第6話 異変と鈍感

 仕事から帰ってきた賢は、リビングに誰もいないところをみてため息をついた。

「ただいま。・・・母さん、いないの?」

 帰宅してそうそうだが、早速スマホの画面を見る。

 廊下をパタパタと歩く足音がして、やがてリビングのドアが開く。鈴子が顔を見せた。

「おかえりなさい。夕食ね、すぐ温めるわね。」

「温めるって、子供たちも、母さんも、もう済んでるの?」

 寝室で着替えを済ませて戻ってきた賢は上着にしている裏起毛のパーカのポケットにスマホをいれたままソファに座る。

「ええ。・・・優希が、えっと・・・なんだったかしら、えっとオンラインなんとか?とかが七時から始まるからとかなんとかで、夕食の時間を早めてほしいって言うのよ。ついでだからわたしも済ませちゃったの。早めに食べたほうが、身体にもいいしね。」

「・・・だーれも俺のこと待っててくれないんだ。」

 恨みがましくそう言って、拗ねたように口をとがらせる夫は、ソファでスマホをいじり始めた。

「何時に帰ってくるかもわからないのに待てないわよ。たまたま今日は早かったみたいだけど。それに、このごろは賢さんだってそうやってスマホいじってばかりじゃないの。子供のこと言えないわよ。」

「折角定時に上がってきたのに。」

「予め連絡して頂戴。そしたらわたしは待ってたわ。」

 言いながら、温めた肉じゃがと味噌汁に白いご飯を食卓に乗せる。冷蔵庫からサラダをだしてドレッシングをかけた。箸置きに端を置いて、淹れたての緑茶をその脇に置く。夫の賢は食事時は緑茶しか飲まない。大豆とひじきの煮物を後から追加する。

「用意できましたよ、どうぞ。」

いい年をして拗ねるとか呆れる。子供でもあるまいに。自分が連絡を怠っただけの話だ。帰るコールの一つもしてくれれば、こちらだって考える。思ったままを当たり前に述べたが、夫はそれにも不服なのかそれ以上何も言わなくなった。

 一人で食事をさせるのは気の毒だと思って、テーブルの向かい側に座ってお茶を飲んでいるが、気不味いことこの上なかった。しかも、夫はテーブルの上にスマホを置いて、それを操作しながら食べている。

「・・・お願いだから、子供の前でだけはそれ止めてね。」

 鈴子は自分だから許してやるが、他の家族の前でそれをやったら許さない。

 そういった妻の方を、何故だか賢は睨みつけた。

 何を怒っているのか知らないが相手にしていられない、バカバカしい。鈴子はまっとうなことを言っただけだ。



 鈴子が子供の異変に気がついたのは、長男がリビングに余り居座らなくなったことからだった。長女は自室にこもって勉強する時間が増えてきていたので、最初は中々わからなかったけれど、次第にわかってきた。子供たちはリビングにいたがらない。

「年齢的にも、反抗期か・・・」

 そう思っていたし、おそらくは賢もそう思っていたのではないか。

 いや、もしかしたら夫は子供の異変にも気付いていないのかも知れない。賢の身体は家庭に有っても、その意識はいつもスマホの中。そこで通じている相手だったのだから。






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