第242話・亡命希望者と、地球の未来

「何故だ、どうしてスターゲイザーに向かうための宇宙船がないんだ!!」


 イギリス・ソールズベリー近郊にある『スターゲイザー宇宙港』。

 その入り口ゲート前には大勢の人が集まり、空港職員に対して質問と罵声を浴びせている最中であった。

 彼らは諸外国の重鎮や政治家、そして未だ存在する名前だけの貴族たちであり、スターゲイザーと異星人が交戦したことにより、地球から脱出してスターゲイザーへ逃げようと考えていたのである。


 何故、戦時中のスターゲイザーに逃げるのか?

 その答えはひとつ。

 数日前に地球に落下した未確認物体、それが異星人からの侵略の第一手であると見抜いたから。

 それはどうやって?

 実のところ、地球圏でも太平洋に着水、潜航した異星人の観測ポットの行方は確認できておらず、各国の協力により周辺海域では潜水艦による調査も行われている。

 にも関わらず、未だに姿を見せることなく調査は難航。

 この情報から導き出した答えが、『スターゲイザーへの攻撃は失敗したので、地球にターゲットを変えた』という嘘の噂話。

 これがインターネットで広がると、爆発的に情報が世界中に広がって、今、この状態である。


 有能な政治家や国家首脳の言葉を借りるのなら『なんで戦時下のスターゲイザーに亡命するのか分からん』であり、先見の明のある人間の言葉なら『スターゲイザーなら勝てる。だから逃げるべきである』となっていた。


 そしてソールズベリーの宇宙港に、焦りを感じた人たちが押し寄せたものの、エクスカリバーはスターゲイザーから出港したばかり。

 逃げるも何も、何もないのである。


………

……


「はぁ……やっぱりこうなりましたか」


 宇宙港管制塔から外を見ているレオナルドは、集まった群衆を見てため息を吐く。

 報告があったので急ぎソールズベリーに戻ってみると、この体たらくなのであるから、彼じゃなくても聡いものなら愚痴の一つも言いたくなる。


「それでアルバート、スターゲイザーからの連絡はあったのか?」」

「いや、特に何も変わらないから、何かあったら連絡するって……例の太平洋に着水したものについても、異星人の観測ポットで間違いはないらしい」


 困った様子もなく、しれっとアルバートが告げるので、レオナルドも笑顔である。


「スターゲイザーが動いてないのなら、観測ポット程度なら問題はないってことだろう」

「いや、違う……多分だけど動いている。観測ポットの着水地点から西に107km、そこにはスターゲイザーの洋上プラットフォームがある。そんな至近距離に、異星人の観測ポットが落ちたとするなら、動かないはずがないだろうからさ」


 呆れ返るようなアルバートの言葉に、レオナルドも苦笑するしかない。

 

「それで、連絡がないってことは、今はもう動いているって事か」

「そういう事……と、お客さんの到着だ」


 管制塔モニターには、水滴型の宇宙船が静かに着地する姿が映し出されている。

 それは監視者たちの母船であり、コードネーム『ノア』の本体。

 大気圏内におけるバイオナノマシンの散布作業が全て完了したため、ソールズベリーの宇宙港を訪れたのである。


「はぁ。外で騒いでいる奴らがさらに煩くなったわ。まあ、それでも実力行使でゲートを越えようとする奴はいないから、まだ平和なんだろうなぁ」


 本気で逃げたいのなら、ゲートを破壊して宇宙船を奪取する輩すら出てくるだろうと、アルバートは読んでいる。

 それがないということは、あの騒動はあくまでもスタイルであり、俺たちはこういう主張をしているんだと声をあげて世界中に噂を広げたい輩なのだろう。


──ピッ

「アルバート、スターゲイザー洋上プラットフォームから入電です」

「よし、それを待っていた!!」


 急ぎインカムを装着すると、アルバートはスターゲイザーとの交信を始めた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「ひいふうみぃ……」


 洋上プラットフォーム横。

 そこにはタケミカヅチ型駆逐艦が四隻、静かにうかんでいる。

 その下部、海面下にあるハッチの中では、回収されて無力化した異星人の観測ポットが所狭しと並べられていた。

 それらのシステムを全てハッキングし、コントロール権を全てトラス・ワンが掌握。

 完全に無力化した観測ポットが、作業用サーバントたちの手にやって次々と分解されている。


「トラス・ワン、解析データは随時、ミサキさまに送っていますか?」

『……転送は随時。アマノムラクモで待機しているミサキさま、オクタ・ワン、神楽が担当となって、対策を検討しているところです』


 ロスヴァイゼがトラス・ワン端末に問いかけると、彼女の予想通りの返答が返ってくる。

 確認は大切なので、都度ホウレンソウは徹底するようにとミサキに教えられているので、ロスヴァイゼもそれを忠実に守っているだけ。


「それはよかった。万が一があっては大変ですから、ナノマシンレベルでの監視も怠らないでください」

『……敵の観測ポットには、数種類の毒ガス散布システムが存在。それ以外にも高出力の電磁波発生装置、高電圧、高電流、直径0.5mmの針を射出するタイプと、幾つもの殺人トラップが仕掛けてありますが、本当に危険なのはこれですね』


──ブゥン

 ロスヴァイゼの目の前に浮かび上がるのは、数値データ。

 それが何をしめすのか、アマノムラクモのカラーなら誰でも知っている基礎知識。


「空間超越システムのための座標軸設定。質量兵器を、この観測ポットに送り出すためのものですか」

『……搭載されているシステムを逆探知し、アクシアが敵艦隊の中枢システムをサーチ中。異星人にバレずに最深部まで到達することは不可能でしたが、観測ポットが惑星の調査を行い、適切な破壊兵器をチョイスしたのち、母艦から兵器を送り込むシステムのようではと……』


 この宇宙にどれぐらいの生命体が存在するのかはわからない。

 それゆえに、適切な破壊兵器をチョイスして送り込むという手段は、なかなかに慎重かつ大胆な作戦であるといえよう。

 自分たちが相手よりも絶対的優位に立つことが可能ならば、すぐさま降伏勧告、そして破壊兵器の転送すれば良い。


 では、相手が自分たちより上であるなら?


 それについては、アマノムラクモのミサキたちも頭を抱えているところであった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──スターゲイザー内、アマノムラクモ


『ピッ……敵異星人艦隊がワープイン。全てが消失しました』


 地球のロスヴァイゼとトラス・ワンからの報告を聞いて、敵の次の手を考えている最中であったミサキ。

 そこにオクタ・ワンからのまさかの報告である。


「……何を考えていると思う?」

『ピッ……彼らのテクノロジーでは、スターゲイザーに対して侵略行為を行うことが不可能と判断。ターゲットを変更した可能性があります』


 そのオクタ・ワンの推測を裏付けるのが、地球圏に降下した観測ポットの存在。

 スターゲイザーのようにフォースプロテクトシステムで星を護っていないので、観測ポットは太平洋に次々と降下した。

 そして、その降下が成功した時点で、彼らはスターゲイザーとは異なる文明をもつと認識したのであろう。


 なにせ、観測ポットすら近寄らせない、プラネットボンバーすら弾く無敵のバリアを持つスターゲイザーを攻略するよりも、あっさりと観測ポットが降り立つことができた星の方が文明的にはレベルが低いと判断するのは当然である。


「……それで、この観測ポットか。本当に侵略する気満々だなぁ。それで、全て無力化したんだよな?」

「トラス・ワンの端末が無力化に成功。解体してデータを回収してある最中ですわ」


 ヒルデガルドがファイルをミサキの元に持ってくると、それを受け取って眺めてから一言。


「……別に書面じゃなくても良いんじゃね? モニターアップでも構わないと思うけどさ」

「いえ、様式美は大切です」

「そういうものかなぁ……さて、スターゲイザーには侵攻不可能と分かった異星人たち。次の目標は地球、そこに観測ポットを降下したものの無力化された。この条件だけで、奴らの次の手を考えると、どうくると思う?」


 ここからが問題。

 観測ポットを無力化できる存在があると分かった時点で、奴らが脅威と判断してどこかに行ってくれるかどうか。

 これが映画だと、奴らは次の手として星を直接攻撃してくる可能性がある。

 もしくは機動兵器を導入して、星を制圧する。

 ほら、映画でもあっただろう? 

 戦艦ミズーリが海上でドリフトかまして、異星人の機動兵器と戦うアレ。

 今、まさにそんな感じなんだよ。

 機動兵器が来るかどうかは別としても、逆ギレで攻めてくる可能性は十分。


 敵もスターゲイザー侵攻でダメージを受けているからさ、なりふり構わずに地球を手に入れて橋頭堡を探り出す可能性だってあるし。

 逆に、スターゲイザーみたいな危険な存在がある太陽系を出ていくって選択肢もある。


『ピッ……前者なら良かったのですが、後者だと厄介ですよね』

「待て待て、俺の頭の中を読むなや、そしてなんで前者なら良かったんだ?」

『ピッ……前者なら、異星人は太陽系から出て行きますよね?』

「あ〜、オクタ・ワン、逆だわ。俺が考えた前者はなりふり構わず攻撃で、後者が太陽系から出ていくだわ」


 惜しい!! 

 前後がちがうだけってそこまで読んだのかよ!!


『ピッ……ミサキさまの予測パターンを推測するに。今回は逆ギレ攻撃が可能性大です』

「なんで俺の予測パターンから、敵の動きを推測した?」

『ピッ……嫌な予感の的中率85%のミサキさまの、最悪のパターン予想は的中率100%です。これはハリウッド映画における、歴代主人公たちの『嫌な予感がする』と同率かと』

「変な計算するなや!!」


──ビビビビビッ

 そして艦内にアラート。

 大量のモニターが展開し、宇宙空間の映像が浮かび上がる。


「異星人艦隊がワープアウト。月の周回軌道直上、地球を挟んで正反対に全艦隊がワープアウトしました」

『ピッ……ほら、ね』

「うわぁ。俺、余計なことを言ったか?」


 思わず呟いてしまったけど、本当にこういう時だけは自分の悪運を呪いたくなるわ。


「地球への対策はどうしますか? 敵ミサイル駆逐艦のプラネットボンバーだけで、地球は崩壊します」

「地球の崩壊……それだけは断固として阻止だ!! その前に、奴らは地球を手に入れる気なのかどうかも調べたいけど……時間がねぇ!!」


 俺が叫ぶと、艦橋の全員がワクワクし始める。

 いや、本当に戦争大好きなんだなぁ。

 平和なアマノムラクモでありたかったよ、本当に。


「アマノムラクモ、地球を守るために出撃する!!」


──シーン

 あれ、まだ何か足りないの?

 ふと頭の中で考える。

 この場合の、最適解。

 あ〜なるほど、理解したわ。


──バッ!!

 席から立ち上がると、俺は右手を広げた。


「アマノムラクモ艦隊・・全艦出撃!!」

「「「「「「「イエッサー!!」」」」」


 俺の言葉と同時に、スターゲイザーの各ドックにて待機していた艦隊が次元潜航を開始。

 本格的に艦隊戦に突入する気なんだろうなぁ。

 

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