第5話:信認

 皇紀2217年・王歴219年・秋・皇居


「本当か、本当にハリーが皇帝陛下の葬儀費用を出してくれると言うのか」


「はい、確かに断言してくれました。

 それどころか、既にわたくしの父や兄に費用を渡してあるそうでございます」


 次期皇帝である皇太子は喜色満面となっていた。

 国中がステュアート王家による王位継承争いや、三つの世襲摂政家による実権争いによって麻のように乱れる状況で、先代の百四代皇帝は、百三代皇帝が崩御したにも関わらず、費用がなくて即位式を二十一年もの長年に亘りできなかったのだ。

 二十六年の治世の内、二十一年もの長き間、即位せずにいたのだ。

 いや、その程度の事で驚くべきではない。


 百三代皇帝が崩御された時は葬儀費用を集めることができず、四十日以上も御遺体が放置される事になり、御遺体がとても無残な状況になったという。

 父親であるアレグサンダー皇帝の遺体を傷ませる事なく、皇帝と皇家の権威を傷つける事なく、無事に葬儀を行えることになり、アレックス皇太子は男泣きした。

 それほど心からハリーに感謝していた。

 だがハリーの忠節はその程度では終わらなかった。


「ハリー殿から即位式の費用も支援すると約束していただいております。

 アレグサンダー皇帝陛下は即位式を行うのに十年もかかりましたが、皇太子殿下の即位式は、喪が明けて直ぐできるように、ハリー殿が資金を用意してくれるそうでございます」


「まさか、それは本当の事なのか。

 陛下の葬儀費用だけでなく、余の即位費用まで用意してくれると言うのか。

 嘘や間違いではないのだな、本当の事なのだな」


「はい、ハリー殿が確約してくださいました。

 とても不敬な事なので、口にする事も憚れる事なれど、万が一の時に陛下や殿下の威信を傷つけないように、毎年徐々に蓄えてくれていたようでございます」


「……周囲を敵に囲まれて、王どころかカンリフ騎士家にまで目をつけられている状況で、そこまで忠誠を尽くしてくれていたというのか。

 大した力はないが、余も何か手助けせねばなるまい。

 ハリーが望んでいた、ミアの降嫁を真剣に考えなければならぬな」


「恐れながら皇太子殿下、その件はハリー殿に断られてしまいました。

 王国男爵でしかない身で、王女に降嫁していただくなど恐れ多すぎると、辞退されてしまいました。

 ミアに関しては、これからも変わる事なく支援させていただくので、王女から皇女に遇したうえで、皇女に相応しい皇国貴族に降嫁させてくださいと言われました。

 王女から皇女にする儀式費用も、皇女に相応しい生活を保つために必要な費用も、ハリー殿が出してくれるそうでございます」


「なんだと、それではいったい何が目的で余や其方に支援してくれていたのだ。

 全く利がないどころか、男爵家を潰しかねない大きな負担でしかないではないか」


「皇家に対する忠誠と、叔母であるわたくし、従妹であるミアに対する愛情だとハリー殿は申しておりました」


「……そこまでの忠誠と肉親の情を示されては、余も何か返さねば、皇家の、いや、皇帝の威信にかかわるのではないか、ソフィア」


「その通りでございます、皇帝陛下」 

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