第131話・それはまるで、悪戯が見つかった子供のように
再び、ダルメシアン星系。
全ての準備が終わった。
アヤノコージからは、急いでダルメシアン星系に帰りたいから、急いでくれないかという申請もあった。
まあ、それならそれで、スターゲイザーの調整をなる早で終わらせることにして、そのまま一気に次元潜航を開始。
それから一週間後、広大な宇宙のど真ん中に、機動要塞スターゲイザーは姿を表した。
ここから先は、いよいよ地球のある神様の星系目掛けて、長期潜航移動が始まる。
すでにスターゲイザーはイスカンダルとの接続も完了、ダルメシアン星系に来るときに張り巡らされたディメンジョンシールドの再調整も始まる。
この惑星部分の表面には、アクシアによるディメンジョンシールドが形成されており、これはアマノムラクモのフォースシールドよりも耐久度は低いものの、次元潮流の影響を受けないという効果がある。
これにより、惑星アマノムラクモ表面ではいつものような日常が繰り広げられたまま、次元潜航が可能なのである。
『ピッ……指定の絶対空間座標軸に到達。Dアンカーを射出、スターゲイザーを固定します』
「了解だ。アヤノコージ、ここから先、一光年先にお前の故郷があるんだが、ここで良いのだよな?」
「ああ。ここは帝国の宙間航路から外れているから、全く問題はない。付近に高重力惑星もないから大丈夫だ」
さすがは、宝剣とアレキサンダーによるスパルタ教育の賜物だわ。
スラスラと今いる場所の説明まで出て来ている。
「そっか……そんじゃ、機動要塞グランドマーズ、召喚‼︎」
──ブゥン
最後の大仕事。
アマノムラクモの左舷2000mに、巨大なピラミッド型要塞が姿を表した。
その光景を、アヤノコージとその両親は、信じられないようなものを見たという目で眺めている。
「アヤノコージ、宝剣を貸してくれ。マスターコードを書き換えるから」
「ああ、よろしく頼む」
素直に宝剣を渡してくれたので、それを引き抜いて魔力を循環、刀身部分を再生する。
──シュゥゥゥゥ
さらに再生した刀身部分にグランドマーズの起動術式を刻み込むと、鞘に収めてアヤノコージに戻した。
これでグランドマーズの起動システムの上書きは完了、あとはあっちに移ってから、艦橋で再起動するだけ。
アレキサンダーがうまく誘導してくれるはずだから、頼んだぞ‼︎
「随分と早いんだな」
「そんなに面倒じゃないからな。そら、あとはうちの宇宙船で送ってやるから、ロスヴァイゼについていってくれ」
シッシッと手を振って追い返す仕草をする。
するとアヤノコージは、腰に手を当てて軽く一礼してから艦橋を後にする。
「ミサキ殿、うちの息子のことで大変迷惑をかけた」
「そんなにかけられた記憶もないんだけどさ。まあ、ここから先は、おじさんたちの仕事だよ、頑張ってね」
「了解した。それじゃあ」
アヤノコージの親父も艦橋を後にしようとして、俺の目の前に立つ奥さんを待つ。
──ガシッ
へ?
あの、奥さんや、なんで俺の手を掴むの?
「ねえ、うちの息子のお嫁さんに来ない? ああ見えてもシャイだし、なによりも王族よ‼︎」
「こ、と、わ、る‼︎ なんで俺があいつの奥さんにならんとならないんだよ。気持ちが悪いわ」
「まあまあ、最初はそうかもしれないけれど、付き合ってみたら……あららら」
おお、ナイスだとーちゃん。
奥方の襟首を掴んでグッと引き寄せると、力任せにお姫様抱っこして艦橋を後にしたぞ。
『ピッ……精製塩と粗塩、どちらをご用意しますか?』
「別に良いよ。あとはここから眺めているだけだからさ」
そう。
この星系にも随分とお世話になったよなぁ。
少しの間、思い出に耽っていたら、どうやらアヤノコージたちも無事にグランドマーズに到着したらしい。
──パパパパパッ
要塞のあちこちが点滅し、再起動を示している。
そしてゆっくりと回頭すると、真っ直ぐにアヤノコージたちの故郷へと向かっていく。
もう別れの言葉も何も、必要はない。
あいつはアマノムラクモの客人であって、それ以上でもそれ以下でもない。
ただ、アマノムラクモの長い歴史の中に記録された旅人の一人だからな。
「さぁ、それじゃあ行ってみようか」
いつまでも感傷に耽っている余裕はない。
ここからが、俺にとっては本番だからね。
『ピッ……次元潜航開始。絶対空間座標をサーチ、目標時間軸セット』
『……サラスヴァティ型魔導ジェネレーター起動。全魔導システム稼働開始』
『ビビッ……アマノムラクモのシステム、スターゲイザー、アクシアの統合完了』
「マイロード、システムオールグリーンです」
よし、そんじゃあ派手な凱旋と行きますか‼︎
「機動要塞スターゲイザー、太陽系に向けて出発‼︎」
──ヒュゥゥゥゥゥン
艦内に魔導ジェネレーターの稼働音が響く。
いや、これってあれだろ、雰囲気を出す為に艦内のスピーカーから小さく流しているんだろ?
──ザッバァァァァン
そして宇宙空間に、白い波が発生する。
次元潮流を流れる流体魔力が波のように逆巻いて吹き出し、そこにスターゲイザーがゆっくりと沈んでいく。
これで、ダルメシアン星系ともおさらばさ。
やがてスターゲイザーが次元潮流に乗ると、そこを逆走する形で上流目掛けて進み始めた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
うん。
来るときは下流目掛けて流れていただけだったから早かったよ。
でもさ、次元潮流を遡るのって、メチャクチャ出力が必要なんだなぁと実感したわ。
「……もう二ヶ月か。オクタ・ワン、まだ指定座標まで到着しないのか?」
『ピッ……Dセンサーでサーチを続けています。間も無くかと思いますが、なかなか小さな反応ですので、探すのが大変で……』
──ゴゥッ
あ、今、モニターに何か映っていたよな?
一瞬でスターゲイザーの真横を通り過ぎていったぞ?
あれはなんだ?
「今のは、やっぱりどっかの神様の船か何か?」
『……解析完了。アトランティス大陸かと』
「はーいはいはい、オクタ・ワン、通り過ぎたよな?」
『ピッ……いえ、もう少し、あと一日です。元々アトランティス大陸は、地球の存在する星系内の位相空間を無軌道的に彷徨っておりますので』
「それは、捉えるのが難しいのか?」
『ピッ……最大楕円軌道なら、この場所に再び到達するのは百二十八年後です』
「……意味がわからん。それって凄いのか?」
『ピッ……まあ、バミューダトライアングルから侵入した場合、次に出口が開くのが百二十八年後ということになります』
「山の手線の一周が百二十八年後って考えたら正解?」
『ピッ……はい。それでよろしいかと』
まあ、アトランティスについては、別軸で接続する予定だから良いや。
とりあえずは、一日後の浮上を待つことにしようか。
………
……
…
『ピッ……ピッ……』
地球。
カリフォルニア州マウンテンビューにある、地球外知的生命体研究施設では、世界各国の天文台から送られて来た奇妙なデータの解析が行われていた。
それは、重力波の乱れと歪み。
チリ・パラナル天文台にある超大型望遠鏡施設からの映像によると、それは一つの惑星の誕生と等しい事象が起きていると報告されている。
「バカな、こんな近くでそのような事が発生するはずがないだろう!」
「ですが事実です。距離は0.62天文単位、八千九百八十万キロメートル。たしかに空間の歪みが発生し、赤く輝いています」
「いきなりそんなところに何か不明な存在が発生した。地球に対する影響は何が予測される?」
「わかりません。重力震の発生は間違いないかと思われますが、それによる被害はないかと」
近年になって設置された『アルテマ型レーザー干渉計』。
これにより重力震を始めとした、さまざまな計測が可能になった。
だが、このレーザー干渉計の弾き出した予測データでも、地球に対する被害は存在しない。
せいぜいが発生源を中心に、周辺に浮遊している小惑星帯がどこかに弾き飛ばされる程度。
それが地球にやってくる確率も微々たるものではあるが、直撃はないだろうと計測されていた。
──ビビビビビッ
すると突然、研究施設の計測器の全てが異常を示した。
「な、なんだ、何事が起こった!」
「わかりません……データ、送られて来ました」
世界各地の天文台から送り出された映像。
それらを解析した結果、弾き出された答えは一つだけ。
地球と火星の中間地点に、惑星規模の何かが発生した。
すぐさま観測を開始した結果、そこには地球のような『蒼く輝く惑星』が出現したのである。
「……理屈じゃない。理論もない。我々の学んできた宇宙の根幹理論を全て集めたとしても、この現象の説明がつかない……」
「はい。ですが、これは事実です。地球から0.6天文単位の場所に、新しい地球型惑星が姿を表しました」
この日。
世界は震撼した。
突然姿を表した、火星に変わる『太陽系第四惑星』の存在に。
火星以降の順位は一つずつ繰り上げられ、その新惑星が第四惑星として公式に発表されることとなった。
………
……
…
──ブゥゥゥゥウン
『ピッ……次元潜航解除、Dアンカー射出。軌道修正開始、太陽系を周回する軌道の計算を開始』
うん。
目の前のモニターには、青く輝く星があるよ。
『ピッ……綺麗な星です。まるで、宇宙に煌めくエメラルド』
『……エメラルド〜』
「そのオクタ・ワンのセリフは、地味に死亡フラグなの理解している? それって最後はあれだよ?」
『ピッ……意味不明。これからスターゲイザー及びアクシアとリンクしたまま、各部の最終確認及び調整を開始します』
「よろしく。しっかし、ここって地球からどれぐらいの距離?」
「マイロード、ちょうど0.6天文単位です。地球7060個分の距離です」
ん?
わかりづらい。
「具体的には、地球と月の距離の二百六十倍で」
「遠いよなぁ。この位置がベストだったのか?」
『ピッ……他惑星の影響を考慮しつつ、太陽との距離もいい感じに』
「すっげえあやふやだよな。気温とかの問題は? あと光量とか時間とか」
『ピッ……全てお任せください』
「そ、そうか」
まあ、オクタ・ワンがそういうのなら任せておくことにしよう。
さて、地球だよ。
実に何年ぶりかな。
地球よ、私は帰ってきた。
今度はうまく立ち回ることにするよ。
これから、惑星アマノムラクモの物語が始まるんだからな。
『ピッ……気のせいか、フラグがあちこちに立ってます』
『……ミサキさまが自重してくれるのなら、さほどの問題ではありません』
「マイロード……何も起こらないはずがありません」
分かっているよ‼︎
こんな場所に突然惑星が生まれるんだから、何もないわけないわ。
しかも、生まれたばかりの青い星なんて、実在するはずないわ。
「はぁ……そんなに突っ込まなくてもわかっているよ。最終調整が終わるまで、あとは任せるわ」
現実逃避は必要だよね。
今日から温泉宿に泊まることにしよう。
これから、何が起こることやら……。
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