第153話・必ず殺す仕事をする人? いえ、忍者です。

 深夜。

 

 聞こえてくるのは風の音。

 虫の鳴き声ひとつない。

 ここが市街地ならば、その程度のことはあっても気にならないところであるが、現在の場所は手稲山の登山口から少し登った場所。

 手稲青少年キャンプ場付近が、特殊部隊のベースキャンプであり、ここからさらに上、キッズパーク手稲がある場所が第一観測所である。


──ドサッ

 第一観測所付近の茂み。

 そこには、今しがた首を掻き切られて絶命した海兵隊員の死体が転がっている。


『こちらA3、ターゲット付近の害虫は排除。送る』

『ベースワンより各位。A5の損失を確認。至急、現地へ』

『こちらA1。相手はアメリカと日本じゃなかったのか? 蛟龍の存在をか……』

『ベースワンより各位。作戦変更、A1の損失を確認、ターゲットに中華人民解放軍を追加、待機していたE1からE9は、直ちに敵特殊部隊の排除に回るよう』


 次々と通信が届く。

 モサドは静音型ドローンにより上空からの偵察を開始。

 それとほぼ同時刻、中国人民解放軍特殊部隊の【利剣】が、アメリカ海兵隊および日本の特戦群、そしてモサドの殲滅作戦を開始。

 山間から音もなく降りてきては、ナイフ一つで対象者を確認、そのまま心臓あるいは首筋を掻き切るようにして戦力を削いでいく。


 山の中での、四つの国によるバトルロイヤル、それとは別に第一観測所に向かうモサド。

 だが、その動きは賢人機関の指揮車両も捉えている。


「……このセンサーは大したものだ。さすがは賢人機関といったところだな」


 賢人機関指揮車両に待機していたアメリカ海兵隊のサミュエル・スコード中佐は、車内の特殊モニターに映し出されている人影を静かに眺めている。


「当然だ。このモニターシステムは、昼夜関係なく敵の存在を映し出すことができる。射程距離こそまだ実用化の域には達していないものの、ここの周辺程度なら全て網羅するぐらいは簡単だな」


 賢人機関軍事参謀のカール・グスタフ・エミール・マンネルヘイムが、自信満々に呟きながら足を組み直す。

 

「可能なら、ここから命令を飛ばしたいところだが」

「それは許さない。ここにきて様子を見ること自体、本来なら許可することはできないのだよ? 君たちアメリカ海兵隊が我々を護衛するというからこそ、この車内に入る許可を出したのだよ」


 カール・グスタフが務めて冷静に、スコード中佐に説明する。

 本当に、この場に海兵隊の通信システムがあったなら、すぐにこの場所が指揮車両となるだろう。

 だが、それはカールが許さない。

 ここは賢人機関の指揮車両であり、賢人機関のベースキャンプでもある。

 

 他国の軍隊が好き勝手することなど、許すはずが無い。


「……それぐらいは心得ている。しかし、敵味方の認識ができないところが、歯痒いところですね」


 モニターに映し出されている人影では、どの国の兵士がやられたのか確認できない。

 ただ、殺られた兵士の色は黒っぽく変化するので、それで生死を確認するのがやっとである。

 それでも、周辺の木々を全て無視して、兵士だけを映し出すシステム、このようなものがあれば、世界の軍事情勢は大きく変わるだろうとスコード中佐も歯痒い思いでモニターを見つめている。


「この車両には、近寄ってくる存在はいないのか?」

「当然。そのようなものがいたら、すぐにこのシステムが反応する。万が一にも、我が賢人機関の監視システムを潜り抜けることがたま切るような存在がいたとするなら、それは……」

「それは?」

「チャック・ノリスだけだな」


 敢えて冗談を交えて話を終えるカール・グスタフ。

 それにはスコード中佐も肩をすくめてしまうのだが、この会話が指揮車両のすぐ外に待機していた『陽炎』の耳に届いているなど、考えもしなかったであろう。


………

……


「……仏さん確認。衣服から判断すると蛟龍なんだが……」


 日本の特戦群所属、秋田克久一佐が、倒れている所属不明の死体を確認。 

 持ち物や防刃ベスト、そして黒塗りのナイフから蛟龍の一人と思われると判断。

 すぐ近くには第一観測所に詰めている隊員たちの宿舎があり、そこに潜入しようとしたところを、背後から狙われたのだろう。


「傷がない……いや、これか?」


 後頭部付け根の首筋、そこに小さな刺し傷がある。

 もしも中国特殊部隊が殺されたとするならば、ここを一撃で突き刺されたとしか考えられない。

 細い針のようなもので、しかも手練れの特殊部隊相手に、背後から。


「……こんなことができる存在? モサドか?」


 現時点での情報では、モサドと中国人民解放軍特殊部隊による襲撃と判断される。

 だが、この宵闇の中で、ここまでスムーズに暗殺できる技術など、秋田には思いつかなかった。


「わからない。が、それは後だ。岩下、友引、かなりの手練れが紛れているから気を付けろ」

『『了解』』


 すぐさま指示を飛ばしてから、秋田もまた第一観測所付近の警戒を始める。

 賢人機関のカール・グスタフの意見では、彼らは第一観測所のデータベースを狙ってくる。

 モノリス自体はあの場所から動かすことができないという結論に達したので、モノリスの保護は考える必要はない。

 そうなると、現時点でもっともデータの集まっている場所が狙われるという結論に達したらしい。


 そもそも、海兵隊および特戦群は、他国の襲撃についてはある程度の予測は立てていたのだが、ここまで用意周到にくるなど考えてはいなかった。


 それも、同タイミングで複数国家から。


──ガサガサッ

 ふと、近くの茂みから音がした。

 すぐさま秋田は銃を構えたが、そこには黒装束の忍者のような人物が、死体を二つ引きずって姿を表したのである。


「……動くな‼︎」

「日本語でござるか。拙者、敵ではござらん。このものたちが隊舎に襲撃を画策していたので、無慈悲に命を刈り取っただけでござるからなぁ」


 カンラカンラと笑う忍者。

 日本語で話しているのだが、それほど流暢ではない。

 そのまま秋田の目の前に向けて二つの死体をドサッと放り投げたのだが、忍者と秋田の距離は20mほどはある。

 その距離を、最も簡単に、まるでバスケットボールを投げるかのように放ってくる。


──ドサドサッ

 信じられない。

 一体、どれぐらいの力があれば、隠密兵装の特殊部隊二人を投げられる?

 その疑問が判断を鈍らせたが、すぐさま秋田の真後ろから二人の海兵隊が飛び出し、サブマシンガンで忍者を撃った‼︎


──broooooooooom‼︎

 激しい銃撃音と同時に、忍者は背中から刀を引き抜き、素早く振り回す。


──ガギガギギガギギギギギギギギ‼︎

 金属同士がぶつかる音。

 そして硝煙が流れた先には、刀を背中に収める忍者の姿があった。


「ふぅ。さすがはアメリカ海兵隊。全弾命中でござるよ‼︎」


 素早く刀を振るった【斜陽】だが、一発も銃弾を弾き飛ばすことはできない。

 全弾が体に直撃したのだが、そこはミサキ特製竜鱗糸による忍者服。

 一発も貫通することなく、その衝撃すら無力化していた。


「そ、そんな、化け物か‼︎」

「撃て、まだ撃ち続けろ‼︎」


 空になったマガジンを交換する海兵隊員だが、それよりも早く秋田が斜陽の額を撃ち抜いた。、


──ドキューン

 そのまま後ろに倒れる斜陽。

 そして、秋田が警戒しつつ近寄ろうとした時。


──ムクッ

 斜陽は額を抑えながら立ち上がった。


「流石に、頭に響いたでござるよ。頭は竜鱗糸で守られてないから打ちどころが悪いと響くでござ」

「「「うわぁぁぁぁ!!!」」」


 絶叫を上げながら、秋田たちは走って逃げ出す。

 いくら海兵隊や特戦群でも、額を撃ち抜けない化け物相手の戦闘など想定していない。

 どこの国の特殊部隊か?

 そんなことすら、考える余裕はなかった。


………

……


 別の場所では。

 月明かりの下、朔夜がモサドの一人と相対時していた。


「……蛟龍か?」

「否」

「忍者……特戦群か」

「否、問われて名乗るも烏滸がましいが、貴様に名乗る名など無い‼︎」


 腰を下げて、背中から忍者刀を引き抜く朔夜。

 これに対抗するかのように、モサドも両手に一本ずつナイフを構える。

 右手は順手、左手は逆手。

 黒くなられた刃には、象すら一撃で殺す毒が塗られている。

 ストロファンツスという植物の種子から抽出した毒成分を科学的に強化したものであり、少しでも傷付けば身動きも取れずにその場に崩れ落ち、心臓が停止する。


「……逃すという選択肢はないか」

「貴様は一人殺した。だから殺すでござる」


──ギン‼︎

 一瞬で間合いを貯詰める両者。

 その一撃目はお互いの刃で受け止めたが、モサドの二撃目は朔夜の腕を軽く掠める。


「取った‼︎」

「いや、貫通すらしていないでござるが?」

「馬鹿な‼︎」


 素早く離れるモサド。

 初手必殺が破られたなら、二撃目はない。

 速やかに逃げるか、地の利を生かして戦場を変えるか。

 そして今回は後者を選ぶと、振り向きざまに煙幕弾を投擲、煙に紛れて走り出したのだが。


──ヒュルルルルルル

 右手から竜鱗糸を飛ばしてモサドの首に絡める朔夜。


「な、何だ‼︎」


 すぐさま糸を切ろうとナイフで斬りつけるものの、糸は切れる様子もない。


「終わりでござる‼︎」


 素早く朔夜がジャンプして、空中の何もないところに糸を通すと、そのまま自重に合わせて地面に着地。

 モサドは糸一本で首吊り状態になる。


──キィィィィィン‼︎

 そのまま振り向いて糸を肩に担ぐと、左手の指で糸をなぞり……。


──ピン‼︎

 軽く糸を弾く。

 その瞬間に、糸を伝ってきた衝撃波によりモサドの兵士は全身を雷に打たれたような衝撃に包まれ、心臓が停止した。


──ブツン

 そして力強く糸を引いて首から外そうとしたのだが、勢い余って首が切断された。


「……思ったよりも、あのドラマの再現は難しいでござるなぁ……」


 それだけを呟いて、朔夜は再び闇夜に消える。


 そして翌朝。

 昨夜の戦闘の爪痕のように、第一観測所付近には大量の死体が並べられている。

 海兵隊、特戦群、蛟龍、そしてモサド。

 全滅ではないものの、イスラエルと中国は突入した部隊の4分の一の損失であり、アメリカと日本もまた迎撃のために尊い命が失われていた。


 だが、この死体の中には、秋田が見た忍者の姿はない。

 彼らは一体、どこの国の特殊部隊なのか。

 その答えが出ないままに、死体は回収されて検死に回されることになった。


 

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