第8話 面談と進路

 真弦だけではない。優希も様子がおかしかった。

 一緒に夕食に買い物に出た道中で、学校での面談の話題が出た時のことだ。

「三者面談、お母さんが来てくれるよね?お父さんじゃないよね?」

 再確認と言うには、随分と必死な様子の娘に驚いた。

「勿論お母さんが行くつもりだけど。どうしたの?お父さんだとなんか困るの?前はそんなこと言わなかったのに。」

「・・・なんか、イヤ。」

「昨今は両親揃って行く家庭もあるわよね。それじゃ四者面談になっちゃうか。」

 鈴子は笑いをとろうと軽い口調で言ってみたが、優希は嫌悪に満ちた表情で首を横に振る。冗談ごとではない、というくらいの拒絶だ。 

「どうかしたの?なんかお父さんに言われたりした?」

「・・・金のかかる大学はやめてくれって。」

「えっ?」

「金のかかる大学は勘弁してくれって。冗談っぽくだけど言われた。うちってそんなにお金ないの?」

 表情の暗さが深刻さを物語っている。

 子供にそんなことを言うなんて。

「そんなこと言ったの!?・・・お金かかっても、優希の希望する大学を受験すればいいのよ。優希は成績がいいんだもの、目指す方向の進路へ進めばいいわ。お母さんは応援するわよ!」

「ほんと?」

「まかせなさい。」

 母はどんと胸を叩いてみせる。

 父親がなんと言おうと、子供の学費ぐらい都合するのが親の役目ではないか。無駄遣いをせず両親が必死で働けば、どうにでもなるはずだ。

「うん。・・・がんばって勉強して、国公立を狙うね。それに返還義務のない奨学金を目指して頑張るよ。」

「その意気よ。お母さんも頑張るわね。」

 


 その夜、夫は深夜二時を過ぎて帰宅した。

 残業だと言うが、こんな時間まで残業するなんて以前は無かったことだ。賢が運転する自家用車のエンジン音で、うとうとしていた鈴子は目を覚ました。

「おかえりなさい。随分と遅かったね。」

 妻が起きていたことに狼狽したように、賢は目を丸くする。

「仕事なんだから仕方がないだろ。・・・寝ててよかったのに。」

「話があるから起きて待っていたのよ。」

「話?・・・疲れているんだから手短に頼むよ。」

 夫は眉をハの字にして、いかにも疲労困憊しているような顔だ。

「優希にお金のかかる大学はやめるようにって言ったでしょ。どうしてそんなこと言ったのよ。凄くショック受けてたわよ。」

 スーツの上着を脱いでリビングのソファへかけると、どっかりとそこへ座り込んだ。ポケットからスマホを出して操作し始める。

 鈴子はそれを横目でじっと見つめた。

 子供の進路の話は深刻なはずだ。携帯をいじりながらするようなことだろうか。

 こんな男だったろうか。

 子煩悩で優しくて、ちょっと気弱でお人好しな、そんな男だったはずだ。

 いつからこうなったのだろう。

「経済的に余裕がないのは事実じゃん。優希は成績がいいんだよな?だったら金のかからない大学だって選べるじゃないの。」

 へらへらと笑って、子供の可能性を否定するようなことを簡単に言うのか。

 成績がいいから、親の条件にしたがって進路を選ぶのか?

 それは子供が選ぶ将来ではない。親の都合によって選ばされる未来じゃないのか。


 


  


 


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