第172話・人類は思考する葦である……よね?

 調査員サーバントの与謝野晶子は考えた。


 ミサキさまのためならば、どのような極限状態でも任務を全うすると。

 彼女が当初送り出された場所は、日本国の国会議事堂内、参議院議員食堂。

 ちょっと面倒な手段ではあったものの、どうにかそこの調理師として潜入に成功、職務をこなしつつも日本国の政治というものを調査していた。


 変化があったのは半日前。


 突然、地球防衛軍を名乗るものたちが国会議事堂敷地内に突入、建物の全ての出入り口を封鎖すると、そのリーダーのような男の声が敷地内に響き渡った。


『我々は地球防衛軍である。本日、今の時刻を以って、現行政府は解体。これより日本国は我が地球防衛軍の支配下に入ることとなる』


 食堂内のモニターに映し出されたのは、軍服姿に旭日旗の鉢巻、そして腰に軍刀を下げたスキンヘッドの男性。

 彼こそが地球防衛軍…日本進軍部隊の司令官である『有川義光』である。


 彼は叫ぶ。


 地球を異星人の好きにさせてはならないと。

 この人類の故郷である地球を、我々が守るべきであると。

 そのためにも、異星人に尻尾を振るような売国奴たちには鉄槌を叩き込み、本来あるべき日本を取り戻すべきであると。

 そのためにも、地球防衛軍に全ての権利を譲渡してもらうと。

 モニターの向こうでは、有川が抜剣してブゥンと剣を振る。


『全てを鑑みて、判断をしてもらいたい。今の弱腰の日本では、いずれは隣国及び先進国には到底敵うはずなどなく、植民地化してしまうのが目に見えている。さあ、立ち上がれ同志たち、今こそ日本を昔のような列強国にするのだ‼︎』


 場所は特定した。


 市ヶ谷の防衛省本庁。

 そこを占拠しているということは、つまり日本の陸海空の自衛隊は支配下に落ちたということ。

 さらに警察や機動隊の動きがないところを見ると、恐らくは警視庁も押さえ込まれたのだろう。

 これは、完全な軍事クーデターである。


 このままだと、日本の政治中枢の無血開城もいいところだろう。


「はぁ。ミサキさまに連絡を……あら?」


 ここにきて与謝野晶子は、判断を誤っていた。

 彼女の念話システムが誤作動を起こしている。


(通信関係が遮断? え? ちょっと待って? 魔導通信システムに干渉することのできる存在?)


 一瞬の動揺。

 だが、その隙を厨房内のチーフは見逃すはずがなかった。


「与謝野くん、今日のお勧めはカツカレーだから。今から準備をよろしくね」

「はい、了解です」

「君が揚げるトンカツはサクサクしていて絶品だからね。早いところ頼むよ……」

「かしこま……ってチーフ‼︎ ここ、占拠されていますよね? 食堂をのんびりとやっていて良いのですか?」


 思わず空気に流されそうになったが、すぐに切り替える。


「いや、占拠とはちがうようだよ。議員や職員がここに閉じ込められているということ、通信機器の全てが使用できないということ以外は、ここは普通に機能しているようだからね」


 淡々とソースの仕上げをしながら説明してくれるチーフ。

 いや、なんでそんなに落ち着いているのと、小一時間問い詰めたくなる。


「それにしても……」


「まあ、腹が減っては戦はできない。それに、こんな状況でも動けるチーフ部隊が、日本には存在するからさ」

「……特戦群? それともレンジャー?」


 その程度の記憶ぐらいならある。

 そもそも、その自衛隊を統括している防衛省が機能していないのに?


「まあ、特戦群の中でも、ある特定条項でのみ活動を開始するチームがあってね。普段の彼らは普通の自衛隊員だけど、いざその時が来たら、誰にも命じられることなく、速やかに作戦を開始するらしいよ」

「……へぇ、そんなものがいたとは……チーフは随分とお詳しいことで」

「はっはっ。まあ、知人からの受け売りだよ。どの国にも、所属不明の特殊部隊は存在するってね」


 ソースの味見をしながら、チーフが笑ってそう呟いていた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


──ゴゥゥゥゥゥゥ

 北海道千歳を飛び立った自衛隊の輸送機は、高高度を東京へ向けて移動している。

 搭乗員は札幌市の手稲山でモノリスの調査をしていた自衛隊の選抜隊員たち。

 彼らこそが、その存在自体が機密扱いの特殊部隊。

 故に正式名称は存在せず、都度、コードネームが設定されるだけ。


「……まさか、この機体の初フライトが、軍事クーデターの鎮圧とは」

「おかげさまで、千歳を飛び立つときも一悶着あったがな」


 部隊コード『ユキウサギ』総勢六十人は、予め用意されていた装備に身を包み、移動を開始。

 まだ存在すら機密となっているCー3輸送機に乗って、一路東京を目指している。

 自衛隊の輸送機Cー1、その後継機であるCー2は開発が発表され、あと4年後には完成する。

 だが、それを隠れ蓑として開発されたのか秘匿コードSATC、特殊任務部隊用輸送機Cー3。

 隊員からは『風神』の愛称で呼ばれているそれは、まもなく津軽海峡を通過後、太平洋を高速で南下する。


「作戦は二つ。市ヶ谷防衛省の奪還及び、国会議事堂周辺の完全鎮圧。お客さまが見ているのだから、全員手抜きはするなよ」

「了解‼︎」


 隊員たちの掛け声を聞きながら、モノリスから姿を表した『お客さまたち』六名は、後ろの座席で静かに沈黙していた。

 特殊任務用サーバントが五名と、それを指揮する忍者・朔夜。


 『花』『鳥』『風』『月』『林』『火』のコードネームを持つサーバントたちは、完全装備フルアーマー忍者の姿で、静かにその時を待っていた。

 仲間である『山』のコードネームを持つ与謝野晶子との合流を楽しみに待ちつつ。


………

……


 手稲山裾野、モノリス調査部隊ベースキャンプ

 そこの一角には、つい先日、ミサキが空輸した大型キャリアーが停車している。

 タケミカヅチの艦橋とダイレクト接続している、キャリアーには、ワルキューレの四人とミサキが滞在、ここからサーバント特殊部隊の指揮を行う。


「……星王ミサキさま。本日はご機嫌うるわしく」


「麗しい訳あるかぁ‼︎ パワード大統領からケネディを通じて打診が来なかったら、日本なんて無視する対象なんだからな。自国を守る戦力のほとんどが使い物にならないって!どうよ?」


 防衛省という指揮系統が潰されている現状では、自衛隊は各部隊判断で行動するしかない。

 本来ならば、それでもかなりの活動が可能なのであるが、最大の弱点である『通信管制』を地球防衛軍が掌握している以上、独自の秘匿回線で活動するしかない。

 それでも、海自のイージス艦は東京湾目掛けて移動中であり、陸自の機動部隊も東京目掛けて走っている。

 空自もスクランブルの準備は完了しており、あとは特戦群が奪還作戦の一つである防衛省の開放を待つばかり。


「もう、ぐうの音も出ません。今は、スターゲイザーの皆さんにお縋りすることしかできませんので」

「嘘つけ。なんだよあの部隊は……うちの忍者部隊相手に二分も持ったぞ?」

「も? ですか?」

「も‼︎ だよ。本気で動くうちの忍者相手に二分も耐えられた部隊は初めてだよ」


 殺す気で殺さないようにやれと命じたうちの部隊相手だから、そこは誉める。


「はなからあいつらを動かしていればいいものを。まあ、この貸しはでかいからな。約束通り、『機動戦艦タケミカヅチ』の入港可能な港の準備、スターゲイザーの乗員の上陸許可、忘れるな」


 とんでもない条件を突きつけての共同作戦。

 これを日本が断ることなど、できようもなかった。


「私の権限で、何としても法案にねじ込みます」

「よろしく頼むよ、北海道知事の星澤幸雄さん」


 そう話しかけたら、ようやく星澤知事が笑みを浮かべていた。


 

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