第8話 ゲシュタルト崩壊
「あら、いらっしゃい、どうだったかしら?」
僕らは、次の日、三鹿野さんの家を訪ねた。
「ドレス、とても素敵でしたよ。いろんな投稿があって、そこからいろんな人たちが絡んでいて。さっきも見たらまだ終わっていないようなものもありそうでしたし、とても全部を追い切れないくらいでした」
「そうそう、ありがたいことに結構知らない人からも連絡来てて。個人メッセージとかも、『僕と結婚してください』みたいなのやおちょくるようなものとかも結構来たりしてたの」
莉尋さんは、お茶を入れてくれながら、お茶目な笑顔を覗かせる。
「いいねとかも結構ついてましたし、シェアもされてそうでしたもんね」
「ね、やっぱりいっぱいつくと嬉しいし、いろんな人に興味持ってもらえてるんだなぁって思うとはりきっちゃうものよね。でも私たちは私たちだからね、着飾らずにやってけてたと思うの」
いいねはみんな好き。
SNSは、世界を単純にした。人々は、リアルでは簡単に褒めてもらえない、SNSでのちょっとした『いいね』のために画面に釘付けだ。
顔の見えない人からの『いいね』を渇望し、SNSに時間を消費していく。
『いいね』が目的にならなかったからこそ、ゲーム内でも変わらない、三鹿野さんたちのありのままのメモリアル投稿は自然で受け入れやすかったのかもしれない。
「そうそう、これ、昨日の飲み代とかお礼も含めて、桃慈さん払ってなかったんでしょ」
お茶を飲みながら、封筒を渡され、中身を見ると諭吉さんがひーふーみー……複数みえる……
「え! えぇ! こんなに、そんなつもりじゃないですし、大丈夫ですよ! ほとんど何もしてないし、飲み代だって3人合わせても1万ちょっとくらいでしたから」
「まぁ、あなた達のおかげで結婚式代も浮いたようなものだし、受け取って! リコちゃんに、クリスマスプレゼントでも買ってくれてもいいし」
「そういうつもりでやってたわけではないですし、僕らはそういう関係でもないですし……」
僕は、ソワソワしてミサンガをいじり落ち着かせる。
人助けをしているとお礼をもらえることも珍しくないけど、現生はなんとも後ろ髪引かれる、言いようのない不思議な魔力を感じてしまう。お金はまさしく虚構だ。
「ふふふ、やっぱりそうなのね。そうじゃなくても、プレゼントしてあげてよ。リコちゃんももらえるなら嬉しいよね?」
「そんな……」
自分の気持ち……確かに、どうなんだろう? リコはとてもキラキラしてみえる。笑顔にしてあげたいと強く思う。
そういえば自分のことはあの時からよくわかっていない。他人のことになると必死になってきたのに……
「ふふふ、これは大変そうね。でもこれは受け取ってくれていいのよ」
僕を見て莉尋さんは、困ったような笑顔をのぞかせている。
僕は封筒を持ちながら、重みを感じていた。お礼としては、自分の感覚だと多すぎるように思う。
ただ、少なくとも、三鹿野さんたちにとっては、それくらいの価値を僕らの行動で与えられていたということなのか。
そう思うと嬉しく、自信が湧いてくる。僕のお助けにも意味はあったのかなと、ナニカの触媒になれたのかと、僕の今までにも多少の意義が見出せるのかなと。
しかしまぁ、プレゼントと言っても、リコに物欲というか、欲しいものなんてあるのだろうか。
「リコちゃん、欲しいものとかないの?」
「私……私は鈴が好き!」
「へー可愛い! クリスマスっぽいね! この鈴も似合ってるしね!」
莉尋さんは、とても嬉しそうにしながら、リコの鈴をツンツンと鳴らしている。
鈴……確かに、鈴の音はリコそのものだ。
「あれ、きてたのか、昨日はとても楽しかったなぁ。会社の人たちも楽しそうにはしてくれてたけど、明日会うのが楽しみだ。久しぶりの人とも繋がれたし、今回初めて知り合った人とも今度飲もうってなってな、お前らとの飲み会みたいだよ。その時はお前らもまたきていいんだぞ」
桃慈さんは今起きてきたようで、寝巻きであくびをしながら入ってくる。
昨日夜遅くまで、友達や知らない人といろいろやりとりをしてたんだろう。この人は、本当人が好きなんだな。
その時はまたお邪魔したい気持ちもあるが、もう酔っ払いの看病は懲り懲りでもある。
「私も、SNSは見る専門だったけど、案外楽しめたし、なんか今更ながらなんだけど、結婚できた、家族になれた気がしたんだよね」
「それ俺も思ったわ! 共同作業っていうのかな? ケーキ入刀的な? 2人して携帯と睨めっこして、笑い合ったり、おちょくり合ったりしてただけなのに、なんかこの時間いいなぁって、俺は幸せだなぁって感じてたよ」
「お互い部屋着だし……ケーキ入刀ほど、ロマンチックではなかったけどね」
三鹿野さんたちは、ケラケラ笑い合っている。この人たちは本当に仲良しなんだなぁ。
確かに子供だと、七五三、誕生日、卒業式、成人式、と成長と共に様々なイベントがあるけど、夫婦はどうなんだろう? 銀婚式とかもあるけど、ほとんどは、イベントとしては結婚式がピークなのかもしれない。
そう考えると夫婦としてのイベントは最初がピークになってしまうというのは何とも悲しく思える。今回のように新婚と晩婚の間にも、出産のような子供が関わること以外に夫婦だけのイベントがいろいろあってもいいのかもしれないなと思った。
「桃慈さんは終始ふざけてそうでしたが、三鹿野さんたちの友達も面白い人が多かったですし、2人のゲームでの名前も気になってとても面白かったですよ」
「悪かったな、俺のイケメンぶりなんて需要ないからな。ゲームの中では、さすらいの剣士のように、『おろろ』としながらもいざという時はやる男だったんだけどよ!」
「一緒にいるとたまにイケメンぶる時もあるんだけどねぇ。ゲームの中だけじゃなくてもね」
「俺のイケメンぶりは、ある一定の条件を揃えないと発動しないレアさがあるからな!」
桃慈さんと莉尋さんは、また2人でケラケラ笑っている。
リコは、両手で頬杖をつきながら昨日と同じ柔らかな目でそれを見ている。
婚姻すれば、法律上は夫婦になる。それは実体としては虚構なのかもしれない。
夫婦もずっといると、何年も一緒にいると、その意味は揺らいでいく。愛とはなんだろう? 夫婦とはなんだろう? 家族とはなんだろうとなる時もあるだろう。
ただ、虚構の夫婦から、真の夫婦になる時、感じる時はどんな時なのか。多分、今目の前にある笑顔の、ありのままの物語の積み重ねなのかもしれない。
◇
しばらく話してから、僕らは三鹿野さんの家をお暇することにした。
「また来てね! プレゼント決まったら写真送るんだよ」
「また連絡するからな、無視するなよ!」
三鹿野さんたちは、笑顔で僕らを送ってくれた。
「いい……笑顔だったね」
「……うん、私も楽しかった気がする」
「リコの期待は、どうだった? リコ的には今回のはうまくいったと思えた?」
「……私からの景色と、三鹿野さんたちの景色は違うと思うけど、2人ともいい笑顔に見えた。もう結婚指輪は飛ばされないといいね」
リコは後ろの首筋をさすっている。
「リコの笑顔には繋がりそう?」
「それはごめんなさい、分からない……わたしはずっと自分だけを見てきたつもりだったけど、自分でも自分がわからなくなってきた。自分を1番わかってたつもりだったのに……あなたを通して、三鹿野さんたちを通して……いろんな人の人生を垣間見たことで、何か少し変わってきた気がする。もっと、他の人に関わるべきなのかなって。あの時はそれは無理なことだったんだけど」
「自分がわからないなんて、みんなそうだよ。僕だって自分のことはわからない」
僕は、自分と向き合うことはできていない。お助けもたくさんやってくうちに、なんのためにやってたのかなんだか揺らいできてる気もしている。自分を保つためにひたすらやってるだけになってく。願いを込めたはずなのに……
「私は私、あなたはあなた、私はあなたに興味があるし、あなたもそうしてくれてる。だから私はあなたなのよ」
リコの言っていることは今の僕にはよくわからない。
リコと僕は相反するようで同一。
僕らは、自分がわからなくなり、
――リコは急に立ち止まり、少し上を見上げている。
「……? どうかした?」
リコの視線の方に目を向けると、逆光の中塀の上にナニカが立っているのがみえる。
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