王子サマの条件

あん彩句

君と王子サマ


「すごいの見た」


 登校早々、そう言って彼女は興奮気味に席に着いた。もちろん、その言葉に先にいるのはオレじゃない。コンビニのおにぎりにかじりついている、彼女の友人だ。口いっぱいの米のせいで言葉を発することができないその友人に向かって、彼女が続ける。


「やっばいの。芸能人かってほど可愛い女の子みたいな顔した男の子がコンビニにいてさ、その男の子と待ち合わせしてたらしい男の子たちがガラスの向こうから手を振ってるの。全員の顔面の完成度の高さ! 夢オチかもしれないって疑ったし。あの集団なんなの? 朝から膨らみすぎて心臓破裂するかと思った。見てよ、これ」


 スマホの画面を向けられた彼女の友人は、タラコの塊を口から噴出した。ゲホゲホむせて、見かねた斜め前の席の子が紅茶を差し出して、それをがぶ飲みして息をつく。


「盗撮したわりに後ろ姿しか写ってないじゃん! で、なんでこんな画像荒いの?」


「だってめいっぱい寄せたんだもん」


「きったねーな! おい、今すぐ俺の机からタラコを退けろ」


 そうやって口を挟んだのは俺の友人。机の上に着地したタラコを指差して、彼女の友人にこれでもかと眉を寄せて訴える。オレはそれを頬杖をついて眺めていた。騒々しい、がいつもの三人組だ。



「ケイ、ティッシュちょうだい」


 彼女の友人がオレに手を差し出した。差し出して、急かすように指をひらひらと動かす。オレの友人がまたしても口を挟んだ——そうやって騒々しいができあがる、いつも。


「おまえが持ってろっつーの。マミカ、そのかわいっぽい名前に完全に中身がついていけてないぞ」


「いちいちうっさいな。ケイがいつも持ってんだから、私が持ってる必要ないじゃん」


 オレがポケットに手を突っ込んだのを見ながら、マミカが頬を膨らませた。そして、オレの手からポケットティッシュを受け取ると、それをそのままオレの友人めがけて放り投げる。そして見事に床に落ちた。


「そこ、タロの敷地だから自分でやって」


 タイチロウというわりかしいい名前を持ったオレの友人は、マミカによって『タロ』という犬みたいなあ呼び名を授かった。理由は、『5文字は長い』からだそうだ。


 文句を言うタロを無視して、マミカが彼女の方へ身を乗り出した。さっきの話の続きを本腰入れてする気らしい。


 そういえばタロが前に言っていた。この2人は食べ物とイケメンの話をし始めると止まらない。ずっとしゃべっている。きっとどんなに不幸なことが起きても、辛いことがあっても、どちらかを見せればご機嫌で話し出すだろう。



「あれは王子サマ軍だね」


 そんなどうもセンスのない総称に顔を引きつらせるタロ。マミカは正反対で目をキラキラと輝かせた。オレはそれをやっぱり頬杖をついて眺めている。オレのティッシュは床に落ちたまま、タラコはタロの机の上。


「王子サマ軍って、どうだよそれ」


「なんでよ。そのまんまじゃん」


 彼女が言うと、うんうんと深く頷きながら、わからないなら口を挟むんじゃないと苛立った様子でマミカが机を叩いた。


「軍だよ、軍。全員が顔がイイって、その破壊力。想像だけでもう悶絶」


「マミちゃんにも見てほしかった。私的にはちょっと長髪の、ピアスいっぱいした人がよかったんだけど。マミちゃんはきっとあの可愛い子だろうな。でもね、ちょっと背が低かった」


「いいよ。背が低かろうと、顔がイイなら」


 ほくほく顔で頷いたマミカに、タロがけっとバカにしたような一瞥を投げる。とたんにマミカは目を吊り上げて、彼女もまた応戦して背筋を伸ばした。


「だからタロはモテないんだよ!」


「そう、ランの言う通り! あのね、よーく考えてごらん。そうそう王子レベルいないから。それでランの目利きね。ランが認めるってところがすごいわけよ。ちょっとしたとこに出てた人見て、ランが売れるって言ったら売れるんだから。そのランが言うんだよ、『王子サマ軍』って。ものすごいっしょ。見たかったなぁ。ちょっと意地悪とかでもイイよね」


 うっとりしながらマミカが言う。彼女はちょっとニヤけながら天井へ目をやった。


「でも優しい人がいいね」


「私だけにね。それでさ、タロみたいなおしゃべりじゃなくて、何考えてるかわかんなくてもいいからせめてケイだよね。肝心な時にはちゃんと頼りになるし。バカみたいにしゃべる王子、やだ」


「タロの方が身長高いけど」


「ほどよいのがいいもん。私の理想は、私の頭の上に顎が乗るくらい——」


 マミカがタロとオレを見て、『論外』と決めたようだった。タロが間髪入れずに突っ込む。


「全然ほどよくねーよ。巨人兵ぐらいしかいねぇから」


「あと手が大きい人」


「うん、それだよ、それ!」


 いつの間にか『理想の王子サマ』を創造しはじめた2人に、無視されたタロはしらけた目。オレはそれでも頬杖をついて耳を傾けた。女の子たちのオレへの評価が予想したよりも高かったことに安堵する。タロはかなり不満そうだ。


「それでやっぱり——」


「ちゃんと大好きって思える人じゃなきゃ、ね!」


 マミカがそう言うと、2人は弾けたように笑った。ケラケラと、それはもう楽しそうを通り越してしあわせそうだった。


「あとは、声が低すぎちゃだめ」


 うんうんと、マミカが満面の笑みで頭を揺らす。


「それから——」


 うーんと考えながら、彼女がちらりとオレを見た。頬杖をついたままのオレと目が合って、オレはちょっとだけ左の口角を持ち上げる。


「——それから、ティッシュを持ち歩いてる、とか?」


 え、と固まったのはマミカだけじゃなくタロも同じ。オレは視線だけ向けてそれを確認して、にこりと笑った。ほっぺたをピンクにした彼女がなんとも言えない顔で唇をすぼめて空を見ている。


「昨日から、ランはオレの彼女になったよ」


 オレが言うと、タロとマミカは息もぴったりに「エーッ!」と大声を出した。彼女はいつもの騒々しい三人組としてそこに加わらず、恥ずかしそうに小さく笑っただけ。


 鼻先で王子サマどうのと盛り上がっても寛容なのは、オレがランだけの『王子サマ』に昇格したからだよ——頬杖をついたまま、そう言ってやろうか。


 ほんとは、ランが彼女になったって浮かれてそれどころじゃないからだけどね。




[ 王子サマの条件 完 ]

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

王子サマの条件 あん彩句 @xSaku_Ax

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ