第135話・いつも遣らかす人じゃない

 スターライトの勅命を受けて、プラチナスは地球に向かってひたすら加速する。


 魔力放出翼による飛行により、目標地点である地球に到達するのは凡そ10日前後。

 もしも惑星アマノムラクモと地球の間を人類が移動するとしたならば、果てしなく遠く、果てしなく時間が必要だろう。

 それ故に、プラチナスの移動時間は普通に考えてもおかしい。

 巡航速度として考えるなら、マッハ100どころの話ではない。

 それを苦もなく行うのが、この神竜族なのであろう。


 現在、NASAが研究をおこなっているレーザー推進システムならば、有人宇宙船でも30日もあれば到達できる。

 だが、これはあくまでも理論値であり、これを実際に行う為には、まだまだ研究時間が必要となる。

 そんな御伽噺の世界ではなく、今、実際に、未確認飛来物は地球目掛けて飛んできている。


 理論値の三倍の速さで。



「到達時間は十日後。それまでにどのような対処が可能だというのだ?」

「地球に衝突する前に破壊するしかありません。いや、それ以前に地球に到達するのですか?」

「それはこっちが聞きたいところだよ。予測軌道はどうなっている?」


 NASAの中央コントロールセンターでは、この未知の飛行物体の対応策について、緊急会議が行われている。


「未確認飛行物体は、地球の公転軌道に合わせて修正を行なっています。確実に地球に目掛けて進んできているかと思われますが」

「宇宙船とかではないのか?」

「映像を見た限りでは、明らかにその……伝説のドラゴンかと」

「そんなバカなことがあるか。相手は無重力下で活動できる生命体だというのか? 呼吸も行わずに?」


 地球一般の知識で言うなら、存在自体あり得ない。

 クマムシという例外的な存在はあるものの、今回のケースがそれに当てはまるのかは甚だ疑問である。


「はい、もう、そう結論を出すしかありません。今から迎撃準備を行うしか、方法はないのです」


 一瞬の沈黙。

 相手は未知の生命体の可能性があるのなら、早急に対処しなくてはならない。

 地球に飛来してくる目的も何もわからないのだから。


「仕方がない、国防総省に連絡して、迎撃可能かどうか、問い合わせてくれ」

「お待ちください‼︎」  

 

 NASAの行政長官であるジャービス・シュテンドルフが国防総省に連絡を入れようとしたとき、今回の件で呼び出されていた生物学者が挙手し、ジャービスを制した。


「どうしました、Dr.マクレガー」

「どうしたもこうしたもありません。相手が知的生命体である可能性、それを無視して迎撃すると言うのですか?」

「それ以外に何か方法があるのか?」

「問いかけましょう」


 はぁ?

 このドクターの頭の中は、菜の花畑が詰まっているのか?

 そんな顔をしながら、ジャービスは手を止めた。


「それで止められる保証は?」

「わかりません。ですが、可能性はあるかと」

「迎撃準備と並行して行う。それで構わないのなら、やってみたまえ」

「ありがとうございます。では、早速」


 Dr.マクレガーが席を立って部屋を出て行く。

 その直後にジャービスも国防総省に連絡を入れると、すぐに緊急会議のために出頭することとなる。


………

……


 NASA、第三オペレータールーム。

 普段はあまり使われていない、緊急時用のオペレータールーム。

 ここにマクレガーをはじめとした専門家たちが集められていた。


「……オーストラリアの天文台、そこに来た返信データがあったわよね? その波長を解析してくれるかしら?」

「はい、急ぎ対応します」


 惑星アマノムラクモに送り出されたいくつもの電波。

 その中で唯一、返信があったのか、この返信データ。

 まさか『バーベキューへの招待状』に反応して、すぐさま連絡が来るなどとはNASAの関係者たちも予想外であった。

 それと同時に、本当に知的生命体が存在するのかの本格的研究が開始されようとしていた直後に、今回の未確認生命体の飛翔である。

 なんらかの因果関係があるのは誰もが理解しているが、その知的生命体が今回の未確認飛行物体であるという証拠にはならない。

 

 だが、マクレガーは、ここに関係性が確立したと自信があった。


「解析コード完了。すぐに同軸波長において電波を飛ばすことができます」

「今から言うメッセージを変換して。【私たちは、あなたの敵ではない】。いい?」


──カチカチカチカチ

 次々と変換コードによってコンバートされる。

 そして一分も掛からないうちにコンバートは完了。


「こちら準備完了です」

「電波の放出角度の調整。できるなら、三箇所の天文台から一点目掛けて送り出して欲しいけど、それは無理よね」

「速度が速すぎます。ですが、一直線に来るのでしたら、カリフォルニア州のゴールドストーン深宇宙通信施設のアンテナから放出すると良いかと」

「そこの出力は最大で。あとは少しずつずらしながら、電波の放出角度にうまく重なるように調整して」


 すぐさまオペレーターたちが作業を始める。

 そして30分後には全ての準備が完了した。

 

 ゴールドストーン深宇宙通信施設のレーザー送信設備、ここから最大出力で送り出したとしても、最速で5分25秒はかかる。

 理論的には一分弱で到達するはずだが、早々うまくはずものではない。


「いけます」

「カウントダウン……10……9……」


 カウントダウンが始まると、その場の全員に緊張感が漂い始める。


「……3……2……1……コンタクト‼︎」

「コンタクト‼︎」


──ガチャッ

 三箇所の天文台から、一斉に電波が発信する。

 それはごく僅かな誤差はあったものの、地球に目掛けて真っ直ぐに飛来するプラチナスの顔面に直撃した。

 電波範囲が広いため、身体中にも電波がぶつかっていった。


………

……


「ふんふふ〜ん。ふーんふふーん、ジャシャーン‼︎」


 鼻歌交じりでご機嫌飛行のプラチナス。

 このままだと、あと七日間もすれば地球が見えてくる。

 そこから先は、どうするのか。

 ゆっくりと大気圏を降下し、攻撃してくる敵を殲滅、己の実力を見せつけるのもいいし、衛星軌道上からブレスを放射するのもいい。

 どうせ殲滅して仕舞えば、あとは資源など取り放題だからな。


──ビシッ‼︎

 突然、プラチナスの頭に不協和音が響いてくる。

 それも、アマノムラクモにいた時とは比べ物にならないレベルである。


「グァぁァァァ、なんだこの音は、まるで聖剣で鱗を一枚ずつ剥がされるかのような痛みじゃないか‼︎」

 

 減速して目の前にバリアを展開する。

 これでどうにか収まったものの、これからどうするか思案のしどころである。


………

……


「観測所から報告です。未確認飛行物体が停止しました‼︎」

「よかった、私たちが敵対意思を持っていないことを理解してくれたのね。それなら、降下場所を指定するので、誘導に従うように送ってくれるかしら?」

「了解です。コンバートに時間がかかるので、送信を一時停止します」


 すぐさまプラチナスに向かって発信していた通信波ご停止すると、10分後に別のメッセージを載せた通信が送り出された。


………

……


 バリアが震えている。

 やはり、謎の不協和音は、地球から送られているようだ。


 そう考えていると、バリアの振動が収まったので、やや腹立ちげなプラチナスは、バリアを解除して高速飛翔を開始。

 その10分後、またしても不協和音が頭に響く。

 今度は先程よりもキツい。

 虫歯に魔剣をぶっ刺して、神経を抉られたような痛みがプラチナスを襲った。


──グワァァォァ

 慌ててバリアを展開するが、すでに怒りはクライマックス‼︎


「やろう、根絶やしにしても飽き足りない。確実に殺す」


 バリアを全身に貼り付けるように展開し、飛翔を開始。

 魔力消費量が高くなるため、本来ならばこのような使い方をしないのだが、今回だけは話は別。

 

 この後も、NASAからはさまざまなメッセージが送り出されていたのだが、プラチナスにはそれを理解することはできない。

 やがて、青く輝く星が大きく見え始めた時、プラチナスは減速を開始した。

 

「さあ、蹂躙の始まりだ。生きたまま地獄を見せつけてやろう‼︎」


 高らかに笑うプラチナス。

 そして地球上では、未曾有の大混乱が起きていたことなど、ミサキはまだ知る由もない。

 

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