「55」はじまりのおわり

 俺の意識は確かにそこにあった。

 しかし、視界はぼやけたままである。


 はっきりと目に写るものを捉えることはできなかった。


 そんなボヤケた世界の中で目の前に人影が写る。

 霞がかかったように見てて、それが誰であるのか判別は付かない。

 それでも女の人であることは辛うじて分かった。

──それも、俺よりも何倍も大きい女の人である。

 そんな女の子人が俺にゆっくりと両の腕を伸ばしてきたものだから俺は怯えてしまった。

 その手から逃れようと体を攀じるが、どうにも全身に力が入らない。抵抗することもそこから逃げ出すことも俺には出来なかった。


 俺の体に添えられた手を──俺は何故か温かく感じた。

 女の人の手は、俺を遥か彼方上空へと持ち上げた。

 そして、自分の側にまで運んで来ると、優しく抱いてくれたのだった。


──いいかい、太蔵。もしも、大きくなって困ったら、最後には私達のことを思い出しておくれよ。


 女の人が言った。

 その言葉は、ハッキリとは聞こえない。

 何処かで遠くから、反響してくるようであった。


──ははは、そうだな。母さん!


 女の人の隣りには男の人の姿もあり、笑い声を上げたものだ。


 二人が誰であるのか、俺は目で認識することは出来なかった。


──お父さん?

──お母さん?


 本能的に俺はそのことを察したものだ。

 勿論、二人の顔は見えない。それでも、おばさんの家の仏壇に置かれた遺影を思い返す。

 伏せられて一度きりしか見ることは出来なかったが、間違いなく今俺の目の前に存在しているのは二人の両親だ。


──だが、お父さんもお母さんも事故で亡くなったはずだ。それがどうして目の前に──?


 ぼくは、遥か彼方の過去のことを思い出していた。


 それはありもしないはずの、俺の中にある過去の記憶だった。


 そうだ──生まれて間もなく、俺はお父さんとお母さんに言われたんだ。


 この世を発つ最期には必ず私達のことを思い出しておくれ──と──。

 一緒にいくから──と。


 随分と遠回りをしたものだが、ようやくそのことを思い出した。


 お父さん──お母さん──。


 優しげな光の中に、俺は徐々に包み込まれていった。

 あの世で、家族みんなで幸せに暮らすんだ。


 だから──それを思い出すために、俺はこれまでの走馬灯を歩んできたのであろう。


 暖かな光の中──。

 小さな俺は、指しゃぶりをしながら安らかな気持ちで目を瞑るのであった。


 そして、もう二度とその瞼を開くことはなかった。

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オワリミキョウネン~ソウマ~ 霜月ふたご @simotuki_hutago

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