第6話 アウフヘーベン

 起きると3人が話しているのが見える。

 寝起きに人の存在があるというのは、なんだか温かくて懐かしい。


「すみません、ぐっすり寝てしまってて」

「おぉ、起きたか! いやいや昨日はごめんな、おれが悪いし、結局こんなところまで付き合わせちまったみたいで……横で話してるのに全然起きないから疲れてたんだろ」

「まぁ、正直お泊まりまでさせてもらうと思いませんでした……こんな綺麗な奥さんが女将さんならいつでも泊まりたいですよ」


 確かに一昨日は、色々計画してて夜鍋をしていたし寝不足だったのかもしれない。

 奥さんがお茶を注いで出してくれる。


「あらあら、ありがとう。私もあなた達が来てくれて、色々と向き合わなくちゃいけないんだなぁって改めて考えさせられたわよ」


 2人とも少しすっきりとした顔をしている。


「俺は結婚式はやって当たり前、やった方がチヒロが喜ぶものだと決めつけてたんだ……ごめんな」

「まぁ……いつにも増して慎ましいのね。私の方こそ、もう最近は子供のことばかりだったし、自分のこともあなたのことも大して考えられてなかった。この子たちと話して向き合えてるようで向き合えてないことも多かったんだなって思ったの」


 一方では、まだ始まっていない結婚式。もう一方では、もうやらなくていい結婚式になっていた。

 ただ、同じ結婚という事象でも、因数分解してみるとお互いに大事にしてた部分が違って見えてきたのかもしれない。

 モモチカさんにとっては、新型コロナウイルスに結婚式を邪魔され、楽しみも奪われ、少しでも前向きになるために開催したい結婚式。

 奥さんにとっては、夢のドレスは着れ必要最低限の希望は満たせて、コロナ禍で物の大事さの実感も沸き、必要性のなくなってきた結婚式。

 対立してないようで対立している、そこに何か新しい視点が加わるとまた形は変わってくるのかもしれない。


「ちなみに2人はどういう出会いだったんですか?」

「ん? 俺らか? 俺らは、もうやめちゃったんだけど、オンラインゲームで知り合って。最初は敵同士だったんだけど、いろんなイベントを通して関わることが多くなってな。リアルでも会おうってなって、まぁ……そんな感じだ」

「元々私たちは、ゲームの中でも外でもあまり変わらない感じだったし。でもまぁ、この人は結構ゲーム内だとモテてたのよ。兄貴肌というか、いろんな問題にも頭を突っ込んでくれてたから」

「ゲーム内だとモテたは余計だろ!」


 ソーシャルゲームもソーシャルメディアでも、もう1人の自分を作り上げる人も多いんだろう。

 それは、勇者の真似事であったり、誹謗中傷であったり、現実では簡単にできないことにスイッチが入ってしまうことも多いのかもしれない。

 モモチカさんは、確かに、兄貴肌はあるのかもしれない、ちょっと抜けてるけど、そこに惹かれる、そこに集まってくる人たちは多いんだろう。


「ゲーム内でもそんなに問題って起こるんですね」

「まぁ、いろんな世代の人、文化の人、言語の人がいるから。ゲーム内のルールに加えて、私たちのコミュニティ内のルールを付け加えていくんだけど。みんな楽しみたい中で、誰もが1番になりたいっていうのが、上手く噛み合わなくて対立が起きちゃうのよね」

「大体はコミュニケーション不足なんだが、チャット上のやりとりしかできないし、それぞれリアルの時間もあるから、対話は限られちまって、力技で解決しないといけない時もままあるんだ。こいつは、いいアイテムばっか追いかけるから強いプレイヤーのいいカモにされてたしな!」

「懐かしいねー。でもカモって! あれでも作戦の一環だったのに」


 ソーシャルゲームもソーシャルメディアも、出来上がってから、数年レベルのものが多いんだろう。

 その中で、地域のゴミ出しのルールのように、旗当番のように、法律などの枠組みの中で、オンライン上でも地域特有のヴァナキュラーなルールが徐々に構築されていくのだと思う。

 それは、途中で引っ越してきた人と同じように、途中から来た人は経緯を知らなくてもそこに組み込まれ、強要されていく。

 それは、問題も生まれやすいだろうし、そこが、多世代、多文化、多言語になればなおさらだろう。

 だが未成熟だからこそ、三鹿野さんたちのようにいい出会いや関係も生まれれば、悪いものも生まれてくるのかもしれない。

 結局は、ゲームやコミュニティやメディアの仕組みが悪いだけではなく、それを扱う人の目的やリテラシーの問題も含まれるのだと思う。


「まるで、ゲームを超えた仮想現実のような思い出ですね」

「そうだな。自分たちで色々と作り上げてくのが楽しかったんだ。顔も知らない人たちだが、やってた時期は毎日のようにオンライン上で会ってたし、かけがえのない仲間だったし、あそこはもはや一つの世界だったよ」

「みんな元気にしてるのかなぁ? あのゲームはもうなくなったけど。SNSはまだ生きてたよね」


 まるでもう1つの世界……まさにメタバースなのかもしれない。

 会社に行き、学校に行き、空き時間では、ゲーム内でイベントをこなし、SNSでリアルなこと、ゲーム空間のことを話す。それは、ゲームだけど、ゲームをしていなくても楽しい、楽しむ以外にもまるで仕事のように勤しむこともある、そんな不思議な空間なんだろう。

 リアルと虚構が交差する。そこは現実が拡張していくのか、虚構が拡張していくのか、デジタル化の進む社会ではどちらが真になるべきなのか。

 結婚は、リアルなのか、虚構なのか、その比重を考えながら結婚式を捉え直してみるのもいいのかもしれない。


「結婚式も……ゲームのように、何かを作り上げるみたいに。もっと自由に柔軟に考えてみてもいいのかもしれないですね」

「そうだな。柔軟か……俺はお前たちとの飲み会は楽しかったよ。久しぶりに思いの丈をぶちまけさせてもらった。今のコロナ禍みたいな息の詰まった状態だとそう言う感じもみんな楽しめたりするかもって思うんだ」

「私は、もう何回もドレスを着て友達に変な気を遣わせたり、コロナの感染状況を気にしたり、自分のための催しに気を使うのが嫌だった。無理にやる必要のないものなら、最低限で済むなら、もう多く望むものは私はないの。あとは私達みたいな境遇の人たちもいるだろうし、何か少しでも役立つことに繋がれるようなことならいいなって思うわよ。私はあとはモモチカさんに任せる」

「俺に任せて、後でどやされるのはもうお約束だけどな」


 2人は笑っている。

 何かが抜けたような、晴れたような、モモチカさんの中では、なんとなくやりたいことが定まってきているようにも見える。


   ◇


 しばらく、それぞれ朝支度をしたり、朝食をとらせてもらったり、三鹿野さんたちもしきりに話していて、モモチカさんは笑顔で自分のやりたいことを説明しているようだった。


「アルト君……ありがとうね」


 チヒロさんがふと僕を見て、優しい言葉を投げかけてくれる。そんな言葉に僕はなんだか救われる。

 結局、自分ができたことなんて、何もない。僕はただ話を聞いただけ……それが2人の向き合うきっかけになれたと驕る気もないし胸も張ろうとは思えない。


「アルト……よかったね」


 リコも何かを察してくれたのか、自分の中で何かを感じたのか、僕を見ながらつぶやく。

 リコの朝起きの姿は、くしゃくしゃな頭がいつにも増して膨張しており、北海道のマスコットキャラクターのようにかわいらしく見える。


「あぁ……そうだね」


 モモチカさんは、仕切りに作業に没頭しているようで、携帯と向き合っている。

 調べ物だろうか? この人はすぐに行動に移すタイプのようだ。


「こういうのは、思い立ったが吉日。一気呵成にいくもんだ、そうだろう?」

「また、1人だけで走っていかないでくださいよ」


 モモチカさんは、作業をしながら、僕らにも概要を説明してくれる。

 簡単に言うと、SNSを利用した、結婚披露宴のスライドショーもどきのようなものをやりたいらしい。まぁ昨日のことを思い返すと、この人には一気呵成というよりは、石橋を叩いて欲しくなる気持ちもある。


「今、お互いの知り合いに片っ端から連絡してるんだ、明日の昼くらいから始めようと思って。君達も時間が大丈夫そうだったら、是非覗きにきてくれ」


 モモチカさんは仕事に行くため、僕らもそれに合わせて三鹿野家を後にした。

 赤ちゃんを抱きかかえながら、チヒロさんは、赤ちゃんの手でバイバイをしてくれた。

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