第150話・交渉と説得と、箱入り娘

 御船千鶴子。


 賢人機関の中でも、彼女の立場は特殊である。

 過去の偉人や天才たちのクローンにより構成される賢人機関において、【超能力者】である彼女の立ち位置は、とにかく歪である。


 『賢人機関・超能力部隊』というセクションに所属するものの、彼女以外には部隊メンバーはまだ存在していない。

 その彼女も、賢人機関の浄化システムによる大気調整を行った部屋でなくては、生命維持がむずかしくなる。

 透視・遠視能力を顕現させることと引き換えに、彼女は健康な肉体を失っていた。

 さらに、頭部に組み込まれている『|脳内思考加速装置(クロックアクセラレーター)のため、三日に一度は『生命維持装置』に体を沈め、細胞の活性化を行わなくてはならない。


 そこまで虚弱な彼女だからこそ、得た力は大きい。

 そして、彼女はまだ、賢人機関の誰にも話をしていないことがある。


 御船千鶴子は、スターゲイザーを見ることができる。 

 つまりミサキの動向も、アマノムラクモの動きも、全てを見通している。

 暇な時は、意識をスターゲイザーに飛ばし、脳内の擬似空間にて風景その他を再生し、仮想スターゲイザーを散歩している。

 脳内に届くダイレクトな情報が、彼女があたかもスターゲイザーにいるかの如く、まるで現実のように届いてくるのである。


 今日は、このあとは任務があるからおしまい。

 明日は、迎賓館に行ってみよう。


 まだ子供である千鶴子にとっては、スターゲイザーの存在は大型テーマパークのようであった。



「疲れたわ。今日はもう無理、カプセルに入るので三日は動けないからね」


 【対異星人特殊部隊】の任務のために、御船は夕方五時から、モニタールームで特殊部隊に指示を飛ばしていた。

 彼女が透視を使える最大時間は十五分。

 その後は五分ほどの休憩を必要とするのだが、今日は三十分間ずっと使い続けていた。


「あとは私に任せろ。今日は無理しすぎだろ?」

「ええ。これだけの集中は、流石にきついわ。それじゃああとは任せるので」


 病棟にある『生命維持装置』、そこのカプセルに衣服を脱いで浸かる。

 あとはドクターが調整をしてくれる。

 ゆっくりと身体を休めても、またすぐに、作戦に駆り出される。

 この繰り返しがいつか終わる日を夢見て、千鶴子は静かに瞳を閉じた。


………

……

 

──ホワイトハウス前、モノリス正面。

 

「はじめまして。地球代表団の一人、ミヒャエル・ヴェーバーです」

「同じくティモシー・クルーザー」

「大沢正一です。本日は地球代表団のメンバーの中から、私たち三人が皆さんと話をさせて貰います」


 使っている言葉は帝国言語。

 これでお互いの会話も成立するし、彼らの後ろには言語学者のシャンポリオンが立っている。

 報告にあった通り、外見年齢的には13歳ぐらいなんだよなぁ。


「地球代表団というのが、この星の代表なのか?」


 マタ・ハリの問いかけには、三人が同時に頷いている。


「私たち地球には、星全てを統一している王家というものは存在しません。いくつもの国があり、それらが集まった組織により、国家間の様々なルールが定められています」


 ティモシーが国連の存在を匂わせている。

 まあ、おおよそオクタ・ワンの予測通り、地球の代表団という事で話は纏まったらしい。


「そうですか。それでは、今後は皆さんとの話し合いということになりますね?」

「ええ。そのための場所もご用意します。それと、皆さんはこの地球の大気の中では、やはり呼吸その他が難しいのでしょうか?」


 マタ・ハリたちがずっと宇宙服を着て素顔を晒していないから、そういう話になったのだろう。

 まあ、まだ姿を晒す時期じゃないとずっと考えてもいたのだが、そろそろいいタイミングじゃないかな?


「私たちスターゲイザーの大気成分は、計測値によるとこの地球の大気とほぼ同じです。ただし、大気内に有害物質が含まれているので、私たちはこれを外すことは行いませんでした」

「私たちは、こちらの言葉も少し学んでいます。それによると、大気内に『炭化水素』や『窒素化合物』、『粒子状物質』といった人体に悪影響を及ぼす成分も含まれているようですので、まだこれを外すことはありません」


 これを外させたいのなら、空調がしっかりとした場所を用意しろといいたい。

 スターゲイザーにも多少は炭化水素や窒素化合物も存在するが、その濃度の問題。

 スターゲイザーで一般的に使用されている内燃機関は『マナエンジン』や『マナドライブ』といった、魔力を燃料とする駆動システム。

 星や自然、人間に優しいクリーンなエンジンなんだよ。


「そうですか。私たちとしても、皆さん異星からいらした方の姿がどのようなものか、一眼でも拝見したかったのですが」

「ええ。それも叶わないというのは、すごく残念です」


 心底がっかりしている様子の三人と、その後ろで隙あらばなにかを画策している感じのシャンポリオン。


『ミサキさま、どうしますか?』

『お、念話通信か。それじゃあマタ・ハリ、ケネディ、李書文の三人は、ヘルメットの遮光スクリーンの解除を認める。顔だけでも見せてやれ』

『『『かしこまりました』』』


 その念話が終わると、マタ・ハリが一歩だけ前に出る。

 そしてヘルメットの縁に指を当てると、ヘルメットの複合型スクリーンの一番外側、遮光スクリーンを解除した。


──シュンッ

 そのタイミングに合わせて、ケネディも李書文もスクリーンを解除。

 地球の人間と全く同じ顔を、初めて公開した。

 但し、三人とも額に透明な水晶体を嵌め込んでいる。


 これはオクタ・ワンからの提案で、外見が地球人と全く同じだと、かえって警戒される可能性があるからとのこと。

 よく似た外見だけど、一箇所だけアクセントのような特徴があった方が、かえって親和性が高まるんだとさ。

 エルフの耳とか、ドワーフの髭とか。

 そんな感じなんだろうなぁ。


 そして、三人の姿を見た地球代表団は、愕然としている。

 美女、美青年、偉丈夫な男。

 しかも、三人とも元になった外見は名前から推して知るべしなので、アメリカ代表としては愕然とするしかない。

 

「これが、私たちの素顔です」

「この星の人間に合わせたわけではなく、私たちのいた星系には、もっと多くの種族が存在していましたので」

「スターゲイザーの住人にも、いくつかの種族が存在します。まあ、私たちコモンが最も多いのですけどね」


 顔が見えることにより、より親密度が高まったのだろう。

 愕然としていた顔もやがて穏やかになる。

 そして、ホワイトハウスのベランダに控えていた報道用カメラが、初めて異星人の外見を全世界に中継したのである。

 額の宝石の意味はなんなのかとか、人間に近い外見なんだなぁとか、様々な意見が一瞬で飛び交っている。


「そちらの方は、私たちには素顔を見せてもらえないのですか?」


──カチン

 それはシャンポリオンとしては好奇心から出た言葉。

 なぜ、後ろの人物だけ素顔を見せないのか?

 その疑問は当たり前である。

 だが、その質問は、この場ではタブーであることなど地球人のシャンポリオンは知らない。


「……あの方のご尊顔を表に出すことなどできません」

「我がスターゲイザーの聖王である方です。正式に外交その他が樹立しない限りは、易々と表に出せるものではありません」

「彼の方にも、素顔を晒せだと?」


 マタ・ハリたちの中の、スイッチが入る。

 ミサキさま絶対のサーバントにとっては、ミサキがシールドを開かなかったのは理由があるからと判断。

 そのようなことを知らずに、この地球人はなんと愚かな質問をしたのだと、怒りが湧き出している。


『ストーップ‼︎ 彼らは俺の存在は初めてなんだから仕方ないだろうが、落ち着け、特に李書文。拳を握るな』

『『『かしこまりました』』』


 すぐざま冷静になると、改めて頬を引き攣らせている地球代表団の方を向く。


「今日のところの話はこれまでということで」

「また後日、改めてくることにします。我々が望むのは、この星に対して自由に出入りすることが許されること。必要ならば、専用の外洋宇宙港でも用意してもらえると助かります」

「先日も伝えたが、我々は戦争をするためにやってきたのではない。但し、あのお方に対しての非礼はすなわち宣戦布告とみる‼︎」


 最後の李書文の言葉には、代表たちも力強く頷く。


「では失礼する」

「聖王さま、こちらへ……」


 マタ・ハリに促されて、俺はモノリスの中に消えていく。

 そしてケネディ、李書文が戻ってくると、モノリスを停止した。


「……あのなぁ。いくら俺に対しての対応が悪かったとはいえ、あそこで切れるか、普通?」

「いえ、あそこはキレるべきです。そうする事で、今後は彼らの対応も変わる事でしょう。私たちが何を言われようとも、外交担当としてはこの件を丸く収めるために感情を封じることはできますが、ことミサキさまの件では引くことなどありません」


 あ、そういう作戦なのか。

 外交担当って、そういう腹芸も使えるから怖いわ。

 それじゃあ、俺の留守の間に何かあったか、アマノムラクモに戻って聞いてみることにしよう。

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