第7話 反抗と助言

  長女の優希は勉強が好きな子で、母親である鈴子が何も言わなくても自分から机に向かうことが出来る子だった。そういう意味では本当に楽だったので、長男の真弦が放っておくといつになっても教科書一つ開かない事にはショックを受けた。

 そういう子なので、成績の学年順位は下から数えるほうがはやい。二年生の二学期を過ぎての定期テストがこのままでは、翌年の進路に関わる。

「今回のテストは、ていうか今回のテストも成績が上がったとはとても言えないんだけど。真弦は受験の事どう考えているの?」

「姉貴だって普通に受かったんだから、俺も部活を引退したら適当に勉強するよ。そうすればどっかには滑り込めるんじゃない?」

 テスト結果のプリントを見て、保護者欄のコメントに困ってしまっている母親の気持ちなど知る由もない長男は、お気楽だ。

 言いたくはないが、長女の優希は中学に入学した頃から成績優秀だった。それでも足りなくて学習塾へ行っているくらいなのだ。帰宅した後はゲームしかやっていない真弦とは余りにも違いすぎる。姉弟の間で比較するような発言をしたくなかったので、今まで言ったことはなかったのだが、本当に彼は姉と同等だと思っているのだろうか。

「そりゃ、高望みしなければどこかには拾ってもらえるかもしれないけど・・・。それでいいの?」

「どうでもいい。どこでもいいよ、とりあえず行くところがあるなら。」

 リビングのテーブルの上で大きくため息をついた鈴子は、傍のソファに座ってスマホをいじっている夫に水を向けた。

「賢さんもなんとか言ってやってよ。この子、このままだと本当に行く学校なくなるわよ。」

 声をかけられて仕方なく、という顔をこちらへ向けた夫は、しょぼしょぼする目を片手で軽くこする。

「ゲームばっかりやってるから勉強しないんだろ。ゲーム機を捨てちゃったらどうだ。無ければ勉強する時間が出来るだろ。」

 吐き捨てるようにそう言う。ろくに視線も合わせず、夫はまたもスマホへ意識を戻した。

「はっ!?冗談も休み休みにしてくれる?ゲームさえ出来なかったら、この家にいる意味なんかねぇじゃん。」

 皮肉っぽく言い返した真弦の声は、かなり本気だった。笑いを含んでいるが、彼は本気でそう思っている。母親の鈴子にはそれがわかった。そうでなくてもこのところ扱いにくい息子である。

「真弦!何言ってんの。やめなさい。」

「俺、もう寝るわ。母さん、それ書いておいて。」

 プリントを放り出して長男は自室のある二階へ言ってしまった。

「・・・何をカリカリしてんだ、真弦の奴は。あれか、反抗期か。ようやく来たのか。」

「ようやくじゃないわよ。とっくの昔に来てるわよ。今まで気づかなかったの?」

「ゲームばっかりやってるから気づかなかった。俺も寝ようかな。」

 夫はソファから立ち上がり、寝室へ行こうとして途中でトイレへ行き先を変更した。どこへ行くにもスマホがご一緒だ。

「・・・あの子、あなたが試合見に来てくれなかったこと怒ってるのよ。」

 その後ろ姿に投げかけた鈴子の言葉に、賢は足を止めた。

 小学校時代は小柄で中々試合に出してもらえなかった。父親の賢は身長180センチもある大柄な男だ。だから真弦もいずれは大きくなるよと、コーチに慰めてもらいながらのバスケットだった。ずっとそのコンプレックスと戦いながら頑張っていたのだ。中学生になって急成長した姿を、きっと父親に見てほしかったのだろうに。

「ちゃんと謝っただろ。仕方がないじゃないか、仕事だったんだから。」

 夫は振り返りもしない。

「わたしじゃなくて、真弦に謝って。」

「何ヶ月も経って?今更?」

 母親としての助言を、父親は一笑に付してリビングを出ていった。 


 

 



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