➁想い出の海

 杏士とは、海で出逢った。


 海、といっても、夏の賑やかなそれではなく。

 真冬の、誰もいない静かな海。

 2年前のある日の夕刻。

 当時付き合っていた彼との記憶を捨てる為、あたしはここへやって来た。


 ざざーん、ざざーん、ざざーん・・・と、規則的に打ち寄せる波。

 その音に吸い寄せられる様に、あたしは波打ち際へと進む。

 けれど、足元に絡む砂と灰色の淀んだ気持ちがあたしの足取りを重くした。

 ふと、顔を上げると。

 その遥か向こうには、輝きを惜しむように沈んでゆく夕陽が見えた。


 この海は、ミツルとデートした場所だった。

 初めての水着が恥ずかしかったのを、今でも鮮明に憶えている。

 浮輪の中のあたしを彼は後ろから抱える様にして浮かび、2人は会話を愉しんだ。

 付き合い始めのあたし達には、伝えたい事が山程あった。

 話しても話しても話し足りないくらい、伝え合いたい事が沢山あった。


 波打ち際に着いたあたしは、もう一度、目の前の消えかける夕陽に目をやった。

 あの日の2人を照りつけていた太陽とは思えない程、それは憂いに満ちていた。


 持って来た紙袋の中からおもむろに、あたしは「想い出」を取り出した。

 指環、ネックレス、写真、映画のチケット、マグカップ、キーホルダー・・・。

 それらのひとつひとつを、あたしはそこら中に不規則に並べた。

 大切だったキラキラの宝物が、今ではただの無機質な物体にしか見えなかった。

 ミツルを大好きだったあたしは、どこに行ってしまったんだろう。

 と、その時。

 地平線に沈みかけた夕陽の精一杯の最後の光に、指環がキラリと泣いた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る