第6話:影衆・修道院側
皇紀2217年・王歴219年・秋・某修道院
「修道院長閣下、今年も皇家から王女殿下の修道院入りを延期するという手紙が届いておりますが、いかがいたしましょうか。
ただ今年は、皇帝陛下が崩御なされたので、通常の行事は全て中止になっているとの事でございます」
「そのような皇家の都合など、神の代弁者である余の知った事ではないわ。
三度だ、三度も余との約束を破りおったのだぞ。
皇太子の分際で身の程知らずもはなはだしい、もはや絶対に許さん。
聖堂騎士団長を呼べ、今直ぐにだ」
「はっ、直ぐに呼んでまいります」
昨年もそうであったが、この修道院には良識も常識もなくなっていた。
皇家に対する尊崇の念どころか、皇家の行事に対する思いやりすらなかった。
ただただ己の欲望のままに振舞う暴虐の輩となっていた。
それは外に出て修道院の権威を高め、金や食糧を宗教権威と暴力で集める聖堂騎士団も同じだった。
一年の間に、王女殿下を誘拐できるだけの準備を整えていたのだ。
「お呼びにより修道院長閣下の元に参上いたしました」
「うむ、よく来た、聖堂騎士団長。
身の程を弁えない皇太子が、余との約束を三度も違えた。
これは神に対する大いなる叛逆であり、絶対に許されない事だ。
昨年約束していた事を果たしてもらおうではないか、聖堂騎士団長。
もし約束を果たせなければ、それは神に対する信心が不足しているという事だ。
そのような者を栄光ある聖堂騎士団長にしておくわけにはいかぬ。
背教徒として修道院を追放しなければいけなくなるが、どうなのだ」
「修道院長閣下も御存じの事とは思いますが、皇帝陛下が崩御なされました。
ですが皇帝陛下の葬儀をあのように荒れ果てた皇居でする事はできません。
どこから費用を集めてきたのか分かりませんが、大勢の大工や職人、万余の人夫まで集めて皇居を修理しております。
皇国貴族や王国貴族までが人夫を手伝いに派遣しております。
流石にそのような場で、聖堂騎士団が王女殿下を強引に修道院に迎える事は、修道院長閣下の名誉を著しく傷つけると思われるのですが、よろしいのでしょうか」
「おのれ、おのれ、おのれ、何処のどいつが皇家を支援しているのだ。
支援する者がいなければ、葬儀などできないはずだぞ」
「残念ながら誰が支援しているかは分かりません。
ですが、今この国で一番力を持っているのはカンリフ騎士家でございます。
もし、カンリフ騎士家が皇家を支援しているとなると、王女殿下を強引に修道院に入れると言うのは、カンリフ騎士家に喧嘩を売った事になります。
それでもよろしいのであれば、今直ぐ王女殿下を連れてまいります」
「騎士団長、余は昨年言ったはずだぞ、一年の間にカンリフ騎士家を凌ぐ力をつけよと、その言葉を忘れたというのだな」
「申し訳ございません、わたくしごときの信心では、王家や宰相家を凌ぐ、カンリフ騎士家を超える兵力を整える事はできませんでした。
ですが昨年申し上げていた通り、人攫いの得意な影衆を雇う事には成功しました。
王国貴族を凌ぐ魔力と技を持つ影衆ならば、きっと王女殿下を攫ってきてくれる事でしょう」
「……神に仕える名誉修道院長として迎えるのならば、少々乱暴でもよい。
だが、卑しい影衆を使って攫ってくるのなら、修道院の名を出す事はできん。
聖堂騎士団長は背教徒して追放せねばならないようだ」
「そのような心配は無用でございます、修道院長閣下。
影衆が攫ってきた後で、王女殿下に信心していただくのです。
そうすれば必ず自ら言ってくださいます。
神に仕えたくて自分で皇居を出たのだと。
決して無理矢理我々に連れ去られたのではないと言ってくださいます。
世俗の垢に塗れた王女殿下に神の教えを伝えるのは、神の代弁者である修道院長閣下しかおられませんので、よろしくお願いしたします」
「ふむ、そうであろう、そうであろう。
世俗の垢は余のように神の代弁者となった者にしか洗い流す事はできぬ。
まだ幼い王女に教え諭すのは余の役目であろう。
だが、だからこそ、絶対にお迎えするのを人に見られてはならぬ。
慎重の上にも慎重を期して行うのだ。
それと、卑しい影衆は信用できぬ。
事が終わったら即座に口を封じるのだ、いいな」
「おかませください、修道院長閣下、万事心得ております」
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