第154話・舌先三寸、真意と建前の交差三秒前

 手稲山山中での、モサドと中国、そして正体不明の国家による日米合同特殊部隊への襲撃事件。


 それが起きた翌日には、手稲山中腹のベースキャンプには大勢の人だかりができていた。

 襲撃の報告を受けたキャンプ千歳のアメリカ海兵隊と陸上自衛隊が、すぐさま装備を整えて手稲山に急行。

 ベースキャンプ内の倉庫に集められた死体の検死作業を行なっている。


「中国の特殊部隊だと思うのだが、相変わらず身元がバレるような装備や備品を使っていないな」

「作戦行動にもよりますが、今回のケースの場合は、現地で調達したとしか思えない装備になっています」


 蛟龍の所持していた装備は、おおよそ市販品のものもしくは自衛隊の流通品。

 ここで問題なのが、自衛隊備品の中でも表に出回ることのない装備を、なぜ彼らが所持していたのか。


「防刃ベストとかは向こうの国のものでしょうけれど、巧妙に加工されていますね。足がつきづらくなっています」

「モサドも同じようなものだが、こちらはまだ正式装備なだけ身元の割り出しが難しくない。それよりも、この二国以外の第三国の特殊部隊の証拠が何もないところが問題だな」


 傍で報告を聞いていた秋田一佐も、アメリカ海兵隊のスチュワード大尉たちの話に頷いている。

 彼が提出した報告書は、到底、信じてもらえる代物ではない。

 マシンピストルの斉射を受けても無傷、しかも額を打ち抜いたはずなのに、あっさりと弾かれ傷もない。

 装備込み重量80kgはあろう兵士を片手で放り投げる筋力など、どこを取っても信じられないとしか言いようがない。


「こっちの検死へ終わったのですか?」

「いえ、いや、二国分は終わっていますが、最後の一つだけは証拠も何も残っていないので、報告書のすり合わせになります。賢人機関では、何か変わったことはありましたか?」


 まるで他人事のように近寄ってきたカール・グスタフに問いかける秋田一佐。

 すると、カール・グスタフは両肩を顰めるような動作をして一言。


「うちの指揮車両の後部ハッチ外に、アメリカ海兵隊の兵士が倒れていた程度だよ」

「逃げ延びたか、或いは隠れていたか?」

「まさか。動体センサー、温度センサーなどを駆使した最新鋭の観測システムを搭載していたのだよ? 車内の我々の目を盗んで近寄ることができるほど、アメリカ海兵隊の練度は上がっているのか?」


 つまり、気がついたらそこにいた。

 近寄った形跡も何もなく、まさにカメラの隅にあったとしか形容できない。

 まあ、付近の茂みで蛟龍の襲撃を受けた兵士を二人、陽炎が回収して指揮車両外に並べただけである。

 それも、ステルスモードを駆使して賢人機関の観測システムに引っかかる事なく。


「はぁ? 賢人機関の指揮車両は世界トップクラスの情報収集、解析、指揮系統を持っているのではなかったのですか?」


 半ば皮肉も交えての秋田の一言。

 これにはカール・グスタフも苦笑さざるを得ない。


「その自負が崩れそうなのだ、あまり虐めないでくれ。こう見えても、まだ子供なのだからな」

「でしょうね」


 外見年齢13歳の子供。

 それが今のカール・グスタフ。

 その後はしばし、アメリカ海兵隊も交えての情報交換となったのだが、賢人機関の車両では第三国の特殊部隊、秘匿コード『ニンジャ』の存在は全くと言っていいほど掴めていない。

 実際に対峙したものしか、その存在が明らかではなかった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 中国外交部。

 その日は朝から、日本からの緊急連絡を受けているところであった。

 |欧阳(オウイァン)国家主席と浅生総理大臣による電話会談、最初は惑星スターゲイザーへ向かう共同ミッションの話であったのだが、少しずつ浅生が話を本題に誘導している。


「……そういえば、つい先日ですが。日本にあったモノリスを巡って、第三国の特殊部隊が潜入していましてなぁ」

『それは大変でしたね。確か陸上自衛隊とアメリカ海兵隊の合同訓練でしたか?』

「まあ、そんな所で。それで、うちの部隊が奇襲を受けたのですが、その中にそちらさんの特殊部隊が含まれていたんだが、これはどういう事ですか?」

『ほほう、うちの特殊部隊が、ですか。私としてもモノリスには興味がありますが、いくらなんでも特殊部隊を送り出すような事はありませんね。他国のカモフラージュとかでは無いのですか?』


 言葉巧みに話を切り出す浅生と、あくまでも本国は関係ないと主張する|欧阳(オウイァン)。


「そっか。イスラエルの奴等も何人か捕縛しているんだが、そっちはどうなんだ?」

『それこそ無関係ですよ。その二国が共同作戦行動でも行っていたと?』

「いや、寧ろ別々に動いていて、偶然鉢合わせた感じらしい。まあ、そちらさんの部隊じゃないのなら、こっちで勝手に処理するが構わないよな?」

『どうぞ。そもそも、そちらに潜入したという我が国の特殊部隊は偽者でしょうからな』


 それでその場の話し合いはおしまい。

 あとは貿易問題などの話をして茶を濁らせると、その日の非公式電話会談は幕を閉じた。


………

……


「失敗したか……しかも未帰還が八人、大した損失だな。次の作戦は?」


 傍で控えていた補佐官に、|欧阳(オウイァン)は無感情のまま問いかける。


「モノリスは何らかの方法であの場に固定されています。現在は実体化し、そこに固定されていますが、いつ、スターゲイザーの異星人がそちらに姿を表すかわかりません」

「どの国よりも先に、異星人と接触したかったのだがな…ホワイトハウス前のモノリスには手を出さないが、せめて日本のものならば手に入れたい所だが」

「現在、地球代表団に選ばれなかったいくつかの国から打診があります。共同でモノリスを管理するべく、国連に緊急提示しようという動きがありますが」


 つまり、日本にあるモノリスは日本固有として扱うのではなく、国連管理のもとに共同で研究するべきであるということ。

 ホワイトハウスの庭に突き刺さっている隣様同じように管理したい所だが、あれは場所が悪すぎる。 


「イスラエルが動いていたのは予想外としてだ、問題は第三国の存在だ……一体、どこの国の特殊部隊だ?」

「噂ですが、賢人機関の特殊部隊ではないかと」

「……ミスリル繊維でも作り出して、防弾ベストでも作ったか? 報告では、その特殊部隊は銃弾を弾き返すらしいが」

「その辺りも研究中です。今回のミッションでは、こちらも切り札をかなり消耗しましたから。少し作戦の方向性を切り替えた方がよろしいかと」


 端的に要件だけを告げる補佐官。

 これには|欧阳(オウイァン)もウヌヌと唸り声をあげてしまう。

 いずれにせよ、今回のミッションは失敗に終わり、貴重な特殊部隊員の犠牲が出てしまった。

 今後の活動も、より慎重に行わなくてはと、|欧阳(オウイァン)も椅子に深々と体を沈めながら考え始めていた。


 そして、この日本と中国のようなやりとりは、アメリカとイスラエルの間でも行われていた。

 当然ながらイスラエルはモサドの投入については否定的であり、第三国がモサドを騙って潜入したのではないかと、ある種の欺瞞工作説を唱え始めている。


 当然ながら話は平行線で終わるが、やはり謎の第三国については、どの国も全く尻尾を掴むことができていなかった。


………

……


──アマノムラクモ艦橋

 目の前のモニターには、朔夜たちの作戦行動の全貌が映し出されている。

 どうやって? それは簡単、衛星軌道上から、ステルスモードのサテライト部隊による高感度観測データだから。


「……まあ、非戦闘員の被害は1だけ、これは出会い頭の事故のようなものだから仕方ない。それで、堂々と姿を表していたのは構わないんだが、この暗殺技術、どうやって身につけた?」


 どう見ても『必殺仕事人』だよ。

 手にした簪で首筋を一撃とか、三味線の弦で相手を首吊りとか。


「はっはっはっ。オタルのレンタルビデオでござる」

「……オクタ・ワン、いつの間にそんなものを作った?」

『ピッ……娯楽は大切です。本屋も併設しています』

「……その本とか映画とかは、どこで手に入れた?」

『ピッ……アメリカとロシアの大手チェーン店からです。アマノムラクモの第二区画にありましたので、そのまま流用しました』

「了解、それならいい」


 はぁ。

 確かに娯楽は必要だけど、そういう搦め手でくるとは予想外だったわ。


「それで、三人の反省会は?」

「拙者は、賢人機関の車両警備でしたので、撃墜数は二つでござる」

「拙者はこの自家製簪で、撃墜数は八でござる」

「はっはっはっ。拙者はこの竜鱗糸による首吊りで六人でござるなぁ」

「一つ言っていいか?」


 なんだか、この忍者部隊は、俺が何かを言うのをワクワクして待っているんだが。


「お褒めの言葉でござるか?」

「仕事人は忍者ではないんだが?」


──ドサッ

 あ、三人とも崩れるように倒れた。


「も、盲点でござる」

「忍者もののビデオは見たのでござるが、あの忍者はクノイチゆえ、拙者たちでは真似できなかったでござる」

「宇宙忍者はダメでござるか?」


 懇願するように問いかける三人。

 まあ、崩れた朔夜は放置、陽炎の宇宙忍者って、多分世界忍者のことだろうなぁ。

 それと斜陽、お前のそれはアダルトビデオだ。

 別の作品を見直してこい。


「三人とも精進が足りない。あとで報告書に起こして提出、特段気になった事はあったか?」


 そう問いかけてみたが、作戦内容的には真面目な返答を返してくる。

 それならそれで、後で報告書を受け取る事で話はこれでおしまい。


「しまった‼︎」

「どうした朔夜‼︎」

「拙者、『お寒うございますなぁ』ができなかったでござるよ」


 殴りてぇ。


「それは中村主水な。一つ付け加えていいか?」

「はっはっはっ。ごゆるりと」

「今、八月だからな、寒いどころか暑いからな」


 あ、咲耶がまた倒れた。

 もう面倒だから、後の処理は斜陽と陽炎に任せるわ。

 それにしても、各国の軍事同盟も一枚岩じゃないんだなぁと、改めて痛感したわ。

 

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