第14話:皆殺し:修道院側

 皇紀2217年・王歴219年・秋・某修道院


 修道院は蟻の這い出る隙間もないくらい厳重に包囲されていた。

 だが、後宮からはたった一人の戦闘侍女しか来ていなかった。

 修道院を包囲しているのは、ハリーが本拠地から派遣した影衆と親衛隊の精鋭だけで、後宮の守備力を減らすような事はしなかった。

 いや、配下の兵だけではなく、なんとハリー自身が首都までやって来ていた。


 ハリーは今回の件に関しては一切の容赦をする気がなかった。

 本当ならば、屑共にライナ王女殿下が受けたのと同じ苦しみを与えたかった。

 だが、この醜聞を闇に葬るためには、一夜の間に皆殺しにしなければいけない。

 ハリーは断腸の想いで屑共を即死させることにした。

 ハリーは最初に修道院に向かって睡眠魔術を放った。


「女子供であろうと一切の容赦をするな。

 中にいる人間は、ライナ王女殿下以外は皆殺しにする。

 俺達がライナ王女殿下を救出したら一斉に殺せ」


 ハリーの配下以外は理解する事のできない、特殊な暗号で命令が下された。

 その命令に従って、事前の計画通り配下の者共が素早く動いた。

 その場にとどまり、ハリーの睡眠魔術にかからなかった者が逃げだしてきた場合には、絶対に逃がすことなくこの場で殺す役目の者。

 包囲網の外から襲いかかって来る敵を警戒する役目の者。

 ハリーよりも先に修道院に入り、待ち伏せや罠がない事を確認する者。

 ハリーと一緒に修道院に入り、敵を近づけさせないようにする者。


「こちらが、ライナ王女殿下が囚われておられる地下牢です」


 戦闘侍女に案内されたハリーが地下牢に入ると、筆舌に尽くし難い無残な姿となったライナ王女殿下が横たわっていた。

 ハリーと戦闘侍女が入ってきても、視界に入っても、全く反応しない

 それどころか、身体に触っても抱き上げても無反応だった。

 心を喪失させる事で、心身に与えられる激痛から何とか逃れていたのだ。


「ガリリ」


 ハリーが奥歯を噛み砕かんばかりに歯を食いしばって激情に耐えていた。

 ハリーの力をもってすれば、少なくともライナ王女殿下の身体の傷だけは、跡形もなく治すことができた。

 本拠地に連れ帰って時間をかけて治療すれば、心を癒すことができるかもしれなかったが、苦しいけれど我慢しなければいけなかった。

 皇帝に自分のやった事を思知らせなければ、また同じ過ちを繰り返すかもしれないからだった。


 ハリーは従妹であるミア王女殿下には幸せになって欲しかった。

 そのためには、皇帝に現実を見せつけなければいけないのだ。

 己の身勝手やしでかした許されない罪を心に刻み込んでやる必要があった。

 そのために、惨めな姿になったライナ王女殿下をそのままにしておくという、情け容赦のない外道な振舞いをする事になる。


 ハリーの怒りは、そのような事をさせる元凶となった者に向かった。

 修道院にいた者は、腐れ外道の修道院長はもちろん、聖堂騎士団員も影衆も既に皆殺しにされていた。

 魔力に秀で体術と武術を鍛え抜いたダエーワ影衆であろうと、ハリーの睡眠魔術に耐える事などできなかった。


 昏倒するように眠っていた者は、全員害虫駆除役の配下に殺されていた。

 まだ激情のおさまらないハリーの怒りは、ライナ王女殿下を嬲り者にした信徒に向かい、家族共々皆殺しにされる事になった。

 この夜に殺された者の数は、老若男女併せて五二九七人にも及んだ。

 そこにいた者が全て殺された修道院と信徒の家は一五四軒もあったが、その全てに翌朝早々皇国の貴族と騎士の取り締まりがあった。


 修道院と信徒の家から接収された富は、半分が皇家に納められ、残りの半分が接収に向かった皇国貴族と皇国騎士の収入となった。

 誰よりも先に、最も富になりそうな修道院や信徒の家を数多く取り締まったのは、ハリーの親戚であるヴィンセント皇国子爵家とキングセール皇国男爵だった。

 実際にはハリーの配下が全てを回収していた家も多かった。

 取り締まりの容疑がライナ王女殿下の謀殺であったため、王国を牛耳っているカンリフ騎士家も政治を担っているセール宮中伯家も、流石に口出しできなかった。

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