第65話・のんびりと生きる条件とは

──コポコポコポコポ

 ミサキのラボの一角、関係者以外立ち入り禁止の記されている部屋。


 その中には、七機の『高速細胞増殖装置』が並んでいる。

 先日、ミサキが魔導ジェネレーターから救出した七人の脳を移植された人々が、今もなお、眠りについている。

 散々思い悩んだ結果、記憶を失った彼彼女たちには、新しく記憶を植え付けることなどせず、素直に、純真無垢のまま育てることにしたのである。

 それでも、赤子のままから育てるとなると洒落にならないほどの労力を消費すると考え、この装置の中で幼少期まで育ててから、外に出すことにした。


 一般的な記憶や知識などは、オクタ・ワンが睡眠学習システムにより、ゆっくりと刷り込む。

 ミサキの錬金術により、記憶を受け継ぐなど可能なのだが、彼女としては自分のクローンにする気はない。

 結果、オクタ・ワンに若干の負担を強いることになったのだが、その程度では負担にはならないと笑うオクタ・ワンを信じ、ミサキは任せることにした。


 この子達が、外に出られるようになるのは、いつのことになるのだろう。



………

……



 第三帝国の反乱から、まもなく二ヶ月。

 駐留して治療を行ってきたアメリカ駆逐艦の乗組員たちの最後の検診も完了。

 全員、オールグリーン判定が出たので、ようやく帰国が許された。


「……さて、これで対洗脳システムのノウハウは世界中に知られることになった。まあ、うちでしか治せないけどさ」

「そのようです。一部外国では、それらの知識を教わりたくアマノムラクモに留学を希望しているとか」

「教わりにきてもさ、魔力を使った治療部分もあるから、教えても無意味なんだよなぁ……」


 ポチポチと治療手順をモニターで確認するが、当然ながら随所で『魔法による治療』が行われている。

 神聖魔法が使えない俺では、回復魔法は使えない。

 但し、『回復の術式』などは理解しているので、錬金術でそれら回復魔法の役割をする魔導具は作ってある。

 まあ、本物の神聖魔法に比べたら、魔力効率は半減どころか三分の一まで低下しているんだけどね。


「それと、一部諸外国、西欧圏から、アドミラル・グラーフ・シュペーから回収した魔導ジェネレーターの図面及び解析データを公開しろという連絡が届いています」

「なんでまた……」

「現代では解析不能なシステムならば、それを世界で共有し、国家の枠を越えた協力体制で解析に努めるべきであると。全くもって理解不能です」

「はぁ。イギリスとフランスだろ?」

「いえ、ドイツとイタリアです」


 なんだかなぁ。

 現代で解析不能なシステムなら、持っていても意味ないような気がするんだけどなぁ。

 まあ、提供する分には構わないけど、あのままだと問題があるので、こっちでも手を打つとするか。


「……トラス・ワン、魔導ジェネレーターの図面を起こせるか? サラスヴァディ型じゃなく、パールヴァディ型のやつ」

『……可能です。ですが、宜しいのですか?』

「パールヴァディ型は稼働に必要な魔力が多すぎて、まともに稼働するはずがない。そもそも器を用意するのも無理なはずだからな」


 パールヴァディ型はメインフレームの中に収められている魔力反応炉の概念が、そもそも違う。一般的な金属フレーム型反応炉ではなく、魔力反応炉の部分がフォースフィールド応用の『非実体型』。そこからして無理があるんだよ。

 ちなみにアドミラル・グラーフ・シュペーの魔導ジェネレーターは、うちでいうところの『カーリー型』で、生体エネルギーを魔力変換するタイプ。

 しかも、人間の脳を使うという最悪なやつな。

 カーリー型も、搭乗者の自然放出生体エネルギーを感知するタイプが普通で、よくもまあ、あんな外道なシステムを作ったものだと、逆に感心してしまったわ、


『……了解です。サンプルとして、小型模型も付けておきます』

「ありがとう。完成したら教えてくれ、国連に持っていって事務総長に預けておくから」

「では、魔導ジェネレーターの件は、近日中に国連に提出するので、そちらにお問い合わせくださいと伝えておきます」

『……図面が完成しました。引き続き、小型模型の製作に入ります』

「早いわ‼︎」


 相変わらず、仕事が早いことで。

 この調子だと、小型模型ができるのも遠くないよなぁ。

 

「駆逐艦の乗組員は、今は何をしているんだ?」

「パーティですね。明日の正午に出港するので、快癒祝いパーティが繰り広げられています」

「へぇ、楽しそうだなぁ」

「主催者代表からは、ぜひミサキさまにも参加して欲しいという連絡がありましたが、どうなさいますか?」

「……マジ?」

「はい。護衛に幸村と半蔵を付けます。それでよろしければ、ご参加ください」


 おっと、ここに来てパーティとは。

 いや待て待て、いつもなら『危険です』と止めてくるオクタ・ワンの反応がない。


「オクタ・ワン。俺がパーティに参加するのを止めないのか?」

『ピッ……危険度は1%もありません。皆、感謝こそすれど、敵対するものはありません。なお、亡命希望者が十二名ほどいますが、艦長に止められています』

「そういうことなら。ラフな恰好で行ってきますか」

『ピッ……そこは正装で。ラフなパーティ用の装束はご用意してあります』

「……マジ?」


 そう問いかけるや否や、艦橋のワルキューレたちが次々と装束を引っ張り出してきた。

 いや待て、お前ら、それをどこに隠していた?


「この桃色の装束はどうですか?」

「こちらの水玉こそ至高‼︎」

「白地に菖蒲がよろしいかと」

「ここは紋付黒で、きぶつ『それは駄目だ』失礼しました。パワハラ会議はお好きではないのですね?」

「やって欲しいのか? ガチでやるぞ?」

「失礼しました。登る朝日、そう旭『それも駄目だ』えええ、そうなのですか?」


 嫌いじゃないが、色々と面倒くさくなる。

 ということで、白地に菖蒲、緋袴のようなスタイルで参加することになった。

 まあ、妥当なラインか。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯

 


 第三層ホスピタル区画。

 そこにある大規模宴会施設が、今回のパーティ開場である。

 収容人数ならば500人は可能な巨大フロアでの立食パーティ。

 食材その他は全て『パブリックウェスト』持ちということもあり、会場は大いに盛り上がっている。

 そんなところにミサキが顔を出す。

 しかも、サプライズで。



「……失礼。本気ですか?」


 会場の控え室では、駆逐艦カーディス・ウィルバー責任者であるフェリックス・トランプ海軍少将は、目の前のミサキに問い返す。

 いや、ダメ元で招待状を出したのは良かったが、まさか本当に来るとは予想していなかったのである。


「まあな。それで、会場へエスコートしてもらえるのか?」


 スッと右手を差し出すミサキ。

 これにはフェリックスも笑うしかなかった。


「お任せください、フロイライン・テンドウ。それでは参りましょうか」

「あんたも大概に、いい性格しているよ」

「お褒めにあずかり、感謝します」


 そのままフェリックスのエスコートで、ミサキはパーティ会場に姿を表した。


「おい、艦長が女性を連れてきたぞ?」

「確か上の階には観光客が来ていたよな? 知り合いでも連れてきたのか?」

「奥さんじゃないよな……娘さんといってもいい年齢だぞ?」

「お、俺、挨拶してくるわ」


 などなど、ミサキの周りには『怖いもの知らず』の兵士たちが集まり始める。

 そして『恐れを知る士官たち』は、ミサキの正体に気がつき、兵士たちを止めようとするのだが、そっとミサキが手で制している。


「はじめましてお嬢さん。俺はラッドと申します。宜しければ、このあとでデートでもいかがですか?」

「またお前かよ。パブリックウェストでこっ酷く怒られたの、もう忘れたのかよ」


 以前もミサキに突撃して轟沈した下士官のラッド、またしてもミサキに突撃。


「え、ええっと、パブリックウェストの店員さん?」

「と、彼が申しておりますが、フェリックス艦長のお言葉をどうぞ」

「……ラッド。今回は無礼講だからカウントはしないが、アメリカ軍人ならば、もう少し観察力を身につけろ」

「観察力……さ、サーイエッサー‼︎」


──ビシッ‼︎

 いきなり敬礼するラッド。

 その光景に、周りの人々は苦笑している。


「なんだ、ラッドの知り合いか?」

「俺たちにも紹介しろよ‼︎」

「俺もデートしたいよ、お嬢さん」


 酔った勢いの兵士たちだが、ラッドが一言。


「こちらはアマノムラクモ艦長のミサキ・テンドウさまです」

「「「「失礼しました、マム‼︎」」」」


 一発で酔いが覚める。

 なので、ミサキは手を軽く振る。


「無礼講だから、楽にして良いですよ。今日は楽しくいきましょう」


「「「「「「ウォォォォォオ」」」」」」


 歓喜の声が響く。

 そしてミサキは護衛たちの見守る中で、可能な限り兵士たちと語らい、笑い、励ましていた。

 慣れない給仕役を務めているパブリックウェストの店員たちには、サーバントを派遣して負担を減らしたりと、細やかな配慮も忘れない。

 そして二時間後には、まだ盛り上がっている中、ミサキは軽く挨拶をして会場を後にする。


………

……


「これで、少しでもミサキさまが元気になってくれると良いのですが」

『ピッ……私たち作られた存在では、ミサキさまをはじめとした人間の感情を全て把握することはできません。特に、今回のようなケースでは、ミサキさまの心が壊れてしまわないか心配でしたから』

「それは私も同じです。可能な限りの憂いは排除しなくてはなりませんが、まだ、王や劉、及川さんたちには任せられませんからね」


 魔導ジェネレーターから脳を保護してから、ミサキは毎日のように悩んでいた。

 神の摂理に反していないか?

 自分が助かりたいから、彼らを蘇生するのか?

 その悩みはバイオリズムにも顕著に現れていた。

 それを少しでも解消できないかと、オクタ・ワンとトラス・ワン、ヒルデガルドは相談し、今回のパーティの参加を促したのである。


「現在のミサキさまのバイオリズムはどうですか?」

『ピッ……付近で半蔵が計測しています。凄く楽しそうであり、良い方向で安定しています』

『……急ぎ、ホムンクルスたちを稼働させる必要があると具申します』

『ピッ……否。まだ安定期ではない』

「そのタイミングは、オクタ・ワンにお任せします。あまりにも殺伐とした日常が、多過ぎたのですよ」

『ピッ……のんびりした日常を、最優先に模索します』


 アマノムラクモ幹部トップ3は、少しでもミサキの負担になるものを排除する方向で動いている。

 これで、少しではあるがミサキが楽しそうな反応をしたので、三人ともホッとしていた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──ヒュゥィィィィィィン

 駆逐艦カーディス・ウィルバーのガスタービンエンジンに火が入る。

 すでに乗組員たちは搭乗を終え、出港するタイミングを待っていた。


「それでは、この度の治療の件……誠に感謝します」

「また調子が悪い方が出ましたら、いつでもいらっしゃってください。アマノムラクモは軍事協力は行いませんが、病気治療などの人命に掛かることでしたら、協力は惜しみません」

「実費で、ですよね?」


 ニィと笑うフェリックスと、ガッチリと握手するミサキ。


「それでは、お元気で!」

「テンドウ殿も、お元気で」


 最後はお互いに綺麗な敬礼。

 これでアメリカとの契約は終わり。

 洋上デッキから離れていく駆逐艦を暫くの間眺めていたミサキは、何か物悲しそうに艦橋へと戻っていく。


「帰ったよなぁ」

「ええ。明日には、第三層のパブリックウェストの建物をエレベーターアップして第二層に移動させます。観光客から、もっと大型店が欲しいという要望がありますので」

「第二層の店舗はどうするんだ?」

「そこです‼︎」


──ピッ

 モニターにロシアからの親書が映し出される。


「アメリカのパワード大統領が、世界各国の代表に送ったメッセージです。洗脳の可能性のある人たちをアマノムラクモで治療しようと」

「駆逐艦カーティス・ウィルバーの治療が成功したから、各国にも促したのか」

「はい。それでですね、ロシア艦隊から一隻、洗脳疑いのある兵士たちを治療に遣したいとかで」

「まいったなぁ。また、しばらくは忙しくなりそうだよ」


 困った声で話しているが、ミサキは嬉しそうである。

 

「では、お断りしますか?」

「いや、ノウハウは揃っているから大丈夫だ、アメリカと同じ条件で受け入れると返信しておいて。期限は二ヶ月間で」

「了解です。それに伴い、ロシアの大型ショッピングセンターも出店要請を出していますが」

『ピッ……ロシア三番手のカタリーナモールです。パブリックウェストと同じ条件で受け入れて構わないかと思われますが』

「うちは万博会場かよ‼︎ まあ、ロシアが来るんだから、受け入れないとまずいよなぁ。建物の改築は間に合うのか?」

『ピッ……二層から空き店舗を下ろします』


 便利だなぁ。


「ミサキさま、また暫くはのんびりできないかもしれませんが、ご了承ください」

「まあ、別に構わないよ。ロシアの件はオクタ・ワンたちと協議して進めて構わないから」

「わかりました」

『ピッ……了解です』

『……あまりミサキさまのお手を煩わせることは、しない方が良いかと』

「ああ、トラス・ワン、俺は別に構わないから。じゃあ、一休みしてくるわ」


──プシュゥゥゥゥゥ

 そう告げて艦橋から出ていくミサキ。

 先程までの寂しさなどどこ吹く風、今度はロシアのモールが来るからと、今からワクワクしている。

 

 このロシアの受け入れについても、オクタ・ワンとヒルデガルドが率先してロシアへと連絡をしてきたことなど、とっくにミサキにはお見通しであったが。

 それでも、ミサキはみんなに感謝していた。


「……全く、俺にはもったいない仲間たちだよなぁ」

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