第4話:不遜・修道院側

 皇紀2216年・王歴219年・秋・首都の某修道院


「修道院長閣下、今年も皇家から王女殿下の修道院入りを延期するという手紙が届いておりますが、いかがいたしましょうか」


「おのれ、一度ならず二度までも神の代弁者である余との約束を破るとは、皇太子の分際で身の程知らずが、許さん、絶対に許さんぞ。

 聖堂騎士団長を呼べ、皇居に聖堂騎士団を遣わして王女を連れて来させる」


「承りました、直ぐに聖堂騎士団長を呼んでまいります」


 去年は側近の諫言もあり、何とか王女を攫うと言う凶行を思いとどまった修道院長であったが、去年死の淵を覗いた側近が今年は諫言しなかった事で、その欲望の赴くまま凶行に至ろうとしていた。

 もうこの修道院には、修道院長を止める者は誰一人いなかった。

 それどころか、修道院長と一緒になって暴虐の限りを尽くしていた。


「お呼びにより参上いたしました、修道院長閣下」


「よく来たな、聖堂騎士団長。

 話しは聞いているであろう。

 神の代弁者である余との約束を破った皇太子に思い知らせてやる。

 皇居に押し入って王女を連れてくるのだ」


「承りました、修道院長閣下。

 あのように城壁が崩れ雨漏りがするような皇居など、簡単に入り込めます。

 有志の皇族が警備をしていますが、修道院長閣下を慕う聖堂騎士団の精鋭ならば、鎧袖一触で討ち破る事ができます。

 二時間もあれば王女殿下を御連れする事ができるでしょう。

 ただ、皇国はともかく、王国は名誉にかけて奪還の軍を派遣する事でしょう。

 王家や世襲宰相家であれば簡単に討ち払えたのですが、今王国を牛耳っているカンリフ騎士家は少々厄介でございます。

 神を信心しない罰当たりな者共ではございますが、その分恐れを知りません。

 皇帝陛下や皇太子殿下に取り入るために、万余の軍勢を派遣してくるでしょう。

 その時には徳少ない我ら聖堂騎士団では抗し切れません。

 修道院長閣下の神の奇跡を賜らんことを、伏してお願い申し上げます」


 聖堂騎士団長は、修道院長に逆らうことなく、王女拉致を回避しようとしていた。

 王女に憐憫の情を抱いたわけでも、皇家に対して忠誠心があるわけでもない。

 王女が修道院入りしたら、その幼い身体を思う様に痛めつける心算でいた。

 ただ、修道院の奥深くで欲望を満たすだけの修道院長や修道士と違って、世俗で貴族や騎士と戦っているので、現実をよく知っているのだ。

 カンリフ騎士家と正面から戦っても勝てない事をよく知っているのだ。


「黙れ、騎士団長、神の奇跡はそう簡単に行っていい事ではない。

 たかが聖堂騎士団長の分際で、余に助力を願う思い上がりは許さんぞ」


「申し訳ありません、修道院長閣下。

 どうしても閣下の御言葉を達成しようとするあまり、不遜な事を口にしてしまいました、どうか御許しください」


「それで、その方達だけではカンリフに勝てないと言うのだな」


「申し訳ない事ながら、その通りでございます」


「信心が足らぬからそのような事になるのだ、未熟者が。

 余は情け深いから、お前に修行の機会を与えてやろうではないか。

 一年の時間をやるから、王女を連れ去れるだけの信心をしろ。

 必要ならば、聖堂騎士団の規模を大きくしてもよいぞ。

 ただし、全てお前の信心で行うのだ、いいな」


 修道院長はとても身勝手な命令を下した。

 修道院として聖堂騎士団与える金や食糧は増やさないから、独自の力で金や食糧を今まで以上得て、聖堂騎士団を増強しろと命じているのだった。


「承りました、修道院長閣下。

 聖堂騎士団の人員を増やし過ぎるのは、他の修道院や教団の手前難しいですが、人攫いの能力を持った者を雇う事は不可能ではありません。

 一年の内にその能力を持った者を探し出して御覧に入れます」


「それは余の与り知らぬ事じゃ。

 余はあくまで皇太子に余との約束を守らせたいだけである」

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