第68話・伝説を求めて・伝説を辿ることにしよう、まずスペインな
明日の朝、俺たちはスペインへ向かう。
隠密用マーギア・リッターのステルスモードで国内に侵入し、のんびりと探索を行う予定であったのだが、諸般の事情により一時中断。
いや、現地で何かあった場合、身分を証明するものがないんだよ。
俺が持っているのはアマノムラクモの国民証だけなので、これを元にして正式な身分証明証を発行して貰わなくてはならない。
幸いなことに、欧州方面でもスペインはアマノムラクモ容認派の国だった筈なので、すぐにヒルデガルドとオクタ・ワンが手配してくれた。
「まあ、当たり前に考えたら、国家元首が密航って洒落にならないよなぁ。確かに迂闊だったわ」
『ピッ……諜報員なら、まだ色々と誤魔化しは出来ましたけど、ミサキさまは目立ちますから』
「まあね。それで、お土産を作ることにしたんだが」
ラボの中で、完成したお土産を見て後悔する。
大型倉庫にあるのは、流線形の蒸気機関車。
型式で似ているのが『LA DOUCE - 12.004』、これを参考に小型魔導ジェネレーターを搭載。
搭乗員から少しずつ魔力を回収し、増幅して使用する『カーリー型・改』を組み込むことで、最低搭乗員数四名での稼働が可能になった。
しっかりとスペイン鉄道規格に合わせて作ったので、いつでも走らせることができるし、なによりも『メンテナンスフリー』に作ってある。
「うん、やりすぎだよなぁ。マーギア・リッターを欲しがる国があるっていうのに、こんなものを先に渡すとは」
「マイロード。まだ、地球の方々に魔導を広めるのは早いとおっしゃっていましたよね?」
「……平和的使用なので、良し! 分解したりシステムに介入しようものなら、自動的に塵レベルにバラバラになるように自壊術式も組み込んだ。これで安全だ‼︎」
本当に安全なのか?
軍事利用なら、輸送という面で使えないか?
いや、これは旅客用だ、それ以外の用途に使用したら回収だ。
それも踏まえての譲渡であり、国民証を認めさせるためには必要なんだ。
「まあ、これ、量産しておいて。母艦の交通機関に使うから」
「え? 母艦の? レールから飛び出しませんか?」
「緊急時には使わないで、平時のみ運転とか。もしくは車輪を改造するか……悩ましい。まあ、これは持っていく」
天井を走るモノレール型もありか。
母艦を作るとなると、交通機関も考え直す必要があるなぁ。
アマノムラクモの市街地の移動は、循環バスだからなぁ。
「さて、これで準備ができたから、そろそろマーギア・リッターで堂々と向かいますか。ヒルデガルド、こいつをコンテナに収めて、運び出せるようにしておいてくれるか?」
「あ、あの、ミサキさま。どこから出すのですか?」
右を見る、人専用扉。
左を見る、人専用扉。
前は、コンソールやらなんやら機材の山。
後ろは、資材置き場用の大型搬入口。
「大型搬入口のエレベーターは?」
「長さが足りませんね」
「……あとで、格納庫で出すから、その時に頼むよ」
──シュンッ
|無限収納(クライン)に収めて、取り敢えずは一安心。
あとは、一路スペインへ。
「忘れ物はないよな?」
『ピッ……国民証の名前を決めましょう。私はアマノムラクモに住んでいる国民を管理するためのものですから、住民台帳基本カ『駄目‼︎』失礼しました』
『……自分だけのカード、すなわちマイカード。国民を管理するナンバーも組み込んで、マイナンバーカードというのは?』
「旅券としての効果もありますから、パスポートでは?」
「……どれも、あるんだよなぁ。国民を示すカードだから、カントリーカード? いや、個人を示す……魂の証明書か」
うーん。
色々と考えても、中々思いつかない。
『ピッ……ソウルカード、ソウルプルーフ、色々とありますが』
「魂、ソウル……いや、アニマ。|国民証(アニマ)でいく」
『ピッ……了解です』
「それじゃあ、行ってくるわ。何かあったら連絡を頼むよ」
そんな感じで、格納庫で完成した魔導機関車をコンテナに収め直して、俺とジークルーネはスペインへと向かった。
なにか、アトランティスのヒントでも手に入ると良いのだけどなぁ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
スペイン。
正式名称は『スペイン王国』。
議会君主国家であり、現在の国王はファン・カルロス3世。
そのスペインでは、議会を挙げての大混乱が起こっていた。
ことの起こりは、アマノムラクモからの親書から始まる。
ミサキ・テンドウがお忍びでスペイン旅行をしたいので、入国の許可が欲しいとアマノムラクモ外務省から連絡が来たのである。
「なんだって我が国なんだ‼︎ アマノムラクモは欧州の現状を理解していないのか?」
「欧州連合としては、アマノムラクモを国家として認めないという方向性で一致している。我が国もそれに倣った以上は、アマノムラクモの受け入れを拒否するべきでは?」
上院、下院共にミサキの受け入れについては反対意見が大多数であったのだが、ファン・カルロス3世は議会の決定を拒否。
速やかに受け入れ体制を整えると、アマノムラクモに返信したのである。
「なぜですか、アマノムラクモは欧州にとっては外敵とも言える存在なのですよ?」
「旅行だって連絡が届いていますから。まだアマノムラクモは国際旅券を発行できない。だから、直接、連絡が来ただけではないか? なにを目くじらを立てる必要があるのかな?」
ファン・カルロス3世は、そもそもアマノムラクモ肯定派である。
議会承認が得られず、欧州連合に追従しているだけであり、本当なら国交を結んでもいいとまで考えている。
「なにが目的なのか分からないのが、危険だと申しているのです」
「観光だと連絡が届いておる。それを疑うのか?」
「ええ。反対です。影ではなにを企んでいるのかわかりません。東方諸国は騙せても、我々の目を誤魔化す事はできません」
第三帝国、月の槍。
アマノムラクモが、それらの対応をどのようにして行ったのか、国連を通じてスペイン議会も理解している。
だからこそ、あの狂気とも思える軍事力が自分たちに向くことをよしと考えない。
だから、仲良くなりたいファン・カルロス3世と、可能な限り近寄りたくない議会で、意見が割れたのである。
「まあ、すでに連絡はしてある。アマノムラクモは国際民間航空機関に所属していないからパスポートを発行できない。だから、軍基地に着陸してもらうことになっている」
「国王‼︎ アマノムラクモに我が国の軍事力を晒すというのですか?」
「我々よりも遥かに高い科学力、軍事力を持つ国だ。今更アマノムラクモに見られたところで、鼻で笑われるのがオチであろうなぁ」
「アマノムラクモから、外部に流れるという心配をしているのです‼︎」
「外部? この世界的ネットワークの発展した現代では、秘密裏に開発を行なっているとかではない限り、どの国の軍事力もある程度は公開されているではないか。我が国に、そのような機密兵器が存在するのかな?」
その問いかけで、上院代表も言葉を失う。
ファン・カルロス3世は、全てを曝け出してアマノムラクモの歓心を得るつもりなのだろう。
「……わかりました。これ以上は、なにも申しません。ですが、アマノムラクモを受け入れたことにより、欧州連合での我が国の立場が悪くならないように祈ります」
それだけを最後に告げて、代表は部屋から出て行った。
「大局を見る目が無いか。まあ、自分たちも学ぶ立場であると理解して欲しいものだがなぁ」
フォン・カルロス3世は、椅子から立ち上がると壁に架けられている一本の杖を手に取る。
代々のスペイン王家に伝えられている杖、それゆえに詳しい鑑定などを行なったことはない。
その杖は、長き時を越えて代々の王家を見つめていた。
それが、オリハルコンで作られていることなど、誰も知らない。
王家の冠と対であり、アトランティスの象徴である魔法金属。
ミサキがその正体を知るのは、もう少し後の話である。
………
……
…
スペインのマドリード、ヘタフェ空軍基地。
その日、軍基地はいつになく緊張に包まれている。
──ゴゥゥゥゥゥゥ
遥か上空から、ゆっくりと降下してくる人型兵器。
アマノムラクモのマーギア・リッターが三機、指定された場所に降りてきたのである。
航空機と同じ誘導で、滑走路上に浮かぶマーギア・リッターを格納庫まで誘導すると、そこからミサキ・テンドウと護衛のジークルーネが降りてきた。
その光景は、アマノムラクモの許可を取って国営放送が生中継を行なっている。
「ようこそスペインへ、ドナ・ミサキ。私はファン・カルロス3世、このスペインの王です」
「ありがとうございます、ファン・カルロス3世。この度は、私の我儘をお許しいただき、光栄に思います」
言葉を交わしてから、お互いに左右の頬に軽くキス。
そのあとは待機しているマーギア・リッターがコンテナを下ろし、扉を開く。
ゆっくりと天井部分が解放し、左右に展開を始めると、そこには魔導機関車が鎮座している。
「おおおおお‼︎ これはなんですか?」
「アマノムラクモのために滞在許可証と身分証明証を発行してくれたお礼です。おそらく、どの国もまだ有していない、アマノムラクモの【魔導機関搭載型機関車】です」
──ウォォォォ‼︎
テレビを見ていた人々は、まさかの出来事に歓喜する。
そしてインターネットで中継を見ていた他国の人々もまた、このニュースを見て驚いている。
「ファン・カルロス3世。こちらが取り扱い説明書になります。後ほど、彼が動かし方その他をご説明しますので」
「おお、そうでしたか。これは大変貴重なものを」
ジークルーネが、後ろに控えていたサーバントを紹介する。
「彼の名前は、源内。アマノムラクモの技術者です。私が滞在している間に、彼から魔導機関車の扱い方を学んでください」
「ありがとうございます。では、入国手続きを行いますので、こちらへどうぞ」
そのままミサキとジークルーネは、マドリードにあるオリエンテ宮殿に案内された。
………
……
…
「……これが、滞在許可証です。こちらが書面で、こちらがパスカードですので、何かあった場合には、警察その他公共機関に提示していただくと良いでしょう」
オリエンテ宮殿内の会議室にて、ミサキとジークルーネは、ファン・カルロス3世から直々に滞在許可証を受け取った。
しっかりと国王のサインと国章の記された、公式な許可証。
そして、普段持ち歩けるようにとカード型の許可証も発行されており、ミサキも頭を下げながら受け取っていた。
「ありがとうございます」
「それで、今回のスペイン滞在、観光以外に目的があるのでは無いですか?」
ファン・カルロス3世も、ミサキが観光という名目で、何かをしようとしているのでは無いかと少しだけ疑っている。
それならば、先に聴いておいた方が、後々面倒ない事にならないと思い、尋ねて見たのである。
「さすがのご慧眼です。私たちは、アトランティスを探してやって来ました。正確には、アトランティスの存在を実証する何か、ですけどね?」
「確かに、アトランティスの存在には、いくつもの説があります。その多くが大西洋説であり、ジブラルタル海峡西側にあったとも伝えられています」
手を組みながら、ニコニコと話を始めるファン・カルロス3世。
「スペイン南方、ドニャーナ国立公園には、それらしい遺跡が多く存在します。まあ、伝説の存在ゆえに確証もなにもないのですがね……」
「ええ。私たちも、まずはドニャーナに向かおうと思っています」
「そうでしたか。宿と護衛の手配もしておきましょう」
「いえ、それには及びません。ゆっくりと羽を伸ばすという意味合いもありますし、なによりも彼女が護衛として同行しています」
ミサキとしては、自分たちの趣味でやって来ているので、スペイン政府の世話になるのは申し訳ないと思っている。
だが、一国の元首が観光です、護衛は必要ありませんなどと話しても、それを許可することはできない。
「せめて二人は付けさせてください。それがこちらからの譲歩案です」
「そうですね。では、お願いします。移動については、ある程度自由にしたいのですが」
「車をご用意したいところですが、そうなると気楽な観光とはいきませんか。わかりました」
そこからは、お互いの情報交換。
とにかく相手が伝説の存在であるため、口伝であったり古い文献を通すことでしか、その姿を見ることができない。
「参考までに教えて頂きたいのですが。ドナ・ミサキは、アトランティスを発見したら、それを公開するのですか?」
アトランティスがスペインに存在したなら。
世界中の人々が、伝説を目の当たりにするために、スペインにやってくるだろう。
そうなると、世界各国の研究機関も動く。
国内が騒然となるだろうが、それをファン・カルロス3世は良しとしていない。
その雰囲気をミサキも察しているし、あまり大ごとにする気もない。
「いえ、私の胸の中にでも留めておきましょう。伝説は伝説のまま。それで良いかと思います」
「ええ。それでよろしくお願いします」
ガッチリと握手を交わすと、ミサキとジークルーネはやってきたSPと共に、宮殿をあとにする。
なお、ミサキたちが最初に向かったのは銀行。
当然ながら、旅の軍資金として持ち込んだのはドルである。
これをユーロに変えるために、ミサキは最寄りの銀行へと向かうことになった。
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