第249話・決断のために
タケミカヅチ改良型・Dアンカー射出船。
当初の予定では一週間程度で完成するはずが、内部調整に手間取って十日も経過した。
さらに次元潜航による次元潮流内部の高速移動、浮上後にはDアンカー射出に必要なエネルギー維持のため、次元潜航システム部分は虚無に向かってパージ。
あとは実験を開始するだけとなったのだが。
──スターゲイザー内、アマノムラクモ艦橋
Dアンカー射出船と一緒に送り出した観測船二隻。
そこから送られてくるデータ及び映像を見ながら、俺は作戦開始の号令を発する。
「作戦開始。射出船を虚無に向かわせてくれ」
『ピッ……了解です。フォースフィールド展開、射出船、虚無に突入します』
オクタ・ワンの声と同時に、射出船が虚無に向かって進んでいく。
やがて虚無の中に突入するが、船体が軋むことはない。
「予定よりも強度が高いか。重力波動の影響は?」
「問題ありません。現在の圧力では、船体に傷ひとつつくことはなく……アラート!!」
──ブォン!
モニターの各部が真っ赤に染まる。
映し出された計測値が勢いよくカウントを始めている。
「オクタ・ワン!!」
『ピッ……虚無の奥、次元潮流に近い物質を発見。そこに向かってゆっくりと射出船が飲み込まれつつあります。魔導ジェネレーターによる脱出も不可能』
「……想定よりも強い引き込みか。虚無内部にはそういうものはないと思っていたが、まさかの中心核付近への引き込みとはな」
これ以上無理をすると、観測が不可能になる。
中心核まで引き込まれるとなると、船体強度が持ち堪えられるか解ったものじゃないからな。
「作戦をプランBに移行。Dアンカー射出!!」
『ピッ……了解。マルチプル・Dアンカーを射出します』
──ガゴガゴン
宇宙空間なので音は響かない。
射出船の表面装甲が展開し、三百六十度全周囲に向かってDアンカーを射出する。
それは音もなく空間に突き刺さると、まずは射出船を固定した。
「このまま計測を開始! 全体にかかる負荷、虚無の広がる速度を算出。どんな些細なことも見逃さないように」
「「「「「「「了解です!!」」」」」」」
ワルキューレたちが一斉に計測値を確認。
ほんの僅かでも揺らぎがあったら、すぐに報告してくれるだろう。
モニターの向こうでは、射出船が沈黙している。
外装などにも変化はなく、Dアンカーシステムにも異常はない。
『船体の安定度58%。僅かずつ、広がりつつある空間の壁に引き寄せられています』
「射出船が空間に引き裂かれるまで何時間だ?」
『ピッ……六時間。魔導ジェネレーター出力不足。虚無の広がる速度は10.968%低下』
「改造船一隻で10%か。十隻もあれば、止められるのか?」
希望が見えたようだが、帰ってきた答えは絶望。
『ピッ……残念ですが、完全に抑え切ることはできません』
「理由は?」
『内部蓄積された魔力が切れた時点で、魔導ジェネレーターは停止します』
「ガス欠か。対策は?」
『残念ながら、対策は……不可能です』
一瞬、オクタ・ワンが戸惑った。
何か策はあるが、それは答えられないというところが。
魔力が必要で、それを補う手段……なるほどなぁ。
その答えなら、オクタ・ワンは提案できないわ。
「質問を変える。オクタ・ワン、俺が乗っていた場合、ジェネレーターは稼働し続けられるか?」
この問いかけに、ワルキューレたちが一斉に立ち上がる。
そりゃそうだ、あの中に突入するなんて自殺行為以外の何者でもないし。
それを止めるのがワルキューレたち賢者の仕事だが、俺自身が質問をしている以上は、嘘はつけない。
『ピッ……ピッ……ピッ……』
オクタ・ワンが思考の渦に突入している。
俺を守るという本来の命令に反した解答が出てくるから、それを答えることはできない。
けど、俺の質問については答えなくてはならない。
『ピッ……最適解……アマノムラクモをDアンカー射出船に改装……及び、残存するタケミカヅチを補助艦として全て連結。全エネルギーを持ってDアンカーを射出した場合、虚無空間を縮小することは可能……』
「オクタ・ワン!! それ以上の発言は!!」
ヒルデガルドがオクタ・ワンを叱責するが、それを俺は右手で止める。
「いいんだ、ヒルデガルド。オクタ・ワン、最後の質問だ。オクタ・ワンの作戦により虚無を縮小することに成功した場合。俺は、アマノムラクモから出られないと思う。俺自身がエネルギーだからな。それで、虚無は消滅できるのか?」
『ピッ……ピッ……ピッ……』
5分。
10分。
オクタ・ワンの思考が続く。
途中からトラス・ワン、ヴァン・ティアン、アカシアも同期し、並列思考による計算が続いた。
『ピッ……計測完了。虚無を消すことは不可能であり、最小単位としては直径1.2光年まで縮小可能。ただし、空間の揺らぎと神威による膨張現象を止めるだけであり、アマノムラクモのDアンカーが外れた時点で、反作用によりこの世界は一瞬で消滅します』
「はぁ、なるほどなぁ……こりゃあ、覚悟を決めるか」
ボリボリと頬をかく。
いくらなんでも、神の力に対抗するには神の力しかない。
そして俺の今の立場は『亜神』であり、創造神クラスの神威を必要とする事はできない。
「なあ、オクタ・ワン。俺がアマノムラクモに留まったとして、俺は亜神から神になることは可能なのか?」
『ピッ……神に至る道。【魂の修練】を受ける必要があります。ですが、それはアマノムラクモの中では不可能。【魂の修練】を受けるには、創造神により全く違う世界に転移され、そこで生きなくてはなりません』
はぁ、なるほど。
ここから出た時点でゲームオーバーなので、俺が神に至ることもできないか。
『ピッ……可能性としては、神の気まぐれを待つしかないです。それまでは、この場所に留まる必要があるかと』
「はぁ。神の気まぐれって、本当に気まぐれすぎるわ……」
覚悟は決まった。
やれることをやって、それから後のことは考えよう。
「アマノムラクモ艦内及びスターゲイザーの全てのサーバントに勅命!! タケミカヅチ全艦及びアマノムラクモをDアンカー射出船に改装!! スターゲイザーはこの場で地球の観測及び交易を続けてくれ……」
勅命を告げる。
これで、全てのサーバントは俺の宣言した事に逆らうことはできない。
わかっているよ。
それがどれだけ辛いことかぐらいはね。
でも、地球は、俺の故郷だから。
過去に戻ってやり直しようにも、そのためのシステムは失われているからね。
それに、どこの時間軸に移動しても、この世界を管理している神が存在しないのだから、同じことを繰り返すだけ。
はあ。
まあ、死ぬわけじゃないし、アマノムラクモでのんびりと生きることにするよ。
史上最大の引きこもりになるけどさ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──一年後、スターゲイザー、オタル郊外
賢人機関研究施設では、虚無から逃れるための手段を延々と考え続けている。
一体どれぐらいの時間が経過したのか、それすら賢人たちは忘れてしまっている。
「……虚無対策……ええっと、天文単位レベル……」
疲れ切った体を休めるために、アルバートは自販機で缶コーヒーを買っている。
「ふぅ。ミサキさまが姿を現さなくなって、もう一年か。何か対策を考えているのだろうけど、本当に人類は虚無から逃げる事はでき……っと!」
──スルッ
握力が下がっているのと、寝不足で手が滑ったため、缶コーヒーが手から擦り落ちる。
それを慌て受け取って強く握りなおし、コーヒーを一口。
「ふう。コーヒーを持つのも辛いわ。握力まで下がっているとは……握力?」
ふとアルバートは、自分の手を見る。
それを握ったり広げたりしながら、何かを考えて。
「その手があったか……」
アルバートは走って研究室に駆け込んだ!
「ノイマン! 計算システムを停止、今からいうことを計算してくれ!!」
「ふぁ……何があった?」
「虚無だ。逃げるんじゃない、空間に固定して広がらなくする!! エクスカリバーの曳航システムの一つ、空間固定用アンカー!あれだ!!」
空間固定用アンカー。
すなわち、Dアンカーシステム。
逃げるのではなく、アルバートは攻勢に出ることにシフトを切り替えた。
「虚無を固定する? どうやって?」
「空間固定用アンカーで、虚無を包むように固定する。そうだな、アンカーで網を作り出し、それで包み込むように!」
「待て、それならアンカーの耐久性が……そうか!魔力によるアンカーなら、船に乗って魔力を注ぎ続ければ!!」
アルバートに続いてノイマンも理解した。
そして賢人機関は、Dアンカー効果による『虚無捕縛作戦』の計算に移行。
ただ一人の賢人……三船千鶴子以外は、この作戦のために研究室に篭ることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます