第7話 ヴェイパーウェイブ
僕らは、帰り際モモチカさんと出会った東の公園の辺りを2人で歩く。
「リコは、三鹿野さんたちと会ってみてどうだった?」
「うん……どうなんだろう? いい方向にいけばとは思うけど。私はそんなに期待はしたくてもできない。期待しても苦しくなるだけだから」
「そう……ならちょっと一緒に見てみようか。どうなるのか。モモチカさんも言ってたけど、やってもやらなくても後悔するなら、やって後悔したいこともあるはずなんだ」
◇
次の日、僕らは、少しおしゃれなウッドベースのネットカフェで2人で見ることにした。僕とリコは、昼前に集まり、携帯を片手にパソコンを開き、三鹿野家流の結婚式に参加した。
『新型コロナウイルスで結婚式ができなかったので、勝手ながらこちらで僕らのメモリアルを披露していけたらと思ってます。知ってる方も知らない方もご興味ある方は是非お突き合い下さい』
コメントと共に2人の挨拶の動画も添付されており、それは即興の劇のように始まった。
ハッシュタグには、#リベンジコロナ #結婚式 #新婚式 #僕らのメモリアル 等が添えられて。
三鹿野さんたちは、少し時間の間隔を空けながら、結婚式で流れるお馴染みのショートムービーのような形で、様々な写真や動画を順々に投稿していっている。
即興で作ったのだろう、式次第は、昨日送られてきており、友達や知り合いはこれを頼りに自分の興味のある、関連のあるメモリアルに参加していくようになっているんだろう。
それはお世辞にも出来のいい、形式的な格式貼ったものではなく、脚本のない、華やかでもあり、下世話でもある、そんな世界が広がっているように思えた。
子供の時の怪我、絆創膏だらけの中から光るチヒロさんの笑顔。
鼻にピーナッツだろうか? 何か詰め込み、大きく開けた笑顔のモモチカさん。
友達と卒業証書を片手にピースをしているチヒロさん。
胴着を着ながらみんなで笑い合っているモモチカさん。
学校行事、友達との旅行・遊び、馴れ初め、海・遊園地・お祭り・ライブ・ドレスの前撮り、会社仲間、結婚指輪、何気ない朝食、妊娠、出産、お食い初め、家族写真……いろんな写真が連なり、そこから、友人達のリクエストやアンサーとさらに写真やコメントが連なっていく。
『チー! おめでとう! またみんなで集まろう』
『私の愛しい愛しいチーがぁあぁ、お幸せにぃぃ』
『莉尋先輩! お久しぶりです、おめでとうございます。お子さんとっても可愛い、食べちゃいたいです笑』
『モモヤン、奥さんマジきれー、もったいなw』
『えー、夫婦円満のためには3つの密を大事にしましょう』
『モモ、コロナでマジ出会いのない俺にも可愛くて美人で優しくて褒めてくれて……そんな子を紹介してくれ』
モモチカさんも莉尋さんも、2人ともとても慕われているようだ。コメントもくだらないものもあれば、真面目なものもたくさん寄せられている。
出会いのきっかけと言っていたソーシャルゲームの方は、ゲーム専用のSNSにも流してるとのことだったが、チラホラゲーム仲間ではないだろうかと言うコメントや画像も見られている。
『流浪さん、ドレミさん、お久しぶりです! おめでとうございます!』
『また、みんなでオフ会したいなぁ』
『ドレミさんは想像通り、流浪さんは現実を知らない方が良かったw』
『Congratulations!』
ドレミさん、流浪さんは、ゲーム内での名前なんだろう。ゲームの人たちにとってはこちらの名前の方が真なのかもしれない。
リアルな付き合い、オンライン上での付き合い、昔の付き合い、現代の付き合い、海外の付き合い、いろんな関係性がギュッと詰まった各投稿は、さまざまな色合いを呈している。
祝福のコメントが多く寄せられる中、地元ネタや思い出のネタなど関係ないコメントにも派生していく。たまに知り合いか知らない人なのか、ネガティブな内容もあるけど、それもSNSの特徴だろう。
なんともぐちゃぐちゃしてわちゃわちゃしている。結婚のネタに群がり、広がる、半ば群像劇のようにもなっている。
『桃慈さん、私を憧れの魔法少女にしてくれてありがとう。これが精一杯のわたし。この日を大切にしたい。この日だけは魔法が少しでも使えてたらいいな』
莉尋さんのコメントともに投稿されたドレスの前撮りの写真は、コメントも多いし、華やかだ。
莉尋さんのウェディングドレスは所々にリボンがあり、プリンセス感の中に覗くワンショルダーは、大人の優雅さも感じる。プリンセスを初めて見つけた王子様はきっとこんな情景が見えているのだろう。コットン素材でできているらしいそのドレスは、きっと莉尋さんの願いが込められているのかもしれない。
もうひとつのカラードレスは、なんともアンティーク風で可愛らしい。お花やリボンが所々に散りばめられながら、ピンクを基調としたパッチワーク柄のボリュームのあるドレスは、莉尋さんの大好きな魔法少女の姿をイメージしているのかもしれない。
これは、服飾の友達が莉尋さんの着なくなった洋服をリメイクして作ってくれたらしい。莉尋さんの子供の頃から今までの思い出の詰まった洋服たちが織りなされた、スローファッションを意識したそれこそ莉尋さんの今までの人生を表しているドレスといっても過言ではないのだろう。
「ドレス……とても綺麗ね」
「うん…… 莉尋さんのこだわりが溢れてるみたいだね」
ものの溢れる、探せばそれなりの値段である程度のものは手に入れられる時代だからこそ、ひとつひとつのもののストーリーを大事にし、短く消費するのではなく、元々の意味合いを変えながら別の使い道を見出していく様は、まさに莉尋さんの言っているエコなんだろう。
「なんか、聞いた時はちょっと心配だったけど、結構コメントついてるし盛り上がってそうだね」
「うん、こんなにいろんな人が……いろんな人の人生を巻き込んでいけるものなのね」
「人生……確かに三鹿野さんたちの今までを凝縮しているような投稿だからね。そこにお世話になった人、一緒に過ごした人達が関わることでその時その瞬間が垣間見える様はまさに人生が映し出されているのかもしれない」
「うん……こんな感情はおかしいのかもしれないけど、投稿やコメントを見てけば見てくほど、なんだか大したことないようなものがほとんどなのに、不思議ね」
「ふふふ、人が楽しがること、大切なこと、こだわることなんて、大抵はくだらないのかもしれない。でもそれに一生懸命になる、熱中する、自分の人生の全てだと思えた時、そこにはきっと最高の笑顔があると思うんだ」
「そう……そこには私はまだ辿り着けなそうだけど」
リコの目は心なしか柔らかくなっているように見える。
何か複雑にがんじがらめになっていたような、そんな呪縛が少しずつほぐれているような、笑顔には結びつかなくても何かのきっかけになってくれていれば……そう願いたい。
時間も経ってくると、節々で、その投稿毎に、盛り上げ隊長というか幹事的な人がまとめ役にまわっているものもある。
同窓会、オフ会を企画して、参加希望者には個人メッセージを要望していたり、と。
サブ企画として、中学時代の今なら言える話とか、三鹿野さんたちが繋がれていなかった人とのパイプを繋ごうとして、担任の先生などが途中で入ってきたりもしている。中には有名人を繋いだりしてるものも。
そのグループの色毎に、時間の経過とともに、主役は三鹿野さんたちだけでなく、うつろいゆく。中心となるプレーヤーは変わりながら、流れに任せて、鎮火する人もいれば、場を盛り上げようとする人もいる。みんながみんな自分の役割を感じながら楽しもうとしてる。それはジャズのように、結婚式とは思えないアドリブ満載のパレードになっている。
他にも、関係のなさそうな人達からのコメントも増えてきている。引用したアンサー投稿やハッシュタグへの投稿も出てきて、ちょっと炎上してたりとプチバズり状態になってきている。
コロナ禍へリベンジしたい人も、三鹿野さんたち以外にも少なからずいたのだろう。莉尋さんの願い通り、何かしらのきっかけや貢献にはなれているのかもしれない。
全てが映えているわけではない、思い出の中のパパラッチ的な投稿は、知ってる人も知らない人も親近感が湧くところもあったのだろう。
昨日思い立って始め、その時の熱量、勢い、思いの丈から紡がれた、それぞれの物語が装飾されていき、なんともB 級な作品が出来上がったのだ。
「2人は今楽しんでるかな」
「どうなのかな……」
ネットカフェを出て、安っぽい駅前の毎年変わらぬ2色のイルミネーションを眺めながら、シャリンシャリンと音を奏でて僕らは帰路についた。
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