第2話:堕落・修道院側

 皇紀2215年・王歴219年・秋・首都の某修道院


「修道院長様、皇家から王女殿下の修道院入りを延期するという手紙が届いておりますが、いかがいたしましょうか」


「おのれ、皇太子の分際で、余との約束を破るとは身の程知らずが」


「修道院長様、流石に余という言葉を使われるのは問題があるのではありませんか」


「黙れ、身の程を知らぬのはお前だ、余に呼びかける時には閣下と付けよ。

 余は神に仕える、皇族よりも尊き修道院長であるぞ」


 修道院長の側近はもう不遜な言葉をたしなめるのを諦めた。

 以前修道院長の言葉をたしなめた側近が、背教徒として修道院を追放された。

 首都に住む全ての人に石を投げつけられ、雑穀の一粒も分けてもらえなくなった側近は、盗賊に身ぐるみはがれた上で嬲り殺しにされていた。

 その側近の惨めな死に方を見た修道僧達は誰も修道院長に逆らわなくなっていた。


 それにしても、教会の専横と堕落振りは目を覆うモノがあった。

 王しか使えない余という自称を、ただの修道院長が平気で口にしている。

 普通は男爵以上の貴族にしか使えない閣下という尊称を、自分に使うように修道僧達に強制しても、誰も止めようとしないのだから。

 だがこの修道院長の思い上がりはその程度ではなかった。


「ふん、王女を寄こさないと言うのなら、皇族に対する寄進をやめろ」


「しかしながら、現名誉修道院長様が修道院入りされる時に約束していた寄進をやめるのは、幾らなんでも問題ではありませんか」


「ふん、あのようなのために、麦一粒も寄進する必要はない。

 修道僧や信徒に対する奉仕一つできないではないか」


「それは……修道院長閣下があまりにも酷い事を強要されるから」


「ふん、何が酷い事だ。

 神に仕える修道僧や修道院に大金を寄進する信徒に奉仕するのが、名誉修道院長という大役を与えられたモノの役目であろう」


「しかし、幾ら何でも、一度にあのような大勢の信徒に奉仕させるなんて、余りにやり過ぎではないでしょうか。

 口の軽い信徒が、名誉修道院長にして頂いた奉仕を話してしまっているようです。

 首都ではその噂が徐々に広まっております。

 心ある信徒は、他の修道院で祭儀に参加するようになっています」


「黙れ、お前は背教徒だったのか。

 おい、この者に悪魔が宿ってしまったようだ。

 徹底的に調べて、その罪を認めさせるのだ」


「「「「「はい」」」」」


「御許しください、口が過ぎてしまいました、どうか御許しください。

 噂が広がる事で、修道院長閣下に害が及ぶかもしれないと心配になり、ついいらぬことを口にしてしまいましたが、それも修道院長閣下を慕うあまりでございます」


「一度だけだ、一度だけは許してやる。

 だが次に神の代弁者である余に逆らうようなそぶりが少しでも見えれば、異端審問にかけてやるからな」


「はい、もう二度と神の代弁者であられる修道院長閣下に誤解を与えるような、間違った事は口にいたしません、許してくださりありがとうございます」


「聖堂騎士団長、口の軽い信徒は背教徒と認定する。

 一族共々背教徒として殺してこい。

 それと、背教徒の財産は全て教会で清めて神の役に立てる。

 土地や建物の所有者を修道院に書き換えるように、王国に届けておけ」


「承りました、修道院長閣下」

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