第71話・伝説を求めて・実証実験

 スペイン・ドニャーナ国立公園、アルモンテ。


 その一角にあるホテルの部屋では、ミサキがのんびりとオレイカルコスの抽出を行なっていた。


「この、金色に輝く粒が、オリハルコンなのですか」

「ん〜、まあ、オリハルコン。うちらにして見たら、こっちがオリハルコンなんだけどね」


──ブゥン

 ミサキは|無限収納(クライン)から、10kgのオリハルコンのインゴットを取り出して、テーブルの上に並べる。

 こっちもあっちもオリハルコンということで、SPの目があちこちに泳ぎそうになる。


「もう、目がくるくると回ってきそうですよ。アマノムラクモでは、オリハルコンは珍しくないのですか?」

「う〜ん。普段からいじっているからさぁ、珍しいっていうか、貴重だけど無理して使わないとならない部分もあるからなぁ。魔力伝達については、全ての金属のトップだし、合金化することで硬く柔軟な金属になるしなぁ」


 硬くて柔軟?

 そんなものがあるのかと、思わず問い返したくなるのだが。ミサキが言うのなら、嘘ではないだろうと信じることにした。


「ちなみにですが、これがオリハルコンだと言う証拠みたいなものは用意できるのですか?」

「証拠も何も、調べたらわかるんじゃないの? 今の地球には存在しない金属だって……」

「では、アマノムラクモで作り出すことは?」

「ぶっちゃけるなら、製法はわかったけれど、それを用意する技術がないんだよ。それさえあれば、オレイカルコスなんて量産できるんだけどなぁ」


 量産可能。

 まさか伝説の金属が量産できるとは、流石に耳を疑ってしまう。


「テンドウさま、このオリハルコンのサンプルは、スペイン科学アカデミーに譲渡していただくことは可能ですか?」

「??? なんで???」

「実は、スペイン科学アカデミーは、古くからアトランティスの存在を実証するために、様々な研究を行ってまいりました……」


 そこからは、SPの話が始まった。

 彼女の両親が科学アカデミーに所属しており、アトランティス実証の証拠をずっと探していたのである。

 唯一の希望であった湿地帯水面下の遺跡群も、近年はローマ帝国の遺跡であることが判明し、アトランティスとは関係ないと言う結果に終わってしまった。

 

 あと数ヶ月で、アトランティスの存在を証明するものが発見されなかった場合、予算及び研究規模は縮小されることになる。


「なるほどなぁ。それで、この証拠が欲しいのか……とはいえ、わかりました、どうぞって渡すわけにはいかないからね」


──ヒュゥゥゥゥ

 抽出した素材全てに手をかざすと、ミサキはゆっくりと錬金術を発動する。

 

「|物質修復(レストレーション)……」


 素材の一つ一つがゆっくりと結合を開始し、やがて元のカケラに戻る。


「こ、こんなことが可能だなんて」

「まあ、私しかできない、私のオリジナルだけどね。ほい、これが『オリハルコン』を含んだアトランティスの証拠だね。これは持っていって調べてもらうといいよ、うまく抽出できれば大したものだけど、この中には、間違いなくオリハルコンが含まれているから」


 ヒョイとカケラを手渡すと、ミサキは次のカケラを取り出して抽出する。

 それをいくつも繰り返し、持ってきたカケラのうちSPに手渡したもの以外はすべて分解。

 トータルで、直径1mmのオリハルコンを生成した。


「しっかし、法則は理解しても、それを作れないのは実にもどかしい。アトランティスで作れたのだから、私にも作れそうなんだけどなぁ」


 ぶつぶつと呟きながら、ミサキはオリハルコンの結合式を考えてみる。

 そもそも、『光と闇の化合物』なのだから、結合式なんて存在しないのが当たり前。

 だけど、物質として存在するのだから、何か理由があるはずだと考える。


 結局、この日は丸一日を、部屋の中で過ごすことになった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 翌日、スペイン下院議事堂では、一人の議員の糾弾が行われていた。

 あたかも魔導機関車を手に入れた手柄を自分のもののように話し、あまつさえアマノムラクモとの技術供与及び魔導機関車の開発ノウハウが手に入るなどと、報道関係者にぶちまける失態。

 その結果、話し合いをする前に全てをぶち壊し、テレジア及び源内に悪印象をあたえてしまったと言う失点は、どう考えても救うことが不可能。


 結果、彼は議員辞職し、田舎に帰ることになる。



「さて、それでは、アマノムラクモへの謝罪については後日、正式に行うことにしましょう。本題に入ります」


 そして始まったのは、先日のミサキが発見したアトランティスの遺産の報告。

 同行したSPからの報告ではあるものの、証拠の品についてはすでに科学アカデミーに届けられ、これから解析が始まる。


「湿地帯のローマ遺跡群、あれがアトランティスの遺跡であることについてはテンドウ氏が証明してくれました。これから、細やかな報告が来るとは思いますが、あの区画は立入禁止区域とし、『アトランティス保全地区』として保護すべきです」


「それは違う、アトランティスの遺産であるのなら、世界遺産登録を外し、今一度、あの区画を発掘調査すべきです。のち、可能ならば復元してアトランティス地区として、観光地にするべきだ!!」


 二つの陣営がぶつかり合う。

 まさか、ミサキの発見が、ここまでの問題を起こすとは誰も思っても見なかった。

 

「保全地区にするだと? それでは今と変わらないではないか‼︎ アトランティスの存在を実証しない限りは、今となんら変わりがない」

「実証するために、あの自然を破壊しろと? 一度失った自然を取り戻すのに、どれだけの時間が必要なのか君は理解しているのか?」

「それを言うのなら、アトランティスこそ蘇らせるべきでは無いのか? 過去の遺産、眠れる神秘、それこそが、これからのスペインに必要なことである‼︎」


 いつになく白熱する議会。

 この問題は、早々解決するものではないと、ファン・カルロス3世も頭を悩ませることになった。


………

……


「スペインが、魔導機関を手に入れただと?」


 アメリカのパワード大統領は、つい今しがた渡された報告書を見て叫んでしまう。

 アマノムラクモのハイテクノロジーは、世界中どの国も欲している。

 どれだけ交渉しても手に入れられなかった魔導機関、それをスペインはあっさりと手に入れてしまったのである。


「管理するサーバントも同行か。いや、それは構わない、図面や管理ノウハウが手に入るだけでも、大いなる進歩になる」

「ですが、国連に提出されたパールヴァディ式魔導機関の解析は、未だ判明していないのでは。それすら不可能な現状では、高望みなどしない方がよろしいのでは?」


 傍にいる国防長官に促されるものの、パワードは今ひとつ諦めきれていない。


「そんなことは理解している」

「それでは、本音をお願いします」

「……このアメリカの大地の上を、魔導機関車が走る。ロマンだとは思わないか?」

「やはりですか。まあ、そんなことだろうと思いましたよ」


 半ばあきれるように呟く長官に、パワードはそっぽを向く。


「スペインが魔導機関車を手に入れた経緯は、入国許可証が欲しかったと言う噂もあるようですが」

「それだ‼︎ いや、そもそもアメリカとアマノムラクモとの間には、通商条約が締結しているからな。同じでは無理か……」


 パワードは考える。

 どうしたら、魔導機関車を手に入れることができるかを。


………

……


 スペインが魔導機関車を手に入れたという情報は、アメリカ以外の各国も手に入れている。

 ただ、同じように自国が魔導機関を手に入れる方法があるかどうか、現在の話し合いはその一点に限られている。

 そもそも、ミサキがスペインを訪れた理由までは、どの国も情報を入手していない。

 表向きのミサキの外遊理由は、『お忍び観光』となっている。

 アトランティスを探しにきましたという真実については、ファン・カルロス3世とその側近たちしか知らず、アトランティスを発見したのはその途中での出来事としか認識されていない。

 スペイン国内でもその程度なので、他国の諜報機関ともなると、それすら眉唾な後付けの理由として処理されている国もある。


 とにかく、ミサキの外遊を受け入れることができれば、あるいは自国にも魔導機関が譲渡されるのではないかという噂が、実しやかに流れていった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アトランティスの調査を始めて一週間。

 ホテルに籠った翌日からは、毎日のように湿地帯に出向いて、調査を続けた。

 三日目には、オクタ・ワンに連絡をして水中調査用の観測装置を作るのに必要な材料を送ってもらい、空軍基地まで一度戻ったりもした。

 その道中で、ここまでの報告としてファン・カルロス3世と謁見して、いろいろなやり取りもしてきた。

 四日目には観測装置も完成し、五日目からはそれを使って湿地帯の底まで調査を行ったんだけど、実は、やばいものが出てきた。


──ザバァァァァッ

 湿地帯底から回収されたのは、一本の柱。

 長さは2.5m、直径50cm。

 イオニア式石柱を思わせるそれは、上部が綺麗に切断されている。


「ミサキさま、これが何か?」

「ああ、ジークルーネなら、この切断面を見たらわかると思うけど?」


 そう説明してジークルーネにも確認してもらう。

 すると、興味本位だった表情が、一瞬で険しくなる。


「ミサキさま、ここは危険なのでは?」

「いや、これと同じものが大量に出てきたのなら、確かに問題ではあるよ。だけど、どれだけ探しても、これ一本だけなんだよ」


 偶然の産物としても、おかしすぎる。

 俺とジークルーネは、腕を組んで考え込んでしまう。


「へぇ、綺麗に切断面が研磨されているのですね。こういう建築様式もあったのですか」


 女性SPが、繁々と切断面を眺める。

 たしかに研磨したように見えなくもないが、鏡面のような輝きを発するまでの研磨なんて、常識的に考えてもあり得ない。


「まあね。それもアトランティスの証拠の一つだとは思うけど、これではっきりとしたよ」


 俺は、|スペインのため(・・・・・・・)の仮説を唱えることにした。


「やはり、アトランティスがこの下に?」

「いや、アトランティスは存在したけれど、この下にあるのはローマ遺跡群で間違いはない。今まで発掘したアトランティスの遺産らしいものは、全てこの遺跡群に残っていた残骸だけで、この下にはアトランティスはない」


 キッパリと否定する。

 すると、SPは力なくその場に座り込んでしまう。


「そ、そんな……」

「これで、ここでの調査は終わりだな。ジークルーネ、戻って帰り支度をするよ」

「かしこまりました」


 船内で呆然とするSPに注意しつつ、俺たちは街に戻る。

 正直言って、危険すぎる。

 あの切断面は、空間断裂によるもの。

 そして、切断面の時間は停止している。

 今日まで発掘したカケラから回収したオレイカルコスの性質を考えると、水中ではオレイカルコスの効果を発揮できないことまで理解できる。


 オレイカルコスは、光と闇がある限り、風化することはない。

 ただし、一定量の光、一定時間の闇が必要で、遮蔽物のない外ならば、どこでもその条件を満たすことができる。

 けれど、洞窟や海底、湿地帯の底などは、闇の時間的条件はクリアしても、光が届かないので風化が始まる。


 そして考えられた結論は一つ。

 あの湿地帯の底にある遺跡群は、アトランティス大陸から『空間的に切断されたもの』で間違いはない。

 それがいつ頃なのかまでは、わからない。

 少なくとも、アトランティスが消滅したのは、伝説通りの時代だと思える。


「まあ、伝説の正体までは理解できたからいいか」

「そ、その正体とは?」

「アトランティスは古代の超文明であり、俺のように錬金術を支える人々が存在していたということ。俺は、アトランティスがどうだったのかという仮称は全て立てられるし、実証することもできなくはない」


 そう説明すると、女性SPも喰い気味に話を聞いている。


「あそこにあるのは、アトランティスだった遺跡群で、あの場所に忘れ去られてしまった。オレイカルコスは全て風化し、跡形も無くなっている。当然、文献その他なんて残っているはずもない」

「つまり、このあとはどれだけ調査を続けても、無意味ということですか?」

「さぁ? 調査は難しいだろうね。俺の話を信じて、実際に確認するとなると、あの湿地帯の水を全て抜いて、汚泥を取り除かなくてはならない。そんなことをしたら、あの自然が失われてしまう……夢のまま、伝説はそれで構わないと思うよ」


 そう説明して、傍にある鏡面に切断された柱を軽く叩く。


「これは、アトランティスの存在を実証する柱だから、これを研究するといい。今の、この世界の技術でどこまで解析できるかわからないけれど、これの解析が終わって、自信を持って答えられる結果ができたときには、アマノムラクモに連絡をください」

「わかりました。そう伝えます」


 意気消沈から、瞳に希望が宿りなおした。

 そう、伝説を追い求めるのは構わないと思う。

 それよりも、アトランティスのある場所に問題があるんだよ。


 不味かったなぁ。

 ここから西に向かうと、大西洋なんだよなぁ。

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