皇女激愛戦記

克全

第1章

第1話:プロローグ・母性愛

 皇紀2215年・王歴219年・秋・皇居


「王太子殿下、どういう事でございますか。

 わたくしに断りもなくミアを修道院に入れるなど、納得できません」


「……余とて大切な王女を修道院になど入れたくはない。

 されどこのままでは、今年の冬を越す事ができないではないか。

 皇都の厳しい寒さを、薪一つ満足に買えないようでは、とても無事に越せるとは思えないが、その事をソフィアはどう思っているのだ」


 皇室は国を王家に乗っ取られ、とても厳しい状態に置かれていた。

 だがそれでも、まだ領土や権力を簒奪したステュアート王家が力を持っている間は、その支援で皇室の体裁を整える程度の生活は送ることができていた。

 だがステュアート王国が、王族が親兄弟や叔父甥の間で王位を争うばかりか、世襲摂政家まで権力闘争をするような状態となってしまい、皇帝はもちろん、皇太子も日々の食事さえ満足に用意できない状態になっていたのだ。


 皇太子妃や側妃を立てる事もできず、愛妾を皇国女官として遇して側に置く事でしか、皇統を維持できないくらい貧しい状態となっていた。

 ついに愛妾が産んだ皇女や王女を、修道院の送らなければいけない状態にまでなっていたのだが、流石に愛妾には納得できない事だった。

 その理由は、あまりにも酷い修道院の状態にあった。


「嫌でございます、絶対に嫌でございます。

 ようやく授かった娘を、それも殿下の御子を、修道院になど入れられません」


「だが実家の支援も満足になく、日々の食事にも事欠く有様では、少なくとも日々の食事に不足する事のない、修道院に入れた方がいいのではないか。

 そうすれば、少なくとも餓死するような事だけは避けられる。

 身分卑しい王国貴族に降嫁するような体裁の悪い事にはならぬ」


 皇太子は更に言葉を尽くしたが、それが逆に愛妾を怒らせる結果となった。


「その代わり、多くの神官共に身を任せなければいけないではありませんか!

 独りの決まった夫を持つ事も許されず、表向きは純潔を貫いて神に仕えているという体裁で、幾人幾十人もの神官に身を任せなければいけないではありませんか。

 それに耐えられない皇女殿下は、自害するか気が触れてしまわれるかです。

 神官の子を身籠ってしまい、こっそりと処分するために亡くなられる皇女殿下もおられると聞いております。

 皇太子殿下は、ミアにそのような真似をせよと申されるのですか。

 それくらいならば、王国貴族に降嫁する事を御許しください、殿下」


「余もミアをそのような生き地獄に落としたいわけではない。

 だが、零落したとはいえ、余も皇太子であり、皇室の威信を護らねばならぬ立場なのだ、分かってくれ。

 どれほど苦しくても、皇室の面目を保たねばならぬのだ。

 ミアには余の娘に生まれた不幸と諦めてもらうしかない」


「そんな、殿下、余りに無情ございます。

 では、せめて、せめて、私の実家に養女に出してくださいません。

 そうすれば、王国貴族に降嫁しても問題ないのではありませんか」


「ならぬ、例え一度皇国貴族の養女になったとしても王国貴族に嫁ぐことは許さん。

 これも余の愛妾になった其方の不運だと思って諦めよ」


「そんな、とても諦める事などできません。

 やっと恵まれた殿下との娘でございます。

 むざむざと修道院に送る事など絶対にできません。

 少なくともこの冬はハリー殿の支援で越す事ができます。

 どうか一年、一年だけ修道院送りを待ってくださいませ、殿下」


「……一年だ、一年だけ修道院に送るのは待とう。

 だが、ハリーという者はとても立場の弱い王国男爵と聞いておる。

 幾らミアの従兄だからと言って、期待し過ぎるではないぞ。

 彼の負担となり、男爵家を滅ぼす事になりかねないのだぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る