第100話・水の鍵、加護の鍵

 ハストゥールから、風の鍵を手に入れました。


 次は眼下、海底深く眠る遺跡の中に封じられている『水の鍵』。

 それはまあ、これから向かうのだから問題はないんだが、もう少し情報が欲しいところではある。

 なんといっても、相手は旧神。

 いくら眠りについているとはいえ、触らぬ神に祟りなしとは、これいかに。


 

「オクタ・ワン、司令官から追加情報は手に入ったか?」


 ひょっとしたら、あの司令官が何かを知っている可能性もある。

 アマノムラクモのオクタ・ワンたちに指示をして、秘密を聞きだしたいところではある。


『ピッ……追加の情報については、現在、ヒルデガルドが拷問しているところです』

「うわ、こんどはどんな拷問?」

『普通に椅子に座らせて、手足首を拘束。売れない三流芸人達の芸をビデオで見せたのち、ひとつ一つの芸を解説していますが』

「暇なのか? お前らは本当に暇なのか?」


 それ、通用するの地球人でもそんなにいないぞ?

 それを苦痛レベルに持っていくのって、どれだけの芸人のビデオを用意したんだよ。


『ピッ……実は、現時点でこの拷問は失敗です』

「そうだろうなぁ。ネタ解説されて苦しむのは、芸人本人だろうからなぁ」

『ピッ……いえ、予想外にうけていまして』

「そっちか‼︎」

『ピッ……ヒルデガルドが精神的劣勢で、かなりやけになっています』

「まあ、そっちはいいわ。その司令官に伝えてくれ、『ひとつ目の鍵は手に入った』って。それで動揺するか確認してほしい」

『ピッ……仰せのままに』


 さて。

 これで司令官がどんな反応をするのか楽しみである。

 全く動揺も何も無かったら、鍵についての情報は皆無と言っていいだろう。

 人間のバイオリズムを限界まで測定するオクタ・ワンを騙すほどの意思力は、持ち合わせていないだろうからなぁ。



「ミサキさま、こちらの尋問の準備もできています」

「尋問っていうか、まあ、やる事はひとつなんだけどさ。本当に大丈夫?」

「ご安心ください。これも映画で見たやつですから」


 ニマッと笑いながら、ヘルムヴィーケが話を終える。

 そしてやってきたのは、降下船後部デッキ。

 そこには海上に向かって伸びている橋と、その手前に集められた帝国兵士たちの姿がある。


「それじゃあ、海底神殿についての情報を持っている奴、手を挙げてくれるか?」


 そうミサキが問いかけたところで、誰も返答するものはない。


「まあ、そうだよなぁ。ヘルムヴィーケ、上昇開始だ」

「イエス、マイロード」


 ゆっくりと降下船が上昇を開始。

 やがて高度は1000mほどに達したが、鍛えられている帝国兵は震えることもなく、これから何が起こるのか興味津々でミサキを見ている。


「さて、さっきの続きな。海底神殿について知っている奴は手をあげてくれ」

「……」


 相変わらず、兵士たちは何も反応しない。

 彼らは、拘束の枷により体の自由は失われている。足枷こそつけられて甲板上に固定されてはいるものの、両手は自由のままであり、手を挙げる程度は可能である。

 それでも、兵士たちはミサキを睨みつけているだけであり、屈服したものはいない。


「ふぅ。仕方ないか。ヘルムヴィーケ、とりあえず一人だ」

「了解です……そうね、あなたから行きますか」


 カツカツと適当な兵士の近くに近寄ると、ヘルムヴィーケは力任せに甲板に固定されている鎖を引きちぎると、そのままズルズルと兵士を引きずって、橋まで連れて行く。


「ま、待て、俺をどうするつもりだ‼︎」

「何も情報を持っていないのでしょう? それじゃあ、間引きしないと、食料も少ないのですからね」


──ブゥン

 鎖を掴んだ手を振り回すと、兵士を甲板から投げ飛ばした。

 絶叫が聞こえ、やがてその声も遠くへと小さくなり、最後は聞こえなくなる。


──ゴクッ

 その光景を見て、兵士たちは息を呑む。

 語らなければ、死ぬ。

 それも、こんな辺境の惑星で、兵士として戦って死ぬのではなく、無惨な死である。


「まあ、こんな感じだが……質問するよ。海底神殿について、知っている奴は手をあげて」


 何人かの兵士が周りを見渡すが、誰も手をあげようとはしない。


「……ヘルムヴィーケ、二人な」

「イエス、マイロード」


 軽く頭を下げてから、今度は二人の兵士が甲板から投げ捨てられる。

 もはや尋問というものではない。

 答えなかったら、死ぬ。

 ただそれだけであり、徐々に恐怖に支配されていく。

 緊張で言葉を発することもできず、さっきまで死んだ三人の名前すら、思い出す事はできなかった。

 今、彼らの頭の中にあるのは、『話さなければ死ぬ』という事実のみ。

 この甲板の上に繋がれている兵士の数が、『当初よりも多かった』ことなど、もう確認すらできない。


「次は倍の四人な。海底神殿の秘密、情報を知っている奴は手を挙げて」

「騙されるな、囚われた我々よりも、ここにいる人数の方が多い、さっきまで殺されたのは、ブラフだ‼︎」


 ようやく隊長格の男が、それに気づいて叫ぶ。

 これで兵士達の士気も回復したのだが。  


「ヘルムヴィーケ、その隊長を放り出せ」

「御意‼︎」

「な、なんだと‼︎ この私を放り出すというのか‼︎」

「もうね、面倒だから。今のうちに乗組員達も、周りの人間を確認した方がいいよ。ここに残っているのは、本当に帝国の兵士だけだからね」


 隊長の叫びで安堵したのも束の間。 

 周りを見渡し、この場に残っているのが『本当の乗組員だけ』になっていることに、ようやく気がついた。

 そしてこの隊長も、自分が死にたくないという恐怖と、俺さえ助かれば、あとはどうとでも言い訳ができると打算したのである。


「それじゃあ、さようなら」

「ま、待て‼︎ 海底神殿についての情報を知っているのは俺だけだ。だから、俺を殺せば、何もわからなくなるぞ」

「ふぅん。それなら、あんただけ残して、残りは殺すか。サーバント、残りの兵士を放り出してくれ」


──ザッ

 ミサキの言葉で、周りで待機していたサーバント達も動き出す。

 隊長は下を向いてしまったものの、ニヤリと口元に薄らと笑みを浮かべている。


「ま、待ってくれ、隊長は嘘をついている。船内の観測装置と記憶装置には、任務で得た情報が全て網羅されている」

「隊長は出まかせを言っただけだ‼︎ 俺は情報を知っている‼︎」

「俺もだ、仲間を切り捨てるような奴に従っていられるか‼︎」

「貴様らこそ、でまかせを言うな‼︎」


 ここにきて、混乱の極み。

 自分だけは助かりたいと言う一心で、誰もが手を挙げ、一人だけ助かろうとした隊長を睨みつける。


「まあ、それならばチャンスをやるか。今から一人ずつ、別室で知っている情報を話してもらう。話した奴は、一旦は防音設備の整った独房に入ってもらうが、全員から聞き取り終わって擦り合わせをした結果、嘘や出まかせと判断した場合は、即座に放り出すからな」


 そう全員に説明して、指を鳴らす。

 一人ずつ艦内へ連れられていき、大体30分前後で次のやつが連れられていく。

 そうして全員が独房に放り込まれてから、ヘルムヴィーケは全員の情報を照らし合わせ始めた。


………

……


──ゴゥゥゥゥゥゥ

 降下船がゆっくりと海上に着地すると、同じく上空から帝国兵士の姿をしたサーバントを乗せたマーギア・リッターが着艦する。


「アルセーヌ、モリアーティ、ジェームス、ご苦労さん。どこも怪我していないよな?」


 帝国兵に扮装した三人が、マーギア・リッターから降りてくる。

 ヘルムヴィーケに投げ飛ばされる役として変装していた三人は、ステルスモードのマーギア・リッターによって無事に回収完了。


「はい。あの程度の高度、一時的に動作不良になることはあっても、壊れることはありません」

「そもそも、マーギア・リッターが待機していましたから」

「この程度のミッション、いつでもお声がけしていただいて構いませんので」

「まあ、発案はヘルムヴィーケで、演出はオクタ・ワンだがな。とりあえずそこに一列に並んで……|解析(アナライズ)と」


──キィィィィィン

 内部チェックも全て行い、無事を確認したので三人には休んでもらおう。

 さて、そろそろヘルムヴィーケが情報の擦り合わせを終えているからだけど。

 一旦、艦橋に戻って報告を待つことにしよう。


「ミサキさま、チェック完了ですわ。こちらが情報の一覧です」

「なかなか早いな」

「まあ、たかが知れていますので。それでですが、海底神殿に関する詳細情報を持っていた方は二人のみ、ある程度の情報持ちは4名、残りは戦闘班及びエンジニアなどの航行オペレーターですね」

「まあ、その程度の予想はついていたけど、意外と情報はあるんだなぁ」


 細かく確認していくのだが、明らかになった情報として最も有益なものは、この三つだけ。


・海底神殿にも、守護竜が存在する

・海底神殿の扉を開くためには、鍵が必要である

・眠れる守護竜は、機動要塞の兵器の一つである


 うん。

 三つ目は違うよな?

 クトゥルフを兵器として運用するのは、間違いだよなぁ。

 一つ目はおそらくクトゥルフのことだと理解できるが、二つ目の鍵ってなんだろう?


「鍵……鍵……これじゃないよな?」


 ハストゥールから貰った風の鍵。

 それを眺めながら、頭を捻って考えてみる。

 

「まあ、そもそも情報がないから、捻っても無駄だよな。コピー宝剣を取り出してと」


 そこに記されている情報を確認。

 マーロゥの宝剣も鍵であることは理解している。

 そのための波長パターンも登録されているのだが、あの擬似精神が存在しないから、あまり情報はないのは知っている。

 それでも、何か一縷の望みをかけて調べてみたんだが。


・機動要塞アクシアを解放するためには、五つの鍵が必要

・機動要塞アクシアの鍵は、マーロゥの宝剣ひとつである

・機動要塞アクシアは、今は稼働している


 あ? あ? あれ?

 最後の情報は、以前はなかったぞ?

 え、稼働している?

 鍵がここにあるのに?

 そもそも、五つの鍵が必要なのに、マーロゥの宝剣ひとつだってどう言うこと?


「うっわ、全く理解できない。解放には五つ必要で、でもアクシアの鍵はひとつ。別なのか?」

「この辺りの情報は、帝国兵からは得られませんでした。つまり、ミサキさまの情報が、最新であると思われます」

「それでもなぁ.…一度、海底神殿の前まで行ってみるか。扉とか彫刻に、何かヒントがあるかもしれないからな」

「それでしたら、マーギア・リッターで向かうことにしましょう。すでにミサキさまのカリヴァーンには、水中機動用ハイドロブースターを搭載してあります」


 ちなみに全機、改装は完了しているらしい。

 そうなると、あとは直接向かうだけだが。


「先に、帝国兵士たちを」

「了解です、処します」

「処さないで、頼むから。奴らの乗っていた船に詰め込んで、そのまま適当な陸地に置いてきてくれるか?」

「通信システムの破壊、エンジンブロックの回収は完了。万が一のために食料と水は詰め込んであります」

「はっや‼︎ せめて緊急事態用の発信機ぐらいは」

「その部分は破壊してありません。まあ、一週間分ぐらいは詰めてありますが、そのあとは知りません」


 まあ、妥協点か。

 あまり詰め込みすぎても、痛めるだけだし。

 そのまま帝国兵たちを彼らの船に詰め込み、マーギア・リッター4機で近くの陸地まで運んでもらった。

 さて、今頃は内部で種明かしをしているからだろうから、早いところ海底神殿の謎を解きに向かうとしましょう。

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