第136話・ハリウッド映画であったなら……。

──ゴゥゥゥゥゥゥ

 宇宙空間なので音はしない。


 怒りに身を任せたプラチナスは、持てる魔力を全て翼に集める。

 より早く、より遠くへ。

 神の僕となり、神の眷属であった時代もある。

 飽きて捨てられたときの絶望は、今でも心の中に鋭い剣のように突き刺さっている。


 辿り着いた先の星、そこは神の力の及ばない場所。

 ようやく自分たちの楽土にたどり着き、ホッとしたのも束の間。

 星の王が姿を表した。

 プラチナス自身は出会っていないが、神竜族が忠誠を誓うだけの存在であることは理解した。


 平穏と文明


 2つを得るためには代価が必要。

 だが、その平穏は、突然発生した不協和音によって掻き乱される。


 神竜の我々でさえ、耐え難い苦痛があった。

 ならば、人の身の王は、死に絶する苦痛だろう。

 その王の為にも、この雑音を排除しなくてはならない。

 そして、敵の資源を奪い取り、星のために貢献する。

 そのためにも、敵は全て滅ぼす‼︎


 己の使命のために、痛みを堪えて突き進む。

 さあ、もうすぐだ。

 間も無く敵の星だ……


………

……


──一方、NASAでは。

「ドクター、未確認飛行物体がさらに加速‼︎」

「よっしゃぁぁぁぁ、見たか、我々の問いかけに答えてくれたぞ、急いで国防総省に連絡するんだ。未知の生命体は、われらの呼びかけに応えたと‼︎」


 ドクター・マクレガーは歓喜に震えている。

 自分が、世界で初めて、人類以外の知的生命体とのコンタクトに成功したのだと。

 だが、そんな呑気な気分に浸っているほど、他のスタッフは能天気ではない。


「最新映像でます‼︎」

「よし、すぐに映し出せ‼︎」


──ブゥン

 モニターに映し出された映像。

 それは、宇宙空間に飛翔する銀色のドラゴンの姿。

 翼を広げ、そこから輝く粒子を放出して飛んでいる。

 静止画像でしかないのが実に残念だが、マクレガーはそれを見て歓喜に震え、スタッフは恐怖に打ちひしがれている。


「い、急いで国防総省に連絡します。すぐに迎撃命令を」

「馬鹿かね君は‼︎ 彼は、あのドラゴンは我々の問いかけに答えて来た。それを、君は一時の感情によって反故にすると言うのかな?」

「万が一ということもあります‼︎」

「そんなものはない‼︎ 見ろ、この姿を。宇宙空間でも立体機動が可能なフォルム、放射線をも受け付けない肉体。最高にセクシーだとは思わないかな‼︎」


 もうダメた。

 マクレガーには何を言っても無駄だと諦めたスタッフの一人が、部屋から出て副長官の元へと向かった。


………

……


 ジャービス長官がNASAにて待機していた副長官から連絡を受けたのは、アメリカ国防総省に到着した頃。


「ピッ……私だ。何かあったのかな?」

『はい。ドクター・マクレガーが例の飛翔物体とのコンタクトに成功。画像を送りますが、万が一のためのスクランブルの準備をと思いまして』


 すぐさま送られて来た写真を見て愕然とする。

 どう見ても敵性存在にしか見えない。

 この生命体に知性があるだと?

 そんなことは考えられない。


「急ぎ国防総省と協議する。マクレガーの動向に気をつけるんだ、最悪は拘束しても構わない」

『了解しました』


 すぐさま車から降りると、ジャービス長官は連絡を受けて待っていた国防長官らのまつ会議室へと向かった。

 報告では、未確認飛行物体はさらなる加速を行なっている。

 未曾有の大混乱が起きる前に、なんとしても状況の確認と対策を講じる必要があるから。

 


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「くっそぉぉぉぉ、ぜんぜん追いつく気がしないぞ」

『カリヴァーンの加速性能では、先に飛び出したプラチナスに追いつくことはできません』

「ぬぁぁぁぁ、他のドラゴンにも追い抜かれていくぅぅぅぅ」

『魔導スラスターでは、加速性能に限界があります』

「はようなんとかしないと、最悪は地球が滅ぶわ。オクタ・ワン、アマノムラクモは出せるのか?」

『ピッ……魔導ジェネレーターの整備中です。通常航行なら可能にできますが、二日ほどお時間を』

「あ、詰まった、手詰まり確定」


 思わずコクピットの中で両手を上げてしまったわ。


『こちらイスカンダルです。どうにか地球に到達する方法が、ないわけではありませんが』

「え? それなんて裏技?」

『アクシアの【超空間ゲート】を使います。これは次元潮流の中に更なるトンネルを作り出し、目標地点までショートカットする方法でして』

「ふむふむ。危険性は?」

『はっはっはっ。生体を送り出したことなどありませんので、当たって砕けてください』

「生体は初めてって、他にどんな使い方をしていたんだよ‼︎」

『目標座標にミサイルを落としましたが?』


 あ、なるほど理解したわ。

 突然、空にぽっかり開いた穴からミサイルが降り注ぐのか。

 そんな便利な機能があったとはなぁ。

 でも、ここからアマノムラクモに戻るのも時間のロスだよな。どないするかなぁ。


『ミサキさま、宝剣はお待ちですよね?』

「あるよ、|無限収納(クライン)にしまってあるから」


──ズルッ

 そこから宝剣を引き抜くと、目の前にイスカンダルが姿を表した。


「まあ、私の本体はアクシアですが、宝剣を通じてこのように行き来することが可能です。それでは、史上初の【超空間ゲート】による生体移動、始めます‼︎」

「はぁ。ちなみに失敗したらどうなるの?」

「ミサキさま。ザ・フライと言う映画はご存知で? では参ります」

「参りますじゃねーわ、なんでうちの子たちは、創造者に厳しいんだよ」

「はっはっはっ。千刃の谷に我が子を突き落とすかのように」

「待て、言葉のニュアンスが違うだろ、絶対にちがうだろ」


 そう叫んでいるうちに、カリヴァーンの目の前に黒い穴が開く。

 待って、これブラックホールじゃないよね?

 あれってまだ未解析なんだよ? 

 存在は確認されているけど、何者かわかってないんだよ?


「大丈夫。あの黒い超空間ゲートを超えた先には、ホワイトホール、白い明日が待っています‼︎」

「今ホワイトホールって言った? 絶対にこれはブラックホールじゃないかうわぁぁぁ」


──シュンッ

 カリヴァーンを吸い込んだ超空間ゲートは、一瞬で存在が消滅した。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 プラチナスが月の横をすり抜けるとき。

 その途中、月衛星軌道上を周回する国際月面調査ステーション『ゲートウェイ』を、プラチナスはちらりと見た。


「あの星の知的生命体の作ったおもちゃか……」


 ゲートウェイの建造用モジュールには、各国から集まったアストロノーツが滞在している。

 その彼らは、今、死の絶望感にさい悩まされていた。

 NASAからの報告では、未確認飛行物体はまだ到達しない。

 今日の午後、彼らは降下船で地球に一時避難する予定であった。

 だが、それよりも早く、プラチナスはやってきた。


「……こんなものを破壊しても、怒りが収まるはずもない。いや、此奴らには、帰る故郷が消滅する瞬間を目の当たりにしてもらおう‼︎」


 プラチナスの遊び心により、死を間逃れた。

 だが、この直後に、絶望が彼らを襲った。


──ドゴォォォォォッ

 建造中のゲートウェイのモジュールが次々と破壊される。

 それも、彼らの乗っている建造用モジュールに被害が出ないように。


 窓に映る破壊の映像。

 それは、建造用モジュールの通信回線から国際宇宙ステーションを経由し、NASAに送り届けられた。


………

……


「何故だ‼︎ どうしてドラゴンはゲートウェイを破壊するのだ‼︎」


 信じられない映像を見て、マクレガーが絶叫する。

 だが、スタッフの視線は冷ややかであった。


「ターゲットを敵対存在と認識します。以降のターゲットへの通信などは全て中止、緊急事態に切り替えます」

「待て、まだだ、私が話をつけようじゃないか。私が問いかけたので彼はやってきた、きっと情報の変換齟齬が起こったに違いない。回線を開きたまえ‼︎」

「副長官から、これ以上の回線使用は中止との連絡がありました。ドクター・マクレガーは、速やかに退室をお願いします」

「うるさい黙れ、この世紀の瞬間を導いたのは私だぞ、その貢献者を追い出そうと言うのか‼︎」


 そう叫んでいるマクレガーだが、すぐさま保安部の警備員たちに捕縛されて連れ去られてしまう。

 それを見ていたスタッフは、その場のデータ全てをバックアップしたのち、このオペレータールームのすべての電源を停止した。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「……さあ、楽しいパーティを始めようじゃないか」


 何処ぞの妖魔王のような台詞を吐きつつ、プラチナスが地球の衛星軌道上から地球を見据える。

 最初の目標は決まっている。

 あの不協和音を出していた施設。

 ままなくその施設の上空にたどり着く。


──ブワサッ‼︎

 巨大な翼を広げ、宇宙空間に漂う魔素を集める。


──キィィィィィン

 翼全面が虹色に輝くと、集められた魔素が体内の魔力回路を経由して喉に凝縮する。


「スターバースト……」


──キュンキュンキュン

 プラチナスの詠唱により、彼の目の前に五つの魔法陣が浮かび上がる。

 そしても集められた魔素を解放して魔法陣に向けて放出すると、解放された魔素は次々と魔法陣を経由して『破壊の魔力』に変換される。


「ゲイザァァァァァァァァ‼︎」


──キン

 上空から、一瞬だけ一条の光が降り注ぐ。

 それはカリフォルニア州にあるゴールドストーン深宇宙通信施設のアンテナを貫くと、着弾地点を中心に直径300mを蒸発させた。


「うむ。我、少しだけ満足……おや?」


 プラチナスには見えた。

 目標地点から離れた場所に、カリフォルニア州軍による車両が走っていたのが。

 ほんのわずかの差。

 国防総省からの連絡が遅ければ、施設にいた研究員や関係者たちは全滅していたであろう。

 全て無事とは言えないが、アメリカとしての処置は被害を最小限に食い止めることができたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る