第156話・幽霊の正体見たり枯れ尾花
「クスクスクスクス」
イギリス、ソールズベリー郊外。
賢人機関オフィスにある大広間では、大きなソファーに沈むように座っている三船千鶴子が、楽しそうに笑っている。
「へぇ、お姫様が笑ってらっしゃる」
「……今日は、随分と楽しそうだな。体の調子も良さそうだし、何かいいことでもあったのか?」
トレーニングルームから出てきて、一休みしようと大広間を訪れたアルバートとノイマンは、いつになくご機嫌な千鶴子に興味が湧いていた。
頭だけを活性化しても、健康な生活は送れない。
賢人機関では、クローニングにより蘇えった天才たちには【日課】と言う名目の身体トレーニングが課せられている。
もっとも、これは健康なクローン体であるアルバートやシャンポリオンなど、通称【賢人】にのみ課せられているものであって、日頃から高速細胞増殖装置メンテナンスドックで身体のメンテナンスを行なっている千鶴子は例外である。
「ええ。アルバート兄さま、ノイマン兄さま。スターゲイザーの星王さまは、たいそう幽霊が苦手なのをご存知ですか?」
「「はぁ?」」
突然の千鶴子の発言には、広間にいた別の賢人や警備員、そして身の回りの世話をしているメイドたちも驚いている。
「なんで星王の話が? いや、それよりも、そんな訳の分からない情報、どこから仕入れてきたんだ?」
「アルバート兄さま。私の能力は【透視】ですわ。ドックの中で深い眠りについているときだけ、私の体から魂、アストラル体が抜け出して遊びにいくことができるのですよ」
「魂だの、アストラル体だの、非科学的かつ非論理的だ。私は失礼するので」
クイッと眼鏡を指で上げながら、ノイマンは大広間から出ていく。
他のスタッフもまた、千鶴子の戯言かなとあまり気に止まることなく、自分たちの仕事を続けている。
だが、アルバートとシャンポリオンの二人は、千鶴子の近くに移動すると、ボイスレコーダーを用意して話を始めた。
「その話、詳しく聞かせてもらいたい」
「千鶴子は、どのタイミングでそのような情報を手に入れたんだ?」
「昨日の夜ですわ。ドックの中で眠っていた私は、いつのまにかスターゲイザーの街の中を散策していました」
そこから先は、淡々と話を続けていく。
スターゲイザーにあるオタルという街、その商店街をのんびりと散策していた。
千鶴子の説明してくれたオタルは古い古い街並みであり、歴史的資料としてシャンポリオンが提示した明治後期の風景に近いものがあるらしい。
だが、不思議なことにオタルにはレンタルビデオショップがあるらしく、千鶴子が小樽の風景や街並み、いろいろな小物などを簡単に絵を描いて見せている。
「……車はあるが、古いボンネットタイプ? それと人力車もあるのか」
「建物はかなり古いようだが、テレビがあるのはすごい……え、これは薄型なのか?」
「この四角い弁当箱は?」
「あ、それはレンタルビデオショップにありました。βとか話していたようですが?」
「……スターゲイザーの文明は、地球とかなり酷似しており、レンタルビデオショップや人力車が街の中を走っている……誰が信じるんだよ、こんな御伽噺‼︎」
──カチッ
千鶴子の話を纏めて推論してみると、スターゲイザーにあるオタルという街は、日本の明治後期の小樽のような古い街並みが広がっており、独特の文明を持っている。
人間以外にエルフや忍者が街の中を散策していたり、額からツノを生やした種族が、肉体労働に準じている。
人力車やボンネットバスが公共交通機関であり、港には大きな漁船もある。
テレビなどの家電も存在し、ベータのビデオデッキが主流である。
レンタルビデオショップも存在する。
「……うん、千鶴子の夢だな」
「そういうことだな。因みにだが、この夢の中には自由に出入りできるのか?」
「少しだけ負荷が掛かるけれど、私以外に二人ぐらいなら、通しで風景を見せてあげられるけれど?」
まさかの言葉に、アルバートとシャンポリオンもわくわく感が収まらない。
千鶴子の見た夢が現実かどうかなんて分からないが、少なくとも同じことを追体験できるというのはありがたい。
「それじゃあ、頼む」
「俺もよろしくお願いします」
「わかりましたわ。それでは、お手を借ります」
椅子に座ったまま、千鶴子は二人の手を取る。
そしてゆっくりと瞳を閉じてトランス状態に突入すると、三人はその場で静かに眠りについた。
………
……
…
──スターゲイザー・オタル駅前
「……俺は、夢を見ているのか?」
「ここはどこなんだ? 千鶴子、これが君の見た風景か?」
アルバートたちは、目の前に広がる光景に驚きを隠せない。
千鶴子の話していた物語、それが現実味を帯びて、目の前に広がっているのである。
「そうね。この風景が、私のみたスターゲイザーよ。こっちに商店街があるのよ」
──ノテノテテ
大広間はスリッパなので、アルバート達三人はスリッパ姿で歩いている。
それが不思議なのだろう、街のあちこちの人がアルバート達を見ている。
「坊やたち、どこから来たんだい? 靴を履かないと足が疲れるよ?」
「こっちに靴屋さんがあるから、おじさんが靴屋さんに話をしてあげるよ」
そのエルフの言葉に、千鶴子は笑みを浮かべているものの、残る二人は顔が引き攣っている。
「え、あ、あれ、俺たちの姿が見えているのか?」
「私も見られていたとは」
二人が問いかけると、エルフはにこやかに笑いながら頷いてみせる。
「まあ、この星はいつ、どこから、誰が流れてきてもおかしくはないからね。君たちもあれかな? 何処かの星から逃げてきた漂流者かな?」
「ミサキさまは寛容だから、すぐに受け入れてくれるよ。あそこの二人だって、元はミサキさまに敵対していた帝国軍だからね」
エルフが指さした先には、額からツノを生やした帝国軍人が立っている。
巨大なツルハシで道路の拡張工事をしていたらしく、汗を拭いつつ水筒から麦茶を流し込んでいた。
「は、はあ」
「そうなんです‼︎ 僕たちの乗っていた宇宙船が事故で……」
「なっ、シャンポリオン‼︎」
「そうだろう、アルバート」
何か策があるのだろうと、シャンポリオンが話し始めたことにすぐに乗る事にした。
「それは大変だなぁ。君たちの体は透き通っているよね? 確か、ダルメシアン星系にある惑星の住人には、体が透き通っている種族もいたよなぁ」
「まあ、それはどうでもいいさ。そっちのお嬢さんもおいで、理由を話したら靴ぐらいは無料になるからさ」
そう言われて、すでに三人は引くに引けない状態になっている。
そのままなし崩し的に靴屋まで案内されると、好きな靴を選んで良いと勧められてしまっていた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「はぁ? また幽霊?」
『ピッ……いえ、どうやら避難カプセルか何かで、このスターゲイザーに流れてきた異星人です。体が透過してあることから、クリアナ人の子供達かと、エルフの棟梁からの連絡です』
「……それは予想外だわ。まさかの避難民かよ。オクタ・ワン、それらしい兆候は確認できたか?」
『ピッ……私もトラス・ワンも、ついでにヴァン・ティアンも、新たな避難民の確認はできていません』
「……うちの魔導頭脳にわからないレベルの避難民か。まあ、丁重に扱ってくれるか?」
そのままモニターに映し出してもらう。
たしかに三人とも姿が透き通っている。
「あ‼︎ この子は数日前の、幽霊騒動の子供じゃないか。そうか、避難民だったのかよ」
「あの、マイロード。そろそろ真面目にお願いします」
俺とオクタ・ワンの掛け合いに、思わず本音でツッコミを入れるヒルデガルド。
いや、わかってはいるんだけどさ。
「オクタ・ワン、棟梁からの詳細は?」
「一人の名前はシャンポリオンです」
「そういうことだよなぁ。まさか地球のテクノロジーで、ここまでたどり着くことができたとはなぁ。何らかの方法によりワープゲートを開き、やって来たけど色素が再生できなかった。これでファイナルアンサー?」
「まだ情報が少なすぎます。それゆえ、ミサキさまが向かうことはおやめください」
「……まあ、それならそれで、マタ・ハリ、ケネディ、李書文の三人を回す。迎賓館に招待して、詳しい話を聞き出してくるように」
こうなると、この三人がどうやってここにきたのか興味に尽きない。
そのまま靴屋でまだ靴を選んでいるというから、急いで三人に向かうように指示。
『ピッ……棟梁から連絡。シャンポリオンら三名、棟梁の目の前で消滅』
「意味がわからんわ‼︎ 地球はあれか? 携帯型テレポートシステムでも完成させたのか? くっそ、本当に理解の範疇を超えているわ」
悔しそうに爪を噛むミサキだが、オクタ・ワンたちほ、ミサキがまた危険に飛び込むのではないかと恐れていたので、少しだけホッとしている。
………
…… …
──パチン‼︎
「ハッ‼︎ 戻ってきたのか‼︎」
「千鶴子、今の風景が、本当にスターゲイザーのってうわぁぁぁ、ドクター、急いで千鶴子を頼む」
三人同時のアストラル体による空間跳躍。
そんなことをして、千鶴子が無事なはずがない。
意識が混濁し、その場で崩れるように意識を失っている。
すぐさまメンテナンスドックの中に収められて薬液による治療が始められる。
そして、千鶴子が次に意識を取り戻すまで、数日も経過してしまった。
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