第74話・伝説を求めて・ようこそアトランティス
源内のマーギア・リッターが、銀色の結界を超えてから。
俺は、ひたすら源内からの連絡を待つ。
五分、三十分、いや一時間……。
どれだけの時間、源内からの連絡を待っただろう。
エジソンの機体に搭載している『時空間通信システム』からの反応があるまで、俺はひたすらに待つ。
──ピッピッピッ……
二時間後、ようやくエジソンの機体に源内からの通信が届いた。
『ミサキさま、源内からの通信です』
「こっちに繋いでくれ‼︎」
『了解です』
よし、これで問題の一つはクリアーした。
『こちら源内……空間波長と多次元座標のずれを直すのに時間が掛かりましたが、全て調整完了です、問題ありません』
「オッケーだ、おつかれさま。そっちの世界はどんな感じなんだ?」
『私が今いるのは、外界からの来訪者が到着する内湾の一つです。例のロシアの重航空巡洋艦も停泊していますし、乗組員が甲板から手を振っていますので無事のようです』
「分かった。それじゃあそちらに向かう……待て待て、ちなみに、こっちに戻ってくる方法はあるのか?」
危ない。
通信が繋がった時点で、もう向かう気満々だったよ、俺。
まずは安全の確保、帰還方法の確認、この二つをチェックしてもらうか。
『帰還方法については、亜空間ゲートを通り抜けると可能かと思います。内湾から外界に向かう区画に、亜空間ゲートがあるそうです』
「あるそうです? 誰に聞いた?」
『アドミラル・ジューコフの船長です。彼らは、アトランティスの神官から話を聞いたと申しています』
「なるほどなぁ。それじゃあ、そっちに向かうわ」
すぐさま移動を開始しようとするが、アマノムラクモからの通信も飛んできた。
『ピッ……源内の通信波長は、こちらにも登録しました。次元潜航により追跡も可能かと思われますが、細心の注意をお願いします』
「さすがだな。何か変わったことはあったか?」
『ピッ……ロシアから帰還したヘルムヴィーケが、未確認敵性存在に追跡された可能性があると』
「……解析は?」
『ピッ……ヘルムヴィーケのセンサーでも、確認不可能な存在です。現時点では対応不可能かと』
「アマノムラクモに戻ってからは、確認できているのか?」
『ピッ……いえ、ロシア領土から離れた時点で、感知不可能となったそうです』
ふむむ?
謎の未確認敵性存在か。
注意するに越したことはないよな。
「オクタ・ワン、アマノムラクモ周辺海域を徹底して警戒するように。艦内にもパトロールを出して、随時チェックを頼む」
『ピッ……了解です』
これでよし。
アトランティスにも通信は繋がる、帰還方法もある。
あとは伝説を目の当たりにしてくるだけ。
「よし、それじゃあ向かうとするか」
『『了解です』』
カリバーンを丸い空間の内部に侵入させると、そのまま門の中にある銀色の空間に近寄り、そっと触れてみる。
──ヒュゥィィィィィィン
カリバーンが銀色の空間に共鳴し、金属音を発した。
「センサーに問題ない、機体データに歪みも出ていない。エジソン、重力波長に問題はないか?」
『はい。先ほどより弱くなっていますが、問題はないかと』
「了解だ。順次、ついてきてくれ」
『『了解です』』
銀色の空間に腕をつき伸ばし、そのままスラスターを少しだけ吹かして前進する。
すると、機体全体が銀色の世界に包まれ、そして一瞬で真っ白な空間に飛び出す。
ここは……見たことがある。
俺が死んだ時に、辿り着いた世界。
だけど、少し様子が違う。
あの時よりも、何かこう、空気が違う。
神域と呼ぶには、あまりにも血生臭い。
白い世界のあちこちに、血まみれの死体が転がっているじゃないか。
その姿から察するに、俺をこっちによこした神様の姿もあるような気がする。
「な、なんだ、何があった?」
ふと周りを見渡すが、なにもわからない。
ただ、世界が、ゆっくりと壊れていく感覚がわかる。
──ピッ
「ハッ‼︎」
一瞬。
ほんの一瞬。
確かに、俺は、此処じゃない何処かにいた。
けど、気がつくと、カリバーンのコクピットの中に、俺は座っている。
「……なんなんだ? 今のは?」
『源内です。ミサキさま、聞こえますか?』
「あ、ああ、聞こえる……此処はどこだ?」
目の前には、巨大な空母やマーギア・リッターが停泊している。
内湾と呼ぶには綺麗すぎる、大理石により包まれた都市群が、目の前に広がっていた。
その港に、さまざまな船舶や航空機が停泊しているのが見える。
帆船、ガレー船から始まり、輸送船や軍船。
いくつもの戦闘機や航空機が海に沈み堆積し、風化して朽ちているものもある。
「アトランティスの北方、内湾にあるポセイドンという港です」
脳裏に聞こえてくる声。
それが、港の向こうに立っている老人の発したものであると、なぜか理解できた。
「|異邦人(フォーリナー)よ、ようこそアトランティスへ。こちらへどうぞ」
老人は一歩引いて、港に接岸するように促してくる。
そのままゆっくりとマーギア・リッターを接岸させると、横に源内も機体を横付けにしてきた。
『ピッ……ミサキさま、銀色のゲートが消滅しました、ご無事ですか?』
ジークルーネから緊急連絡が届くので、慌てて振り向いた。
だが、そこには銀色のゲートは存在しない。
「まだ仲間が到着していない。ゲートを開けられますか?」
「いえ、月齢がずれましたので、次に向こうからこちらに開くのは百二十八日後です」
「そうでしたか。ありがとうございます」
アトランティスと地球が繋がるのは、月齢に関係しているのか。
それも、かなり接続可能となる周期が長い。
「ジークルーネ、次にそっちから来れるのは百二十八日後らしい。俺は、こっちで調査をしたら帰還するから、一度アマノムラクモに帰還してくれるか?」
『了解しました。念のためにトンネルは全て埋めておきます。スペインの調査チームがやってこないとも限りませんから』
「よろしく頼む……と。さて、外に出ても息ができますかね?」
目の前に立つ老人に問いかけると、顎から伸びる長い白髭を撫でながら頷いている。
──プシュゥゥゥゥゥ
コクピットハッチを開いて外に出ると、軽くジャンプして老人の近くに着地した。
「源内は此処で待機、マーギア・リッターを守っていてくれるか?」
「ミサキさまお一人では危険すぎます。カリバーンは|無限収納(クライン)に収めた方がよろしいかと」
「そうか、そうだなぁ……それなら源内の機体も預かるから、ついてきてくれ」
「御意‼︎」
源内もマーギア・リッターから降りてきたので、二機とも俺の|無限収納(クライン)に収納して、老人の元に近寄る。
「改めてようこそ、|異邦人(フォーリナー)よ。我らが王が、其方を連れてくるようにと仰られていてな。付いて来てくれるか?」
「王? アトランティスの王ということか?」
「いかにも。我らが主人でありアトランティスの王、アルド・エルナ・ラ・ムーが、其方と話がしたいそうだ」
「……案内してくれ」
敵意は感じない。
それなら、俺は話を聞きたい。
老人に案内されて、港から街の中に歩いていく。
雰囲気は、映画でよく見たローマのような風景。
ローマ式建築物が立ち並ぶ中で、大勢の人が生活をしていた。
人種的にもローマ人のような人もいればアメリカ人、ヨーロッパ人、そしてアジア人と様々な国の特色が見え隠れしている。
「アトランティスは多民族国家なのか?」
「まあ、そうとも言えますな。偶然、アトランティスにやって来たものがこの地にとどまり、血を交えつつも命を繋いできました」
どこか嬉しそうな、笑みを浮かべなが説明してくれる。
「アトランティス純血種は?」
「当然、僅かに残っています。アトランティスは女系国家でして、優勢遺伝子を女性が有していますゆえ」
「男性は、アトランティスの血を残さないということか。不思議なものだな」
「まあ、それも神の呪いでありますから……」
そう呟きつつ、老人は街の斜め上を見上げる。
そこには、巨大な天使の像が七体並んでおり、天に目掛けてラッパを鳴らす仕草をしていた。
「天使像か。アトランティスの歴史を考えるなら、アレは別の神の使いだよな?」
「ええ。あれは、我々の神であるポセイドンの更に上、最上位の神の使徒であります」
へぇ。
しかし、七つの天使像のうち、六体のラッパの色が黒くなっている。
あれは、何か意味があるのだろうか。
まあ、今はそれよりもアトランティスの街並みを見る。
文化的には中世よりの近世、車のような動力車も走っているのだが、排気ガスの匂いはしない。
ネオンのようなものもあちこちにあり、どちらかというとスチームパンクに近い雰囲気がする。
「科学と魔法の融合か」
「まあ、そんなところでしょう。太陽光からエネルギーを生み出すエネルギー機関を有してあります。次元潜航中ゆえ、次元潮流をエネルギーに変換しております」
「……洒落にならないな。アマノムラクモもかなり無茶苦茶だけどなぁ」
「我々にしてみれば、アマノムラクモこそ、危険な存在以外の何者でもありません……王宮に到着しました」
歩きながら話をしていると、時間の進みも忘れてしまいそうになる。
そして俺は、黄金に輝く宮殿へと案内された。
………
……
…
ムービングウォークのような自動で動く歩道、それが途中からエスカレーターのように変形すると、上の階へと俺たちを運んでくれた。
同じように幾つもの階層を登っていくと、五層目に謁見の間のような場所に到着した。
「ようこそ、アマノムラクモのミサキ・テンドウよ。私がアルド・エルナ・ラ・ムーである。貴殿を歓迎する」
謁見の間といっても、高座があってそこから見下ろされているのではなく、普通に会議室のような作りの部屋になっている。
テーブルはなく、アルド・エルナ・ラ・ムーの座っている席と、それ以外の席という感じに並べられている。
教室の机がないバージョンで、教壇に椅子があってラ・ムーが座っているような感じと説明したら、分かってくれるかな?
「光栄に思います。私たちにとって、アトランティスは伝説そのもの。短い滞在期間となりますが、色々と学ばせてもらいます」
「それは構わんよ。アトランティスの知識を外に出さないと誓うのならばな」
まあ、それは当然だよね。
此処アトランティスには、アマノムラクモの知識、俺の錬金術の知識を持って来ても、不明なものが多すぎる。
可能な限り解析し、知識として蓄えていきたいものである。
「いくつか、質問をよろしいでしょうか?」
「それは構わんよ。|異邦人(フォーリナー)であるアマノムラクモは、地球人とは違うからな」
「そこです、その|異邦人(フォーリナー)とは?」
「ふむふむ、では、わかりやすく説明してあげよう」
そこからは、未知の領域。
アトランティス人は地球人ではなく、遥が過去に地球にやって来た異星人の末裔らしい。
島のような形の移民船、当時のヨーロッパ文明どころか、現代の科学文明をはるかに超えるオーバーテクノロジー。
それら、『地球人ではないものたち』が、|異邦人(フォーリナー)と呼ばれているらしい。
まてよ?
という事は、月の槍、あれも彼らの文明なのか?
「失礼ですが、これに見覚えはありますか?」
──スッ
|無限収納(クライン)からムーンメタルを取り出して、ラ・ムーに手渡す。
すると、ラ・ムーは受け取ったムーンメタルに驚き、少しだけ涙を浮かべた。
「母なる星に仕えていた種族じゃな。休眠してあるようだが、これはどこから?」
「月の表面に存在していました。地球の月探査機が襲撃され、地球にもやってきそうなところを我々が鹵獲しました」
「そうか……我らが地球に来たときには、すでに休眠していたようじゃな」
懐かしむようにムーンメタルに触れると、それを俺の方に差し出す。
「今の支配者は、アマノムラクモのようじゃな」
「それはお渡しします。我々としても、大量のムーンメタルを所有しており、それらで巨大な国家を作ろうと考えているところでしたが……必要であれば、全てお返ししますが?」
所有権はアトランティスにあると分かったから、これは返さないとならない。
けど、ラ・ムーは頭を左右に振っている。
「先程も申した通り、鹵獲した時点で、支配権はアマノムラクモである。この一本だけ、我らの元に頂けるのなら、それで良い」
「それでしたら、それはアトランティスにお返しします。どうぞお待ちください」
俺がそう促すと、ラ・ムーは嬉しそうにムーンメタルを抱きしめている。
その後の話によると、地球にやってきた船団は幾つもあったが、地球に降下したのは三隻のみ。
一つがアララト山に不時着し、残る二隻のうち一隻がイギリスに、もう一隻が大西洋に降り立ったらしい。
移民船の周囲を結界で囲み、付近の島へ向かうときは『空間接続ゲート』を使って移動していたらしい。
そのゲートの周りに、当時の現地人たちが街を作ったらしく、現在残っているアトランティスの遺産とは、ゲートの周りの『城下町』のようなものらしい。
「スペインの国立公園のものも、それなのですか?」
「うむ。いつでも動かせるように定期的に稼働はさせてある」
「つまり、此処から外に出るために?」
「正確には、『帰すために』じゃなぁ。ミサキ殿はわかると思うが、地上とアトランティスを繋ぐ門は百二十八日周期に接続され、五日間だけ開く。『迷い人』は、そのときに記憶を消去して門から外に返している」
「乗り物は、返さないので?」
「その時の気分じゃなぁ。船ならば、内湾から外に向かうゲートで返せるのだが、飛行機は大抵不時着して使い物にならなくなっていたからなぁ」
まあ、ここから帰れるのなら問題はないか。
話によると、ロシアの重航空巡洋艦も、ゲートが開いたら乗組員の記憶、記憶装置に残されているデータの全てを消去して、送り返すらしい。
なお、彼らは船から降りる事は制限されているらしく、降りる際には数名ずつで、監視もつくらしい。
「ははぁ、ちなみに私が許可を貰ってアトランティスに降りれたのは、私が|異邦人(フォーリナー)だからですか?」
「それもある。じゃが、此処に来てもらいたかったからという理由もある」
そう話してから、ラ・ムーは一息おいて、俺にこう話しかけた。
「アマノムラクモは、地球の存在する次元から出ていかぬのか?」
この一言は、俺には衝撃的であった。
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