第69話・伝説を求めて・幻の金属? いえ、金属かもわかりません
スペイン・マドリード郊外。
廃線となった鉄道の線路上では、マーギア・リッターがゆっくりと魔導機関車をレールの上に乗せているところである。
──ガギィィィィーン
重い金属音が響くと、サーバント・源内はマーギア・リッターから飛び降り、魔導機関車に乗り換える。
「さて、それでは操作方法の説明を行います。みなさん、こちらへどうぞ」
源内が周囲に集まっている大勢の人々に話しかける。
集まっているのは、上院下院それぞれの代表議員、軍関係者、そして科学アカデミーの権威と呼ばれている人たち。
「これが魔導機関車?」
「一昔前の、古い機関車にしか見えないが。燃料は何を使うのかな?」
「魔力です。この機関車は、動力部と一両目の客車内部に『魔力感応システム』を搭載しています。これは、人間が体外に自然放出する魔力を感知、吸収して動力炉後部の魔力タンクに送り出します」
淡々と説明する源内だが、彼が何を話しているのか、その内容を100%理解したものはいない。
「それは、人間の体に影響はないのか?」
「ありませんね。人間の呼気にも魔力は含まれています。それを拾っているだけですよ。わかりやすく説明すると、呼吸の中の水素を回収してタンクに貯蔵し、エネルギーにしているってところです」
「……その水素に当たるのが魔力か。それを証明する方法は?」
「ありませんね。そこの仏頂面の科学者さんの質問の答えは、この一言です。魔力とは人の魂の力の一つであり、しっかりと訓練すれば誰でも使えるものですので」
「話にならんな。私は帰らせてもらう」
半ば怒り心頭といった感じで、科学者がその場を離れる。
その様子を見て、数名の科学者や議員も慌てて後を追いかけるものの、残った人たちは彼らをみてため息をついてしまった。
「セニョール源内。彼らの非礼をお詫びします。彼らは、自分たちの知らないことを学ぶのに抵抗があるようです」
「お気遣い感謝します。まあ、いきなり魔力と言われても、理解できないでしょうから。では、細かい説明は後回しにして、実際に動かしてみましょう」
──プシュゥゥゥゥゥ
動力車上部左右のスリットから、魔素が白い煙のように噴き出す。
動力炉では、集められた魔力が圧縮され、エネルギー変換を開始した。
──グォン
一瞬、動力車が震える。
これは稼働時の動力炉を覆うエネルギーフィールドの発生によるものであり、人体には何も影響はない。
「操縦方法を学びたい方は、どうぞ機関室へ。乗り心地を楽しみたいのでしたら、一号車でおくつろぎください」
科学者たちは操縦方法を学ぶため、機関室に集まる。そして議員たちは乗り心地を楽しむ為に、一号車へ移動した。
「な、なんだこれは……」
「まるで、オリエント・エクスプレスのようだ」
一号車は、ミサキが錬金術により贅を尽くした作りになっている。
アール・デコ調に纏められた内装、奥の方には専用バーカウンター。
ソファーも地球では手に入らない『スノードラゴンの翼幕皮』をふんだんに使用している。
「お疲れ様です」
その議員たちを迎えたのは、バーカウンターの中にいる女性型サーバント。
執事スタイルの衣服を着用し、背筋を伸ばして丁寧に挨拶をしている。
一般のサーバントとは違い、顔のあちこちにあった継ぎ目はない。人間と全く同じような外見に調整されている。
「君は?」
「貴方もサーバントなのですか?」
「はい。私は、この魔導機関車の管理魔導頭脳です。名前は『テレジア』です。普段はここで給仕を担当します」
「そ、そうですか。貴方も、この魔導機関車とセットでスペインに送られてきたということですか?」
「ええ。私がいないと、この魔導機関車のメンテナンスを行うことができませんので。また、初期契約により、この魔導機関車を軍用として運航されないように管理することも命じられています」
先に釘を刺すテレジア。
元々、テレジアは魔導機関車のサブシステムとして作られている
魔導機関車に搭載されている魔導頭脳とリンクしており、コントロールの最優先権は彼女が保有しているので、緊急時の制御なども可能である。
「そ、そうか」
「まあ、アマノムラクモまで運ばなくても、メンテナンスが可能なのはありがたい」
「ありがとうございます。今、お飲み物をご用意しますので、少々お待ちください」
にっこりと笑顔で告げると、テレジアは貴族たちに飲み物をサービスする。
やがて源内や科学者たちも合流してテレジアを紹介すると、そこからは歓談の時間となった。
………
……
…
場所は変わって、ドニャーナ国立公園、アルモンテでは。
二人の護衛を伴って、ミサキとジークルーネが街の中を散策している。
「午後からは湿地帯に向かって、調査を始めるか。SPさんたちは、どうしますか?」
「我々は、テンドウ氏の護衛です。当然、ついていきます」
「ええ、そのための準備もしていますので、ご安心ください」
しっかりと湿地帯まで向かうのも、彼らは想定済み。
ファン・カルロス3世からも、ミサキたちの目的がアトランティス探訪だと説明を受けてあるのである。
「ふぅん。湿地帯の準備も万全、かぁ。本当に、湿地帯の下にはアトランティスが存在しそうだよね?」
「ミサキさま、それはどういう意味なのですか?」
ジークルーネは、まだアトランティスについて詳しい情報を持っていない。
そんな質問をしているのを理解したのか、SPたちはジークルーネに数枚の写真を手渡した。
「こちらは、衛星軌道から撮影した、ドニャーナ国立公園の湿地帯の写真です」
「……これは、ミステリーサークルですか?」
「ええ。この写真の位置は、ほとんど一般の観光客も訪れない場所です。この湿地帯の下には、幾つもの円環状の構造物が埋没しています」
「それを掘り起こすためのノウハウがないのと、国立公園内という理由で、大規模な調査は行われていませんでした」
「ですから、テンドウ氏が調査の許可を貰ったので、新たなる発見があるのではと、アカデミーでも関心が集まっています」
淡々と説明しているように聞こえるが、二人ともワクワクしているのがはっきりとわかる。
そのため、ミサキも苦笑しながら話を聞いていた。
「幾何学的なミステリーサークル、湿地帯地下の円環状構造物。アトランティスの秘密があるかもしれませんからね。もう、ワクワク気分ですよ」
そう話しながら、ミサキは湿地帯へ向かうための準備を終えると、一路、目的地へと向かうことにした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「……移動手段を用意しておいて、正解だったか。ここまで凄いとは、予想していなかったなぁ」
湿地帯ということもあり、小型の船でいけるかと予想していたんだが。
予想外に水路が入り組んでいるのと、ここ最近の灌漑により水位が低下している場所もあり、目的のエリアまでの移動がかなり困難であることが予想できた。
そのため、用意された船を、魔導スラスターを搭載した小型のホバークラフトに『改造』して、湿地帯をゆっくりと進んでいく。
「凄いのはテンドウ氏です。一体どうやって、あの短時間に小型船をホバークラフトに改造したのですか?」
「錬金術だね。まあ、うちではこれが当たり前だからさ。それよりも、道案内をお願いしますよ」
この辺りの地理なんて詳しくはない。
むしろ、現地の人であるSPの方が、目的の円環状遺跡群まで案内できるでしょ?
「ええ。それでは、このまま水路に沿って進んでください」
指示通りに進むこと一時間。
途中では、野生動物をゆっくりと観察したり、少し離れた場所でバードウォッチを楽しむ観光客の姿を眺めたりもした。
手を振ると振り返してくるので、実に楽しい。
──ピッ
「……人工物反応。この位置から南南西、距離869mです」
「ほう、ここからでもわかるとは凄いですね」
ジークルーネが、なんらかの人工物を発見。
凄いセンサーだなぁ。
「ありがとうございます。この辺りは、もう遺跡群なのですか?」
「この真下あたりから、南南西に向けて広がっているそうです。水が濁っているのと、水草が酷くて水中カメラや水中用ドローンも役に立ちません」
「なるほどなぁ。ジークルーネ、真下に遺跡群が来るまで様子を見てくれるかな」
「了解です」
とにかく、人工物の真上まで移動してみる。
そこから水中に潜って、遺跡を調べようと思っているんだけどね。
そんなこんなで、指示を出して五分ほどで、遺跡群の真上までやってきたよ。
「ここら辺から、アトランティスの遺産と呼ばれています」
「へぇ。ジークルーネ、何かわかるか?」
「この真下にあるのは、円形状のホールかと。崩れた上、あちこちが燃えていたらしい形跡も感じます」
「え? そこまでわかるのですか?」
「ジークルーネは、分析のエキスパートだからね。一部でも構わないから、回収可能?」
「潜って確認してみないとわかりませんが、可能かと」
「よし、それじゃあ、行ってきますか」
一瞬でダイビング装備に切り替えるけど、俺が潜るのはジークルーネたちが反対した。
「ミサキさまは、こちらでお待ちください。私が行って参ります」
「そうしてください。我々は、テンドウ氏の近くを離れられませんので、護衛可能な場所にいていただけないと困ります」
「流石に、湿地帯に潜るための装備は持ってきていませんので」
うん、全力で止められたよ。
そしてジークルーネが装備を水中機動用に換装して、静かに湿地帯に潜っていく。
ちなみに、国王のサインの入った調査依頼書も受け取ってあるので、再生不可能な破壊活動以外はある程度は容認してもらっているのだよ。
──ゴボゴボゴボッ
五分ほどして、ジークルーネが遺跡のカケラを回収して上がってきた。
──ゴトッ
円柱形の柱の一部、折れた先端らしい部分と大理石のカケラ。
それらを数種類ずつ持ってきて船内に並べると、ジークルーネはシャワーを浴びに奥へ。
「これが、遺跡群の回収品ですか」
「古い建物の残骸ですか? あまり見たことない紋様ですが」
「まぁね……さて、始めるか。|解析(アナライズ)」
右手を添えて、解析を開始する。
この遺跡群のカケラの年代測定は紀元前300年前後、大理石製で、その他の不純物が混ざり合っている。
流石に歴史などはわからないと思ったが、『先史文明の議会場の構造物の一部』というところまでは解析した。
凄いぞ、錬金術。
まあ、俺に『|物質の記憶(サイコメトリー)』を読む力があったら、一発だったろうなあとは思うけどね。
「ふぅん。アトランティスの逸話は数あるけど、大体は紀元前9000年代とかが多いんだよなぁ。プラトンが記したとか言われているけど、その辺りの検証もあやふやな部分が多いからなぁ」
「紀元前300年頃でしたら、プラトンはまだ生きている時代ですね。ミサキさまとしては、どうお考えですか?」
ジークルーネが戻ってきて、そう問いかけてくるので、俺としての見解を示すことにする。
「やはり、アトランティスは伝説であり説話である。この湿地帯下の遺跡群は、古代文明のものであるが、アトランティスではないのですね?」
SPの一人が、そう説明しながらガッカリしている。
それならば、簡単に一言で説明してあげよう。
「いや、これはアトランティスの遺跡群だよ」
「「「え?」」」
ほら、鳩が豆鉄砲喰らった顔になった。
そういう反応をすると思っていたよ。
「だから、この下にはアトランティス遺跡群があるんだって。この柱の一部が、その証拠だよ」
「これは大理石ですよね?」
「ああ。正確には『合成大理石』だね。成分としては大理石だけど、自然の大理石には存在しない成分が含まれているんだよ」
それは何か。
一言で表すと、含まれているのは『光』と『闇』、そして魔力。
正確には、『光と闇を圧縮し、魔力で融合化した金属様物質』。
ね、意味がわからないでしょ?
それと大理石を『融合』して、こんな不可思議な物質を作り出したらしいんだよ。
でも、長い時間の間に、仮称・光闇金属は本来の力を失い、風化してしまった。
ちなみに普通に解析したとしても、『光闇金属』は発見できない。
ほんのごく僅かだけ残っていてくれたからこそ、俺でもなんとか発見出来た代物だからね。
これが光を圧縮して作ったとかいうのなら、この後の展開は黄金の骸骨頭の最強ゴーレムとの戦いとかになるんだろうなぁ。
光と闇の圧縮比率2:1のエネルギー金属って、どうやって作るんだよ。
「そ! それはなんですか? まさかオリハルコンとか?」
「そこまではわからないし、このカケラに含まれている量だって、1mgあるかないか。カプセル状風邪薬の中の小さな一粒が薄められて、全体に浸透している感じと思ってくれたら、理解できる?」
「……どのみち、アトランティスの遺産の可能性があることは理解できました。それで、今後の予定はどうするのですか?」
SPさんたち、食いつきすぎ。
目の前に伝説のかけらがあるからといって、アトランティスがこの下にあるとは限らないんだよ?
まあ、場所が場所だからさ、報告したところで大規模調査なんてできないだろうからなぁ。
ここまで重機を運んでこれないよ。
俺たち以外はさ。
「さ、今日のところは帰るとしますか」
「了解です。帰投します」
「ま、まだ時間はありますが?」
「もっと調査を進めたほうが、宜しいのでは?」
「いやいや、今日はこれまで。ジークルーネ、すまないけど、これを元の場所に戻してきてくれる?」
「「戻すのですか」ですって?」
ほら、そんなに驚かないでよ。
「流石に持ち出しは禁止では?」
「いえ、調査目的でしたら問題はないかと」
「そっか。じゃあ、許可も出たから、持って帰って調べますか」
右手を遺跡群のカケラにかざして、|無限収納(クライン)に収納する。
すると、SP達はさらに驚いていた。
「テ、テンドウ氏、カケラはどこに?」
「どこも何も、俺の錬金術で異空間に収納したよ。時間が止まっている世界だから、傷つくことも風化することもない。調査は、外から魔法を使ってのんびりやりますよ」
「そうですか。まあ、テンドウ氏の言葉ですから、信じてお預けしますので」
「よろしくお願いします」
「ええ。それでは、戻って一休みしましょう」
そのまま陸地まで戻り、宿のあるアルモンテへと向かうことにした。
当然、ホバークラフトも収納したよ。
何か、このSPたちは、俺の護衛以外に別の任務を受けていそうだからね。
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