第15話:悔恨
皇紀2217年・王歴219年・秋・皇居
「すまぬ、朕が悪かった、許してくれ、本当にすまぬ、ライナ」
ハリーの配下に救いだされたライナ第二王女は、戦闘侍女の手で安全な後宮に運び込まれ、暖かい寝具に寝かされていた。
男共の欲望に酷く穢された身体は、湯で濡らした手拭い程度では、直ぐに清められる状態ではなかった。
しかも着物を脱がした下には、目を背けたくなるような、無残な鞭の傷跡や棒で打たれた傷跡、刃物で身体を切り刻まれた傷跡まであった。
そのような男の欲望や傷跡を見せられた皇帝は、自分の決定が娘にどのような生き地獄を与えていたのか、言葉ではなく現実を見せつけられる事になったのだ。
何をされても正気を失った焦点の合わない目をしている自分の娘を見て、全てを知っていて修道院に送った皇帝は自責の念に責めさいなまれる事になった。
だが救出劇は自責の念だけではすまない、後宮を揺るがす一大事になったのだ。
「お呼びにより参上いたしました、主上。
失礼させていただきます、ソフィア殿。
しかしながら、幾ら何でも思い遣りがなさ過ぎるのではありませんか。
全くと言っていいほど私の所には渡ってきてはくださらないのに、ずっとソフィア殿の所にお渡りなるだけでなく、この宮に呼び出すのは情け知らずにも……」
同じ皇帝の寵愛を争う身でありながら、ここ数年殆ど皇帝が渡ってくる事もなくなり、唯一の男子を授かっている事だけを誇りに耐えてきたアメリアだった。
それが事もあろうに、寵愛争いをしているソフィアの宮に呼びつけられたのだ。
怒り怒髪天を衝く思いだったのは間違いなかった。
内心では仮病を使ってでも来たくなかったのだが、ミア皇女とソフィアが、皇帝にとって絶対に手放せないハリーという支援者の親族であるため、唇を噛み締める想いでやってきた。
だが、それでも、つい愚痴や嫌味が口に出てしまった。
そしてようやく視線をあげて部屋の中を見渡せば、半裸の女が傷だらけの身体を手拭いで清められているのだ。
そのような非常識な場に呼びつけられた事に、アメリアの我慢も限界を超えてしまい、思い上がっているソフィアの怒鳴りつけようとしたその瞬間、身体を清められている傷だらけの娘が自分の娘である事に気がつき、愕然としたのだった。
「まさか、ライナ、貴女がライナだと言うの。
後宮に流れていた噂が、根も葉もない事ではなく、本当だったと言うの。
ライナ、ライナ、ライナ、ライナァアアアアア」
アメリアは礼儀作法も何もかも捨て去り、周囲のいる皇帝やソフィアの事など全く目に入らず、泣き叫びながらライナ王女に抱きついた。
噂を耳にするたびに、口では否定しながら内心ではとても恐れていた事。
皇帝に言われた事を信じようとしながらも疑い続けていた事。
愛する娘が家畜以下の扱いを受けていたという真実に、皇帝に対する尊崇も礼儀作法も全て忘れた。
「お恨みします、主上、恨んで恨んで恨み抜いて差し上げます。
主上はわたくしに申されたではありませんか。
神官や修道僧の妻にされる事はあっても、飢える事も凍える事もなくなると。
惨めな生活だけはしなくてすむと。
それが、その結果が、このような姿なのですか、主上」
皇帝は己を射殺さんばかりの怨念の籠った視線に射すくめられていた。
何を口にしても殺されると気がついて金縛りになっていた。
その土壇場に、殺意を消し去る言葉が放たれた。
「母上様、ハリー殿が助けてくださらず、主上の言う通り修道院に入っていたら、わたくしもライナお姉様のような姿になっていたのですか」
その言葉はアメリアを正気に戻しただけではなく、皇帝の肺腑を更に深く鋭くえぐる事になったのだった。
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