第75話・伝説を求めて・神の怒りと決断と

 アトランティス王宮で。


「アマノムラクモは、地球の存在する次元から出ていかぬのか?」


 俺は、アトランティスの女王であるアルド・エルナ・ラ・ムーとの謁見の場で、キッパリとそう告げられた。

 いや、その言葉の真意がよくわからないんだが、かいつまんででもいいから、説明してくれないか?


「失礼ながら。その言葉の真意がよくわからない。もう少し具体的な説明を求めるのだが」

「ほう、いや、これはすまぬ。いきなりのことなので、よくわからないのであろう。順番に説明をするので、まずは話を聞いてくれるか?」


 そう前置きをしてから、ラ・ムーはゆっくりと話を始める。


「ことの起こりは、我々アトランティスの民による文明の侵食から始まった……。今から遥かな昔、我らの先祖はこの地球にやって来て、この他を第二の故郷とすべく、調査を開始した」


 それが紀元前9000年ごろ。

 まだローマが形として存在せず、中石器時代だった頃。アトランティスは移民船により地球を訪れ、外界との接触を絶ったまま、星の調査を行っていた。

 その中で、幾つもの文明を垣間見ることができ、接触を試みたこともある。

 そして、彼らの文明が自分たちよりもはるかに劣っていたと判断すると、アトランティス人は積極的に人類と接触を始めた。


 彼らに文明を伝え、人としての進化を促す。


 その中で、自分たちの血を断ち切ることがないようにと、当時の地球人と交わり、子孫を反映させるべく積極的に触れていった。


 だが、やがて、アトランティスの民は、慢心した。

 地球人を、自分たちよりも下位の存在としてランクつけると、傲慢な支配者のように振る舞いはじめた。

 そのまま時は過ぎ、アトランティス人は堕落を始める。

 異星から持ち込んだ科学に溺れ、神を神とも思わぬ所業が繰り返し行われる。


 遺伝子操作。


 これにより、地球人の遺伝子に、アトランティス人には逆らうことができないような刷り込みを始めたのである。

 流石に神々も、アトランティス人を許すことができなくなり、彼らに警告を与えた。


【これ以上、地球の民によからぬことをするのなら、我ら神々が、神罰を与える】


 最初は脅し程度にしか考えていなかったアトランティス人も、自らの移民船の結界を貫いた七本の神の鉄槌を見て、我に戻った。


 それが、七人の天使の像。

 

 贖罪の天使と名付けられたそれは、人類が愚かなる道を進み始めるごとに、一つずつ黒く染まっていく。

 そして全てが染まると、神は、この地球を見捨て、その存在を無に帰すと伝えたのである。


 アトランティスの慢心により、一つ。

 第一次世界大戦により、一つ

 第二次世界大戦により、一つ

 現代冷戦期の国家間紛争により、一つ

 第三帝国の復活により、一つ

 月面下における、異星文明の露見により一つ


 合計、六本の天使が黒く染まった。

 そして現在、最後の像が黒く染まりつつある。


「……この最後の像が染まりはじめたのは、アマノムラクモの出現ではなく、アマノムラクモを取り込もうとする世界の意思によるものだ」

「……つまりはあれか? アマノムラクモが姿を表したことにより、世界の文明バランスが壊れはじめたっていうのか?」


 言いがかりもいいところだ。

 そう叫びたいところではあるが、面と向かっていわれてしまうとぐうの音も出てこない。


「アマノムラクモが発生しなかった場合。第三帝国のアドルフは目覚めることがあっても、あのようなオーバーテクノロジーは手に入れられなかった」

「ちょっと待った‼︎ うちのサーバントが侵食されて捕まったから、第三帝国は世界を敵に回すようなことを始めたっていうのか?」

「違うと言い切れるのか‼︎ アマノムラクモのミスリル、オリハルコン、それらがなければ、あやつはまだ、地球の文明レベルでの戦争を起こす程度のことしかできていなかった」

「結果論じゃないかよ……」


 アマノムラクモが居るから、世界は騒乱から逃れられないって言いたいんだろう。


「だが、事実だ。アマノムラクモが干渉しなかったら、戦争は第三帝国の滅亡で終わったかもしれないだろうが。それも、地球人の手によってな」

「あの針の技術は、俺たちとは関係なしにあっただろうが……」


 それでも、ラ・ムーはアマノムラクモの存在が害悪でしかないと告げる。


「月は、あれは俺たちアマノムラクモとは関係ないだろうが」

「そうだな。あれは地球の問題だ。地球は月に眠っていた調査隊によって、滅ぼされていたかもしれないからな」

「それを止めたのは俺たちだ」

「そう。そして、リビングテクトを地球に教えたよな? 君たちがムーンメタルと呼んでいる彼らをだ」

「今の地球では、解析など不可能だろうが」

「いや、今すぐは不可能だが、近い将来、それを可能とする存在が現れる。君たちが、世界に魔導を伝えたからな」

「それだって、ほんの一握り……いや、それは軽率だったかもしれない」


 そのほんの一握りが、やがてはゆっくりと増殖を始める可能性がある。

 不可能ではなく、今は無理、に難易度を下げたのは俺だからなぁ。


「そして、君たちはやってはいけないことをした」

「やってはいけないこと?」

「ああ。アトランティスを露見させた」


 アトランティスの民は、神からの警告を受けて、移民船ごと次元潜航を行った。

 その時の余波により、バミューダトライアングルのような、磁場の乱れが発生するようになり、不定期に人が流れ着くようなことになったらしい。

 それでも、アトランティスの民は、その存在を秘匿するために、流れ着いた人々の記憶を操作した。

 記憶を奪い遥かな地に送り込み、そこで一生を終えたものも少なくはない。


 それでも、アトランティスの民は、神からの警告通りに、世界から姿を消していた。

 今もまだ、彼らの文明レベルは地球の遥か先に存在する。

 それらが知られたら?

 存在が露見したなら?

 それを求めるために、最悪、多くの血が流れる可能性もある。


「……理解したかな? 我らは、神の鉄槌を恐れてこの地にいるのだよ。それでも、世界はゆっくりと破滅の道を進んでいる……アマノムラクモのミサキ・テンドウ。私は、君に問いたい」

「……何をですか?」

「近い将来、あの最後の像は黒く染まる。そうなると、神は、この世界に鉄槌を下すだろう……無慈悲にな」

「それを止める事は出来ないのか?」

「無理だな。アトランティスでも、神々に立ち向かうことなどできない。世界中に神の鉄槌が降り注ぎ、星が死ぬだろう……そうなった場合、アマノムラクモはどうする? 地球の民は、アマノムラクモに救いを求めるだろうな……」


 そうなったら、いや、流石にアマノムラクモでは地球の全ての民を収納することなんてできない。

 全てを救うなんて無理だ。


「全てを助けることなどできない。ならば、誰も助けないほうがいい。救いの手を差し伸べたとして、誰に差し伸べる? 君が、神のように人の生き死にを選択するのか? そんな事は行ってはならない……」

「だったら、俺にどうしろっていうんだ?」

「すぐに、世界の手を離せ。アトランティスのように、次元の彼方に沈めるのだ……そうすれば、地球が滅ぶ姿を見る事はないし、それに……」


 そこまで告げて、ラ・ムーは言葉を閉ざす。

 じっと、俺の目を見て、何かを考えている。


「それに?」

「いや、そこから先は、君の問題だ。我々は、この空間に逃げ延びることにより、天使の像の侵食を抑えてきた。いや、正確には、『我々の手で侵食することを防いだ』のだろう……だが、世界からは争いが失われることなく、戦争により多くの命が失われた」


 文明の発達に伴う自然破壊。

 テクノロジーの発達により、人の心が少しずつ堕落し始めた。

 神を敬うこともないものが多く現れ、神は、頼むだけで期待などしない存在として扱われている。

 そんな世界を見て、創造者である神は、どう思うだろうか?

 

「今から、世界の崩壊を救う手立てはないのか?」

「救うことは無理だ。世界は崩壊するだろう……早いか、遅いか、それだけの違いでしかない」

「遅くするために、俺が姿を消さなくてはならないと?」

「はっきりと言おう。アマノムラクモの存在は、『百害あって一利なし』だ」

「そんなバカな……あれは、俺が、間違って死んだ代償に、神から貰った……」


 それすら、神の歯車の一つだったら?

 そもそも、この地球のある世界を、神は見限っていたとしたら? 

 俺がダーツで手に入れたアマノムラクモ、それすら、神の仕組んだものだったとしたら?


「……思考が悪い方向に巡り始めたね。まあ、今しばらくは、ゆっくりと考えるといいさ。ただ、これだけは覚えておくといい……」


 ラ・ムーは椅子から立ち上がり、窓辺に向かう。

 そこから見える、最後の天使像を見上げて、俺に向かってこう告げた。


「あの像が黒く染まると、天使像は高らかに破壊の音色を奏でるだろう。そして、神が、世界の破壊を始める……。では、私はまだ仕事があるので、これで失礼するよ」

「……ひとつだけ、教えてほしい。神が世界を破壊したら、アトランティスはどうなる?」

「どうもこうもないさ。我々は、この場所にいる。地球は消滅するが、私たちアトランティスの民は、この次元でいつまでも生きているさ……最後の一人になるまではね」


 それだけを告げて、ラ・ムーは部屋から出て行く。

 俺は、これからどうすればいいんだ?

 こんな素っ頓狂な話を、誰が信じる?

 神が、世界を破壊する。

 それが間も無く、始まるだろう……。


「……ああ、そういうことか。黙示録が、始まるのか」


 気がつくと、俺は王宮を後にしていた。

 目の前には、大きな広場。

 そして七体の天使の像。

 六体は黒く染まり、最後の一体も、手にしたラッパが染まり始めている。


 すべてが染まると、おそらくは、第一の天使がラッパを奏でるのだろう。

 

「……神々が相手だなんて、戦えるはずがない。俺がいない分だけ、世界の崩壊の時間が伸びるけど、それも時間の問題なのかもな……」

 

 どうすればいい。

 何か、ヒントがあるはずだ。

 まだ、諦めるには時間が早い。

 考えろ、俺。


 

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