが無事この学校を卒業できるよう、私がサポートしてあげます!」

「え、助かる! いいの?」

「もちろん! 宝生の名にかけて二言はありませんわ!」


 胸を張っていう奈々に俺は疑問を覚える。宝生の名にかけて……?


 そんな古い決まり文句をリアルで聞くことはないと思っていたけど、それ以前に、宝生って……まさか……


「もしかして……あの大企業宝生ホールディングスの……?」

「えぇ。私は宝生ホールディングスの代表取締役、宝生嶺二の娘」

「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!?」


 思わず叫び声をあげてしまう。


「世界規模の大企業で、代表取締役は長者番付にも載っていると言われている、あの、宝生ホールディングスのご令嬢……!?」

「そうよ。でも、そうやって扱われるの嫌なの。だから普通の女子高生として、クラスメイトとして、友達として接してくれたら嬉しいわ」

「わ、わかった……」


 な、なんかすごい人と友達になってしまった……え、本当に俺なんかがタメ口きいていいのだろうか……。


 俺のが考えていることを察したのか、奈々は頬をむーっと膨らませる。


 だからさ!? なんでそんなに可愛い仕草を連発するのさ!?

 美少女という自覚を持ってくれ! 心臓に悪い……!!!


 今日何度目かわからない魂の叫びを、口から出さないように必死こらえる。


「すごいとか思わないで欲しいわ。私の力じゃない、お父様の力で友達ができないなんてもうこりごりなのよ……」


 悲しそうな笑みに思わず目を奪われる。


 ——この子と日々の楽しみを共有したい。


 唐突にそう思う。

 きっと宝生ホールディングスほどの企業になれば、それは優雅な生活を送ってきたのだと思う。俺のような普通の家庭で育ったやつには想像もつかないような世界で生きてきたのだと思う。


 でも、反対に、苦しいこともいっぱいあったはずだ。


 厳しい教育や、厳しいルール。

 それこそ友達なんてできにくかっただろう。

 お金目当てで近づいて来る奴もいっぱいいただろう


 そんな日常から少しでも救いたい。

 そう思った。


 だからだろうか、あんなキザなことを言ってしまったのは。


「俺がお前に青春を謳歌させてやるよ」


 こんな、二次元のイケメンしか言わないようなことを言ってしまったのは。


 だが、言ってよかったのかもしれない。

 奈々は目を丸くすると、プッと吹き出した。


「あははっ、あなた変わってるわね」

「べ、別にっ……」

「でもありがとう。すごく、すごくうわしいわ!」


 俺はその時見た彼女の表情を絶対忘れないだろう。


 目に溢れそうなくらいいっぱいの涙をためて、それでもなお、嬉しいということが伝わって来る彼女の笑みはとても美しかった。


 しかし、その時間は長くは続かなかった。

 

 ガラガラガラ。


「まずっ」


 急に扉が開いた音がした。

 待って今来られるとっ……!


「東雲さんー? 具合どうー?」


 だが俺の願い虚しく足音はこちらに近づいて来る。


 しょうがない、ここは奈々に我慢してもらおう……


「ごめん」

「えっ?」


 俺の言葉に奈々はキョトンとした表情をする。だが全部を説明している暇はない。


 とりあえず今の奈々を見られるわけにいかないんだ。俺が泣かせたことになってしまう……! 

 そんなことになったら絶対やばい。


 俺は向かって来る足音を聞きながら奈々に向かって手を伸ばした。


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