エピローグ 非○非非○処

「……ごめんね、笑わせようとしてたはずなのに……2人とも泣いちゃってたね」


 僕は、ハンカチでリコの溢れ出ている涙を拭ってあげる。


「私は……過去の私ときちんと向き合えたのかな……」

「向き合えたと思うよ。それにそれは君の中の一要素、それにこだわりすぎる必要なんてない。その都度その都度、必要なものをつなぎ合わせたり離したり、先天的なものと後天的なものを区別して、意識的に無意識に選択していく必要があるんだ」

「……うん、いろんな笑顔を知っていけば、私も過去の自分を、最期のお父さんの笑顔を、違う捉え方ができていくのかもしれない。その時、きっと何かが見えてくるのかもね」


 この世の中、片側だけ、一要素だけじゃわからないことばかりだ。完全な白黒なんてない。両面で捉える、片方片方を交互に行ったり来たりする。その中で、自分がグレーのどの辺りが落ち着くかを探っていく必要があるのかもしれない。


「僕は、認知症のお婆ちゃんを見て思ったんだ。笑顔じゃない笑顔もあるんだろうって。きっと、物語を紡ぎ続けていけば、リコの望むモノが見つかると僕は信じたい」

「虚構次第……アルトを突き詰めていけば私、私を突き詰めればアルト。そうなのかもしれないね」


 利己と利他は、煎じ詰めれば同一。そうなんだろう。

 きっと、ここが僕らのシンギュラリティ……ここからは誰も分からない、いろんなことが加速していくと思うんだ。

 僕はカバンの中から包みを出す。


「これ、タイミングずれちゃったけど、クリスマスプレゼント……ほら、三鹿野さん達からお礼をもらえたから」


 リコは静かに包みを受け取って、丁寧に開けていく。


「……鈴?」

「う、うん。話を聞く前だったから……お父さんからの鈴には及ばないかもしれないけど……」

「ううん、嬉しい……こんな鈴もあるんだね」


 女の子の趣味は僕にはわからない。

 だから、僕はリコが好きだという鈴を、ただの鈴を買った。ピンポン玉くらいの綺麗に光る鈴を。


「この鈴もいろんな音を奏でてほしいな。まぁ置物ちっくのものなんだけど」

「いろんな音?」

「あぁ……リコの髪飾りの鈴からは僕にはいろんな音が聞こえたように思えたから」

「そう……それなら、こうしたら、いつでも持ち歩けそう」


 そう言って、リコは僕のミサンガだったヒモを鈴に繋げ結びつける。

 役目を終え10年近く身につけていたヒモは、ボロボロで眠りについているようにも見えた。


「え……汚くない? 新品のもまだあるよ?」

「ううん、これを鈴の緒にしたいの」


 リコは、立ち上がり、鈴を鳴らしている。無邪気に鳴り響く鈴達は、綺麗で鮮明で純粋だ。

 僕のミサンガだったヒモは、願いを叶えるお守りから、いろんな人たちと繋いでくれた役割から、リコの鈴を鳴らすためのヒモへと役割を変えた。外見は同じでも、役割は、その意味付けは僕ら次第だ。

 人は、過去を人生を虚構を何度も考え直し、捉え直し、その意味を見出していくんだろう。


「綺麗な音だね……リコ! 僕はこれからも君の笑顔を一緒に探すよ!」

「プロポーズみたい……ね」


 鈴を鳴らしながら後ろで手を組んでイタズラっぽい仕草で振り返るリコの表情は、今までで1番輝いて見えた。

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