第70話・伝説を求めて・暴走は続くよ、どの国も

 スペイン・マドリード。

 

 スペイン下院議事堂の一角にある会議室では、十名ほどの議員が集まって話をしている。

 

「ミサキ・テンドウがオリハルコンを発見した」


 その報告は、無表情であった議員たちの顔色を、一瞬で笑顔に塗り替える。

 これまでは存在すらあやふやなアトランティスの、さらに伝説でしか聞いたことのない金属の名前が、いきなり出てきたのである。

 いや、名前だけではなく、それが発見されたというのが信じがたい。


「そ、それは本物なのか?」

「確証はないが、SPとして派遣した二人からの報告です。そして、あの湿地帯の下には、アトランティスが存在するとも」

「でかしたぞ、これで堂々とドニャーナ国立公園の調査が行える。世界遺産から外されようと構わん‼︎」


 スペインにとって、ドニャーナ国立公園は特殊な地域である。

 ヨーロッパ最大級の自然保護区でもあり、ユネスコの『世界遺産』に登録されているというのが一つ、同じくユネスコの指定保護区である『生物圏保護区』の認定を受けている。

 そして最後に、『ラムサール条約登録地』にもなっているのである。


 元々はローマ時代の湖の一つでしかなく、そこに長い年月により堆積物が増え、湿地帯となった場所。

それ故に、湿地帯の底からは、古代ローマ時代の遺跡群が多数発見されている。

 その作りや形が、伝説にあったアトランティスのものと酷似しているため、『アトランティス説』が発生したのである。


 だが、この場の議員たちは、アトランティスが実在することを主張、湿地帯の大規模開発を行いたいのである。

 当然ながら、彼らは一人も『アトランティス説』を信じてはいない。

 むしろ、湿地帯の下に眠る遺跡を発掘し、一大観光エリアに作り替えたいと考えている。

 この会議に参加している議員たちをバックアップしている企業の大半が、湿地帯を開発しようと考えているのだから、今回の新発見は、まさに大義名分が成り立つ。


「まあ、これで国王派も目を覚ますでしょう。我々スペイン人の体には、アトランティス人の血が受け継がれている。今回の発見で、アトランティスを復興するチャンスです」

「そうですな。自然保護だなんだという議員たちも、これで目が覚めるでしょう」

「まったくです。アマノムラクモ様々だ……」


 散々アマノムラクモ反対を擁立しておいて、この手のひら返しは見事といえよう。

 そのあとは、国王並びに上院、下院に提出する資料、オリハルコンのサンプルについての論議が続けられた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 場所は変わって、マドリード郊外。

 魔導機関車の説明会二日目は、一般客の見学会も兼ね備えていた。


 廃線を使った魔導機関車のテスト走行は前日の午後で終了し、今後は政府主導での運用計画が行われることになっている。

 それが決定するまでは、魔導機関車は一時的に軍基地に収容することになっているが、これは盗難を防ぐためであるとテレジアも説明を受けていた。



「うわぁぁぁ、これが魔法で動く機関車ですか」

「こんなものが、我が国にやってくるなんて……」

「これは、量産するのですか?」


 いくつもの質問が行われ、その都度、責任者の議員が返答している。

 昼からは地元のテレビ局の取材も加わり、担当議員もついリップサービスをしてしまう。


「ご安心ください。我が国の鉄道は、これから順次、魔導機関車に切り替えます。そのための技術は、アマノムラクモから協力してもらうことになりますので‼︎」


──オオオオオ‼︎

 聴衆が驚き、歓喜に震える。

 どの国でもなし得ていない、アマノムラクモとの技術協定。それを、この議員が行うと宣言したようなものである。


「……あの、今、取材を受けている議員はアホですか?」

「頭の中に、鳥か何か飼育しているのでしょうか?」


 魔導機関車のサロンで、テレジアは外で演説紛いのホラを吹きまくっている議員をチラリと見ている。

 その近くで、他の議員たちは苦笑するしかなかった。

 源内も今は一休み、外を眺めているフリをしつつ、周囲の警戒を行なっている。


「ミサキさまレベルの鑑定能力が欲しいところですが。明らかに、一般市民とは異なる動きの人物もいます」

「そうでしょうね。でも、私たちから見たら素人でしょう」

「そ、それは他国のスパイが近くにあるということですよね?」

「どいつがスパイですか?」


 慌てて立ち上がり、窓に駆け寄る議員たち。

 だが、源内とテレジアは入れ替わるように席に戻る。


「それは、そちらのお仕事では? 私たちは何もお答えしませんよ」

「まったくです。私はこれを届けにきただけですし、テレジアは魔導機関車の運用責任者ですので。スパイとかそういった対応は、地元の方にお任せします」


 あっさりと突き放す源内とテレジア。

 二人にとっては、他国のスパイがこの会場に足を踏み入れたからといっても、何も興味がない。

 ただし、魔導機関車に対して害を成す行動に出たならば、全力で排除する。

 これは、ミサキさまが『スペインのため』に作ったものであり、他国がこれを手を伸ばすことは許さないから。


「急ぎ軍に連絡します」

「一体どこの国なんだ。これはスペインのものだ、他国が好きにしていいものではない‼︎」


 数名の議員が携帯電話で連絡を始める。

 すると、外が|俄(にわか)に騒がしくなってきた。

 テレビ局の取材を受けていた議員が、魔導機関車を案内しますと言って、取材陣を連れてきたのである。


 最初は外を回りながら、外観の撮影。

 その次は機関室に入ろうとしたのだが、それはすぐにテレジアが遠隔操作でシャットダウン。

 機関室に向かう扉はロックされた。


「お、おや、扉が開かない……すまない、これを開きたまえ」

「お断りします。なぜ、無関係な方々に、魔導機関車の重要なシステムを晒す必要があるのですか?」

「これは、我がスペインのものであろう? 私の指示が聞けないというのか?」

「はい。私は、ミサキさまから、『魔導機関車』の安全を保つようにも命じられています。取材陣の映像を見た、他国の動向も考える必要がありますので」


 淡々と説明するテレジアだが、議員は逆に真っ赤になる。

 

「この魔導機関車の責任者は私だ。私の命令が聞けないのか‼︎」

「はい。私は、ミサキさまの命令でここにいるのです。あなたの命令に従う必要はありません」


 キッパリと告げて、テレジアはその他の議員たちに紅茶を淹れる。


「ま、まあいい。アマノムラクモから技術を供与してもらったら、国産魔導機関車を作るだけだ」

「あ、その件ですが。ミサキさまは、技術供与する気はありませんよ」


 今度は源内が、軽く手を振りながら説明する。


「なんだと? では、この魔導機関車はなぜ、スペインに送られたというのだ」

「なぜって……ねぇ」

「まさか、ミサキ・テンドウ氏がお忍びでやってきたので、それを受け入れてもらったお礼とか言わないだろうな‼︎」


 源内が言わなかった余計なことを、議員は怒りに任せて叫んだ。

 そして、その映像は、スキャンダル大好き報道局がしっかりと中継。

 アマノムラクモ代表のミサキ・テンドウ氏が、お忍びでスペインを訪問しているというニュースが、瞬く間にスペイン全土に広がった。


「……はぁ。あなたは馬鹿ですか? 怒りに我を忘れて、ミサキさまの話までするとは」

「馬鹿なんですよ。と言うことですので、アマノムラクモはスペインに魔導機関その他の知識と技術を供与する予定はありませんので」

「そこの議員の言うことは、ハッタリですからね」


──カーッ‼︎

 議員の怒りは頂点に達する。

 だが、そこで暴力に訴えるほど、この議員は落ちぶれてはいない。

 まあ、テレビ局の前で恫喝している段階で、終わったと思った議員も多かったであろうが。


「この件は、正式にアマノムラクモに抗議するからな‼︎」


 そう叫んで、議員はサロンの外に出る。

 すぐさま報道関係者もサロンから出て議員を追いかけるが、テレジアも源内も知らん顔。


「……この件は、後日、テンドウ氏に政府を代表して謝罪させて貰います。この度は、申し訳ない」

「まあ、よくあることですから、お気にせず」

「しかし、この件が国王に知られると、困ったことになるのでは? 先に連絡を入れたほうがよろしいかと思います」


 そうテレジアに促され、その場の議員たちはすぐに動き出す。

 そして、議員たちが手を離せなくなってしまったので、テレジアと源内が集まった見学者の相手をすることにした。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「おおう、アホ議員はどの国にもいるんだなぁ」


 街のレストランで昼食を取っていたミサキは、あちこちから聴こえる客の話に耳を傾けている。

 店内にモニターがあったらよかったけど、ここは普通のレストラン。

 スマホに流れてくるニュースを見ている客の声が、何が起こったのかを教えてくれていた。


「ミサキさまは、携帯電話を持たないのですか?」


 SPの一人が、ミサキに問いかける。

 今の時代、国によっては、スマホは国民一人に一台が当たりまえ。

 だが、アマノムラクモではスマホなんか必要としない。

 艦内および領土内ならば、オクタ・ワンが全て中継してくれる。

 また国外でも、同行するワルキューレがマーギア・リッター経由で通信を受信できるため、ミサキが単独でスマホを持ち歩くことはない。


「……必要に感じていないからなぁ。今だって、ジークルーネはマーギア・リッター経由で連絡できるだろう?」

「はい。衛星軌道上のサテライトシリーズを経由しますので、問題はありません。私のマーギア・リッターは戦闘特化で、通信システムはそれほど高性能ではないのです」

「あ〜、そう言うことかぁ」


 納得して食事を続けていると、ふと、ミサキをチラチラと見る客の視線に気がついた。


「……バレたかなぁ」


 そうつぶやいたときには、すでにSPの二人は周辺を確認している。

 

「手配書に記されているレベルの危険人物はいません。ニュースを見て、テンドウ氏のお忍び滞在を知った人たちが、興味深く観察しているレベルです」

「危険度はイエロー。食後には、ホテルに戻って休むことをお勧めします。この調子では、本日の調査は不可能ですから」


 椅子を軽く引き、いつでも立ち上がれるように構える二人。

 それとは対照的に、ジークルーネはミサキと正面から話をしている。


「調査を続けるのであれば、護衛と調査班を送ってもらうように申請しますが」

「今日のところはいいや。この後の、鑑定結果で考えるとしようか」

「了解しました」


 その後も、やや緊張した空気の中で食事を続ける。

 そして食事が終わると、ミサキたちは急ぎレストランを出て、ホテルまで移動することにした。


………

……


 ホテルに戻ったミサキたち一行は、すぐさま部屋を交換してもらう。

 何が起こるかわからないため、借りた部屋の上下左右も追加で借りると、室内には女性SPが、そしてフロアー内には男性SPが待機することになる。


「日本で言う、第四号警備ってやつだね」

「私たちは日本の警備システムには詳しくはありませんので。でも、私の過去の経験上では、今回は大きな騒ぎにはならないかと思います」


 女性SPは窓に近寄ると、そっと外を確認する。

 ミサキがお忍びで国内にいるという情報が流れたのは致し方ないとしても、それを追っかけ回すような人はそうそういるものではない。


「なるほどねぇ。そうなると、怖いのはパパラッチかぁ」

「いえ、最近ではスナパラッチの方が厄介です。彼らには悪意も悪気もありませんから」

「スナパラッチ?」

「ええ。プロではないアマチュアが、スクープ写真欲しさにあちこち撮影しているのですよ。最近は、パパラッチからスクープ写真を買い取る報道も減っていますからね」


 まあ、日本でもよくあるよね?

 偶然、事故現場などに出くわして撮影した写真をさ、インターネットのSNSにアップしたら、食いついてくる報道関係者。

 しまいには無断で使用して訴えられて賠償金を支払うんだけど、速報記事として使いたいからってわざと無断で使って、裁判で適当な和解金を支払う奴らもいるんだよ。


「へぇ、そうなんだ」


 そう返事をしながら、ミサキは|無限収納(クライン)から回収した大理石を取り出す。

 テーブルに白いビニールシートを広げると、その上にカケラを乗せて作業開始。


「さて、精密作業を開始しますか。抽出‼︎」


 錬金術で、大理石に含まれている物質を一つずつ抽出する。それを綺麗に並べながらメモをとり、また並べてはメモを取る。

 初めて錬金術を見たSPは、ミサキの行っていることに目を丸くし、警備をしているのを忘れそうになってしまう。


 そして一時間ほどすると、全てのカケラの素材が並べられていた。


「……はあ、なるほど、これがオリハルコンなのですか」

「オリハルコンっていうか、オレイカルコスだね」

「どうして名前がちがうのですか?」

「そりゃあ簡単だよ。ジークルーネならわかるだろう?」


 素材のチェックをしているジークルーネは、ミサキから話を振られたので嬉しそうに説明を始める。


「私たちの搭乗しているアマノムラクモの素材に、オリハルコン合金があります。それと混同しないために、地球産オリハルコンを『オレイカルコス』と呼んでいるのです」

「そういうこと。ちなみに元素レベルでものが違うから、全く別物と思ってくれていいよ」

「アマノムラクモではオリハルコンが存在しますが、それは私たちの知る物語のオリハルコンではないということですね?」


 端的に答えるSP。

 それにはミサキも力強く頷く。


「そして、これが地球産のオリハルコン、『オレイカルコス』だよ」


 シートの真ん中にある、小さな砂粒。

 それを指差しながら、ミサキは嬉しそうに説明したのである。

 その指差した先には、あざやかな黄橙色をした砂粒が存在した。

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