第152話・同盟国と敵対国と

 フランス大統領、クロエ・アルローは考えた。


 フランスこそ、欧州を統べる存在でなくてはならないと。

 イギリスが欧州連合を脱退してから数年、現在の欧州連合は混迷を極めている。

 経済破綻手前の国家もあれば、国内紛争から逃れるために、隣国に亡命を始める人で溢れかえっている国もある。

 資源問題、人種問題、貧富の差など、どの国も抱えている問題は大きい。

 それだからこそ、欧州連合を纏めるだけのカリスマが必要なのである。

 それ故に、イギリスの脱退により基盤の一部が緩んでしまった現在、早急にリーダーたる国家、欧州連合の看板とも言える国家が必要。



「フランスこそが欧州の代表であるべき。そのためにも、今回の惑星スターゲイザーへの進出を決めなくてはならない。そうする事で、スターゲイザーにも欧州連合の地盤を作り上げ、どこよりも優先的に資源を手に入れる必要があるわ。科学省の責任者を呼んでちょうだい」


 アルロー大統領は、すぐにフランス科学省に連絡を入れると、国連宇宙部から送られてきたデータを確認する。

 モノリスの組成データ、現時点では全てが未知。

 大凡そ、地球には存在しない物質、どのレアメタルよりも希少であり、それでいてさまざまな金属の持つ特徴を兼ね備えている。

 これが自由ならできるなら、これが欧州連合で扱えるのなら。

 

 いや、フランスにモノリスがあれば、そこからスターゲイザーに向かうことも可能である、


「お待たせしました。アルロー大統領、なにがありましたか?」

「国連からのモノリスデータを拝見しました。その上で、あれを作り出すことは可能かしら?」

「……あれを、この地球でですか? それは不可能です」

「そうよねぇ。それじゃあ、賢人機関とコンタクトは取れる? あそこなら、モノリスの複製ぐらいは作れそうじゃ無いかしら?」


 アルロー大統領が考えたのは、アメリカが保有するモノリスを、自国で作れるかどうか。

 当然ながら素材は地球のものとなるのだが、この場合はそんなことはどうでもいい。


 スターゲイザーと行き来するための道が欲しい。


 ただ、この一点だけである。


「そうですなぁ。残念なことに、フランス科学省ではモノリスを複製することは不可能です。ですが、賢人機関ならば、可能かもしれません」

「早急にコンタクトを取って頂戴。そして彼らに援助するための予算案を提出します」

「……賢人機関はイギリス所属ですが、構わないのですか?」


 つまり、間接的ではあるものの、欧州連合を抜け出したイギリスに援助するようなものである。

 散々啖呵を切り、自分たちの都合だけで脱退したイギリス。

 まあ、イギリスにも言い分はあるし、それが全てではないこともアルロー大統領も理解している。

 だからこそ、この計画だけは『イギリスには悟られないように』行わなくてはならない。


 これが可能ならば、イギリスも同じ手を使うだろう。

 それどころか、賢人機関に圧力を掛けてモノリス関係のデータを接収する可能性もないとは言えない。


「ことは、イギリスに悟られないように。予算案も別名義で行います」

「……了解です。幸い、あちらの機関には私の知人も所属していますので」


 それだけを告げたら、科学省責任者は部屋から出ていく。


「ふぅ。まさか、こんなことが起こるなんてね」


 目頭を押さえて、天井を見上げる。

 予測不可能な事態が起こるたびに、アルロー大統領の睡眠時間とプライベートタイムは削られていく。

 だが、ここさえ乗り切れば、未来は明るいはず。

 そう自分に言い聞かすように呟いてから、アルロー大統領は電話を取った。

 今から急ぎ、根回しをしなくてはならないから。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──深夜、手稲山・山中

 麓には非常線が張り巡らされ、近くに陸自と海兵隊による特殊部隊の隊舎が作られている。


 名目上は、【安保理に基づく合同演習】。

 そのために手稲山は一ヶ月間は入山禁止となり、特殊部隊の車両が次々と登っていく。


 すでにモノリスの周辺には様々な装置が乱立しており、少しでもモノリスが動く予兆が確認されたなら、すぐに行動を起こすことができるようになっている。


………

……


──少し離れた場所、第一観測所

 モノリス周辺に設置された監視システム、それの確認と解析を行なっているセクション。

 周辺は海兵隊がガッチリと警備しており、まさに猫の子一匹入る隙間すらない。


 その第一観測所を、少し離れた場所の茂みから確認している人影がある。


『……ターゲット補足。A1からA6までは周辺の警備を排除、B1、B2、C1、C2は障害の排除後にドアアタック開始。D1、外部通信に対するジャミングは?』

『こちらD1、あと二分で観測所を外部から切り離せる。すぐに別観測所からの連絡があると思うから、ドアアタック隊は速やかにデータを回収すること』

『こちらドアアタック、了解』


 巧妙にカモフラージュされた戦闘服に身を包んだ某国の工作員。

 目標はモノリスの第一観測所、そこにあるモノリスに関するデータベースの奪取。

 すでに第二から第五観測所までのデータベースにはハッキングにより内部データを確認、足跡が残らないように巧妙にデータだけを抜き出したのだが、肝心なモノリスに関するものは存在しなかった。

 それ故に、もっとも厳重な第一観測所が本丸であると睨みを効かせ、作戦行動に出たのである。


………

……


「ピッ……温度センサーに反応。距離350m。数は16、装備その他の確認はできません」


 第一観測所から少し離れた場所に駐車してある『LAV-25改・特殊指揮車両』。

 武装を極力排除し、内部には各種センサー及び監視システムが搭載。

 アメリカ海兵隊から買い取り、賢人機関が改造を施した、賢人機関用の指揮車両である。

 日本の|82式指揮通信車(シキツウ)や海兵隊のLAV-25とは別の位置に停車しているものの、戦闘指揮能力についてはどちらの車両もうわまっている。


「ふぅん。まあ、相手の動きがわかるというのは、全く面白く無いゲームだな」


 賢人機関所属、軍事参謀のカール・グスタフ・エミール・マンネルヘイムは、モニターに映し出されているデータを眺めつつ、静かに頷いている。

 彼もまた、最近になって目覚め、最終調整を終えたクローン。

 フィンランド軍最高司令官であった頭脳は、脳内加速チップにより以前よりも思考速度が著しく早くなっている。


「ふぅむ……予測よりも、この軍人の動きはいい。私は彼らのことを知らないが、資料はあるか?」

「モサド……イスラエル諜報特務庁かと」

「対策は、彼らはどうするのかなぁ。全てのセンサーを稼働、この戦闘データを全て記録するように」

「サー・グスタフ、支援は行わないのですか?」

「なんで我々賢人機関が、アメリカや日本の支援を? 彼らの戦闘データも押さえたまえ、今後はそのデータが重要になるからな」


 指示を飛ばしてから、グスタフは椅子に深々と座り込む。

 彼が現役であった時代から、かなり戦争も進化した。 

 知識としては詰め込まれたものの、それではリアルさに欠けてしまう。

 今、彼に取って必要なのは、戦争の空気そのものであった。


「それでは、モサドの戦術を見せてもらおうか‼︎」


 口元に笑みを浮かべてから、グスタフは笑いを堪えてそう呟いた。

 

………

……


「こちら朔夜。眼下に特殊部隊が二つ。12名と8名、装備から別組織かと思われるでござるが」


 モサドの潜伏地点から20m後方。

 木の上から、朔夜が特殊部隊に対して睨みを効かせている。

 ミサキからの命令により、朔夜と二人の忍者が、手稲山のモノリス周辺の監視を行なっていたのである。

 朔夜が来た時点では、すでにモノリスはセンサー類によってがんじがらめ状態。

 モノリス経由ではなく上空にステルス航行してきたタケミカヅチからの近距離転移により、朔夜たちは地上に降り立ったのである。


『二つの部隊か。それってさ、共同戦線?』

『いえ、別働隊でしょうなぁ。拙者たちの眼前のものたちは、どうやら建物を襲撃するようですし。後続の部隊はモノリスの回収のようでござるよ?』

『はぁ。後続は無視していいわ。Dアンカーで固定したモノリスを持っていけるものならやってみろだ。朔夜たちに厳命、特殊部隊による戦闘が発生した場合、非戦闘員が襲われそうならば助けておけ』

『その場合、この姿を晒すことになりますが如何に‼︎』


 実に嬉しそうな朔夜。

 そしてミサキも、その言葉から朔夜の感情を読み取っていた。


『俺が作った特殊素材『竜鱗糸』による忍者服。表に出すことを許可するから、非戦闘員は巻き込むなよ。軍人が戦争で死んでも、それは自己責任だから放っておけ。俺は聖人君子でもなんでも無い』

『了解でござる。陽炎、斜陽、スタンバイでござる』

『兄者、我らいつでも‼︎』

『ミサキさまのためならば、えんやこらどっこいしょ‼︎』

『ラリホー』

『ラリホー』

『ラリホー‼︎』


 ノリノリのアマノムラクモ忍軍。

 かくして、複数国家による暗部の戦闘が始まろうとしていた。

 

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