第95話・苦渋の決断と、出撃と

 アヤノコージが執行猶予を受けて一ヶ月目の朝。


 俺は雨の中、オタルにある喫茶店で、のんびりとモーニングセットに舌鼓を打っているところである。


「焼きたてトーストとサラダ、スクランブルエッグにカリカリベーコン。オレンジジュース、見事だ‼︎」

「恐れ入ります。全て里で収穫したものです。ミサキさまのお口にあったようで、なによりです」


 ここ、純喫茶『ロードス』は、エルフの里の住民によって経営している喫茶店である。

 まあ、利用客は俺とエルフたち、あとはたまにオタルまでやってくるアレキサンダーだけであり、アヤノコージは初日に料金を踏み倒そうとしたので出入り禁止。

 今は謝罪して、サンドイッチのテイクアウトを利用しているのだが、エルフたちの視線が厳しいらしく、あまり近寄ろうとはしない。


「惑星アマノムラクモが、実は星ではなく機動要塞だとは、今でも信じられませんが」

「まあね。正式名称はスターゲイザーっていうんだけれど、通称アマノムラクモで統一したから、今まで通りで構わないよ」

「それは助かります。あと、時折ですが帝国兵もここを利用したいという申し出がありますが、どうすれば良いのでしょうか?」


 低賃金だけど、労働の対価は支払ってはいるからなぁ。日給はまぁ、内緒。

 どこかの地下労働施設よりは儲かるよ。


「そこの判断は、エルフたちに任せるよ。ここの商店街は帝国兵でも利用できることにはしてあるから、金銭流通は行っても構わないよ」

「万が一、暴力を振るわれたりしたら」

「すぐに警備員詰所に連絡。まあ、巡回もしているし、そうそう悪さをする奴はいないだろうから」


 帝国兵でもエルフでも、犯罪を犯したら刑務所行き。

 どこにあるかって?

 海底に専用施設は作ってあるのだよ。

 特製コンテナに封印されて、マーギア・リッターで運び込む。

 到着したら独房に入れられて、反省してもらうだけ。

 特にそれ以上は決めていないけど、担当の警備サーバントたちが、細かいルールを考察しているところだからさ。


「そうですか。では、こちらも相談してみます」

「よろしく。さて、それじゃあ本番と行きますか」


 窓の外では、建物の壁にもたれかかってこっちを見ているアヤノコージの姿がある。

 どういう決断したか知らないけど、まずは判決を教えないと。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「判決、お前の処分は保留な」

「追い出さないのか?」

「お前なりに考えていることは理解した。金銭流通を教えてからは、傍若無人なことは減ったらしいからな。集りをしなくなったのは、評価する」

「まあ、金が使えるのなら、俺としても恨みを買ってまで搾取するつもりはない。それで、保留とは?」

「保留だよ。この惑星アマノムラクモの住民として、のんびりと生活していればいいさ。仕事が欲しいなら、街の中央にあるムラクモ役場に行って申請したら仕事を斡旋してくれるし、家が欲しかったら建築ギルドにいって申請すればいい」


 淡々と説明する。

 大抵のことは役場でどうとでもなるし、建築ギルドや商業ギルドに話を通して、商売を始めても構わない。

 とにかく、ここから先は、全て自己責任だよ。


「お前は、これからどうするんだ?」

「俺か? 俺は帝国のあるダルメシア星系に向かう予定だな。機動要塞アクシアを回収して、帝国にお仕置きする予定だからさ」

「なあ、その件だが、俺が手伝ってやっても構わない」

「うん、断る」


 構わないっていうんなら、無理にとはいう気もない。

 むしろ、俺以外の人間は邪魔だ。

 統制にミスが生じることも考えられるからさ。


「俺を連れて行けば、いろいろと便利だが」

「そもそも、いないことを前提に作戦を立てているから、必要ないな」

「自由通商連合には、うちに出入りしていた商人もいるぞ?」

「その程度のツテぐらいなら、自分で探してみるわ」

「おい‼︎」

「なんだよ‼︎」


 俺を睨むアヤノコージ。

 あくまでも、俺からお願いさせたいらしいが、そんなのは知らん。

 

「俺は、使えるぞ?」

「何にだよ? そもそも、戦闘もできない、生産系もないお前が、なんの役にたつんだ?」

「俺はまだ、本気を出していない。この剣さえ直れば、敵はいない‼︎」

「今は敵しかいないよな」

「貴様、俺をバカにするのか?」

「当然だ。人に頼み事があるのにも関わらず、くだらないメンツにこだわって頭を下げない奴は、俺は必要としない。じゃあな」


 キッパリと言い捨てる。

 結局、最後まで我儘王子だったのかよ。

 少しでも期待して、損したわ。

 

「……ます」

「ん?」


 踵を返してアマノムラクモへ戻ろうとした時、アヤノコージの細い声が聞こえる。


「お。俺を連れて行ってくれ……ください……頼、お、お願いします」


 拳を力一杯握りしめて、絞り出すように呟くアヤノコージ。

 なんだ、ようやくかよ。


「雑用しかさせる気はないが、それでいいなら構わない。あと、アレキサンダーも同行させるように」

「なんでアレキサンダーを?」

「うちのサーバントは、お前の面倒を見る気はない。せめて、お前の身の回りの世話ぐらいは、お前の執事にやらせろ。それが条件だ」

「……アレキサンダーは、巻き込みたくない」

「それはそれで構わないが、どうしますか、アレキサンダーさん」


 近くの物陰で、俺たちのやりとりをずっと聞いているのは知っているんですよ。

 近くにいたサーバントから、無線で連絡が届いていますからね。


「アヤノコージさまの御心遣い、感謝しています。ですが、私は最後まで、貴方の執事でありたいと思います」

「….勝手にしろ。ミサキ、アヤノコージ・マーロゥとアレキサンダー、二人分の乗船許可をくれ」


 そういうことなら、仕方がない。

 これで、ようやくお前も、この星の住人だよ。


「ようこそアマノムラクモへ……詳しい話は、船に乗ってからだな」


──ゴゥゥゥゥゥゥ

 ゆっくりと上空から、移動用に接収した乗員輸送用の反重力シャトルが降りてくる。

 これで、出発の準備はオッケー。

 すでにエルフたちには、しばらく出かけることも話してある。

 

 いよいよ作戦開始だな。

 アヴェンジャー艦内のサーバントたちも撤収したので、俺はアヴェンジャーを|無限収納(クライン)に収納する。

 ぶっちゃけ、どこまで巨大なものが入るのか、試したくなってきたけど我慢だ。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アマノムラクモ生活区。

 アヤノコージとアレキサンダーの二人は、ここにある一軒家に案内された。


「ここが、ミサキさまから申しつけられた、お二人の家になります」


 二階建て一軒家、庭付き。

 移動用の車も用意してある。

 すぐ近所にもサーバントたちが住んでいるので、何かあっても問題はない。


「あ、ありがとう。それで、俺たちはここで何をすればいいんだ?」

「さぁ? 何かあった場合はミサキさまから連絡が届きます。それまでは、好きにしていいかと思いますよ」

「それでは、私は近所に挨拶に向かいます。アヤノコージさまも、散策などをなされてみては?」

「そうだな。では、そうさせてもらうとしよう」


 気を紛らわすために散歩に向かうアヤノコージ。

 全ての行動は、艦内の監視カメラが捉え、オクタ・ワン指揮下にある解析班が状況を精査、必要に応じてオクタ・ワンへと連絡されるようにしてある。

 そして艦橋では、ミサキがオクタ・ワンからの報告を耳を傾けていた。


『ピッ……現状は、アヤノコージに出番はありませんね。まもなく次元潜航を開始し、目的地に向かいますが、それまでに何かを探してもらわないと、本当についてきただけになります』

「それでもさ、何もできないんじゃ何もさせられないよ。戦闘班なんて任せられないし、作戦指揮もダメ。これまで生きていた時間が、本当に勿体無いよ」

『ピッ……王家の剣に命じて、彼を指導させるのは如何でしょうか?』


 それは、普段からやっているらしい。

 時折、オタルに来ていたアレキサンダーから話をきいていたから。

 それでも、まだまだ素人の域を脱するレベルではないし、そもそも不向きなのは理解している。    


「今以上にするのは、時間が必要だよなぁ……まあ、色々と考えてみるさ……アマノムラクモ各員に通達、これより次元潜航を開始する。各員持ち場についてくれ‼︎」


 俺の叫びが、艦内全域に響く。

 そして、間も無くカウントダウンが始まると、機動戦艦アマノムラクモは次元潜航を開始。

 目標宙域へと移動を開始した。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る