第155話・散歩する幽霊

 惑星スターゲイザー。


 太陽系に到達し安定した公転軌道を回り始めてから、スターゲイザーの魔導頭脳ヴァン・ティアンは、惑星に住むものたちのために、大まかな改造計画を開始していた。

 具体的には、動植物の品種改良、地下および海洋資源の調整など。

 幸いなことに、スターゲイザーの、大気組成及び海洋、川などの水の成分は地球準拠なため、彼らに対しての梃入れをする事は殆どない。

 元々ミサキが住むための惑星なので、地球型であるのは当然であるのだが、それではミサキが来る前のスターゲイザーの環境はどうだったかというと、それほど大きな変化はなかった。



「広い宇宙、自分たちの呼吸に放射能が含まれても平気な種族がいてもおかしくないのだから、地球型惑星がいくつもあってもいいんじゃないか?」

『ピッ……ハリウッド映画などでは、広大な宇宙に浮かぶ幾つもの星を行き来するシーンとかありますよね? でも呼吸については気にしていないのですから、あまり気に病むことはありません』

「それもそっか」


 このやり取りだけで話し合いは完了。

 目的だけを告げて、惑星改良は全てヴァン・ティアンに丸投げであったがために、スターゲイザーは大きな変化も開始していた。


 地球からの来訪者に対する対応としては、別大陸に住む竜種との話し合いなどを行いつつ、地球から人間が訪れた際の彼らの居住区画の整備も行なっている。

 まだエルフ種や忍者の里を知られたくはないため、地球人用の居住区はオタルの西方、巨大な山脈の裏側に設定した。

 広く開けた場所、地下水脈もありそこそこの資源もある。

 森には食用に耐えうる果実、肉食に耐えうる動物も徘徊しており、そこそこに危険なゴブリンの集落も用意してあった。


 オタルはというと、相変わらずののんびりとした発展ぶり。

 昭和初期の小樽の街並みを見事に再現し、且つ、ライフラインは最新型を設置。

 表に見えない部分に贅を尽くした作りになっているものの、この地に地球人がこれるかどうかは、今後の彼らの対応次第なのである。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「ミサキさま‼︎ オタルで緊急事態です」

「……何があったんだ?」


 アマノムラクモ艦橋で、対地球用の次の一手を考えていたのだが。

 オタル在住サーバントがやってきた。


「出るんです」

「出る? バグベアーか? それともオウルベアー? 四手熊は強いから相手をするなよ? それとも蜘蛛か?」


 まあ、この辺りはオタルというか、その向こうの森や山脈で見かけるからなぁ。

 人里までふらっと現れても、おかしくはないか。


「ゆ……」

「ゆ?」

「幽霊が出るんです‼︎」

「着物姿の少女の霊が、クスクスと笑いながら出るんです‼︎」


 はあ。

 幽霊が出るのか。

 まあ、ある意味では機動要塞・人工惑星というSF要素詰まりまくりのスターゲイザーに、汎用人型魔導ゴーレムのサーバントたちというファンタジーの塊。

 いわばジャンルの闇鍋のような世界だから、幽霊が出ると言われても、はぁ、としか言いようがないんだが。


「はぁ。それで、俺にどうしろと?」

「俺は力自慢だけど、やっぱり幽霊は怖い」

「怖くておちおち深夜の散歩もできないのです」

「異世界料理の名コックである私でも、幽霊はこわいです」


 ふぅむ。

 お前ら、どこの坊ちゃんのうちの執事だ? 

 それよりもなぁ。


「ちょいとまて、お前たち自身が地球人にとっては恐怖の対象だぞ? 擬似魂を組み込んだ魔導ゴーレム、そのお前たちが、なんで幽霊に怯えるんだよ」

「「「ゴーレムでも、怖いものは怖いのです」」」


 そういうものなのか。

 まあ、そこまで言うのなら、解決した方が良いよなぁ。


「そんじゃ、この件はヒルデガルドに一任して良い……って、ヒルデガルドは何処だ?」


 そう周囲に問いかけると、艦橋の端っこで震えている。


「マ、マイロード。私は幽霊は怖いのです」

「なんでお前まで? 相手は幽霊じゃないか」

「解析不能な超常現象ですよ? 論理的解決できない存在は、恐怖以外の何者でもありません」

「……まさか、ほかのメンツもか?」


 ぐるりと艦橋を見渡してみると、ワルキューレ一同、皆そっぽを向いている。


「あ〜。オクタ・ワン、まさかお前まで?」

『ピッ……私は、神によって作られた存在です。なんで幽霊如きに怯える必要が?』

「任せて良いか?」

『ピッ……私の分体として動ける身体があれば、現地ですぐにでも陣頭指揮を取れるのですが』

「あ〜、そこまでは考えたことなかったなぁ。今から作るか?」

『ピッ……まあ、今の私に振られたとしても、アマノムラクモ改装計画のシステム調整でなにもできないのですが』


 あらまあ。

 それは仕方ない。


「……ということだから、諦めろ」

「そ、そんな。相手は幽霊なのですよ?」

「恨み辛みが悲しくてですよ? なんでこの世は生きらりょかですよ?」

「….そのまま散ってしまえ。こっちも作戦やらなんやらで、忙しいんだ。誰か手の空いている……って、そうか」


──シュタッ‼︎

 俺が何かを言う前に、天井に朔夜が現れたんだが。


「餅は餅屋だ、ファンタジー要素にはファンタジーの王道をぶつけて見よう」


………

……


──オタル、花園商店街

 まだ完成したばかりの商店街。

 老舗の商店があちこちに軒を並べている、実に情緒溢れる光景である。


「……それで、我々の出番なのですか?」


 ご存知、エルフの御一行さま。

 こう言うオカルトなことなら、ファンタジーをぶつけた方が良いんじゃないか?


「まあ、そう言うこと。エルフのみんななら、幽霊とかの相手は難しくないだろう?」

「幽霊……ゴーストですよね? それは寧ろ、神官や僧侶、クレリックの仕事ですが」

「ま、まあ、魔法で一発、ドーンって‼︎」

「あの、ミサキさま。我々エルフが用いる魔法は【精霊魔法】でして、ゴーストに有効な魔法は殆どありませんが」


 え?

 まじで?

 

「よくあるファンタジーゲームだと、ゴーストって魔法攻撃か銀の武器で傷つくよな?」

「……傷つけてどうするのですか? ゴーストは速やかに恨みを浄化し、神の元に送るのが定石です。それをそんな、将棋で『初手5二角王手』のようなやり方は無謀で無策です」

「そもそも角じゃ王手にならねーよ、その角、何処から出てきたんだよ」

「買ってきたんじゃないですか? まあ、そのレベルの問題だと言うことです。調査はしますが、その報告だけで構いませんか?」


 ま、まあ、それならそう言うことで。

 

「それじゃあ、そう言うことで頼む。まあ、こんな真っ昼間から幽霊なんて出てくるとは思えないが」


 勝負は夜だよな。

 幽霊なんだから、昼間は出ないよなぁ。


「あの、ミサキさま。そこの茶屋の外、椅子に座って笑っている少女は幽霊ですか?」

「え?」


──ザワッ

 それって、俺の後ろだよな。

 

「あ、あのな、俺をビビらせる為に、そんな事を言うなよ」

「いえ、私たちが話を始めてから、ずっとそこの席で笑いながら見ていましたが。うっすらと透き通った、和服姿の少女ですよね?」


──ザワザワザワッ

 うわぁ、鳥肌が出てきた。

 寒気もするぞ、メリーさんの方がまだ怖くないわ。

 私メリーさん、今、魔導頭脳のターミナル前にいるのってか?

 別の意味で怖すぎるわ‼︎

 

 そう余計なことを考えていても、だんだんと寒気はひどくなる。


「あ、ミサキさま」

「なんだなんだ、なにがあった‼︎」

「いえ、少女がですね」


 そうエルフが呟いた瞬間に、俺の服の裾を誰かが引っ張る。

 はい、ごめんなさい。

 私も人間で日本人です。

 幽霊が怖いです、この件は俺は干渉したくなかったです。


「はふん」


 意識を失い始め、倒れていく。

 そんな中、俺の目の前で心配そうな少女の顔が見えていた。

 はい、アウトぉぉぉぉ。

  

 

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