第64話・オカルトとファンタジーと化学の狭間

 グアム島。

 ニミッツ・ビーチ・パーク南西の浅瀬に係留された、第三帝国の遺産『アドミラル・グラーフ・シュペー』の解析作業は、ミサキが参加することにより大きく変化を始めた。

 

 三日目までの調査により、その全貌が明らかになったのはありがたいのだが、まだ、各国の研究員が欲していたものについては、ミサキの口からは公表されていない。

 そのため、研究開発という名目で、現在までの解析データを公開してほしいとミサキに進言した結果、ミサキも快く説明を始めたのである。


「あの、バリアシステムは、どのような理論で発生しているのですか?」

「魔法です」

「バリアシステムの強度と、それを生み出すエネルギーについて教えてください」

「魔力依存の強度でして、必要エネルギーは魔力です」

「88センチ砲の威力増幅についてですが」

「はい、魔力を用いて、レールガンのようにしているのかと推測されます」

「脳波コントロールシステムの要となるのは」

「魔力ですねぇ」

「……魔力って、なんですか?」


 何を聞いても『魔力です』としか返答されないので、ようやく研究員たちも魔力のことを問い始める。

 ミサキにしてみれば、ようやくかよという気持ちであるが、問われたならば答えるのが定め。


「では、まずは魔力の根幹たる人間の形成から説明しましょう。私たち人間は、物質界、すなわちマテリアルによる肉体構成を行なっています。ここに精神体であるアストラル、そして人間の根幹たる物質のソウルを組み込むことで、人間の肉体が構成されています。では、まず最初にソウルとは何か、これについて説明しましょう」


 先ほどまでとは一転して、会議室にミサキのウキウキした声が響く。

 そしてホワイトボードに図解入りで説明を始めるのだが、その場の研究員の誰もが理解不能状態に陥ってしまう。

 それでも、ミサキは淡々と説明を行い、午前中は『人格と魂の繋がり』までの説明を終えたのである。


「よし、お昼ですので休憩。次は午後2時から再開しますので」


 それだけを告げて、ミサキは会議室を出る。

 その場に残った研究員たちは、ミサキの言葉の一つでも理解できたのかと、集まって話し合いを始めていた。


「こ、こんなオカルト話を聞いていても、全く理解できん‼︎ 我々が知りたいのは技術であり原理だ。これ以上、テンドウ氏の無駄話に付き合う必要はない‼︎」

「いや、それなら、君はあの船の魔導ジェネレーターについて、科学で説明できるのか?」

「い、いや、だからこそ知識が必要なのだろう? あのジェネレーターとオカルト話に共通点があるとは思えない‼︎」


 フランスの科学者は、ミサキの話が無駄話だと主張。

 これには他の国々は猛反発。


「そもそも、君はオカルトを履き違えていると思うがね」

「じゃあ、アメリカの科学者は、オカルトを説明できるというのか?」

「当然だ。オカルトとはすなわち、語源の通りに『隠されたもの』を意味する。生じて、神秘なるもの、未知なものもオカルトに分類する節があるのだがね」

「神秘なるものは、ファンタジーでは?」

「そうでもあるし、違うとも言える。ファンタジーとオカルトの境界線を、懇切丁寧に、万人全てが納得するように説明できるものは、ここにいるかな?」


 イギリスの科学者は、その場にいる全員に問いかける。

 だが、誰もその定義をはっきりと言い切るだけの自信を持っていない。

 オカルトもファンタジーも、定義はどちらもあやふやであり、取るものによっては入れ替わることもある。


 神秘なるもの=オカルト

 幻想的なもの=ファンタジー


 こう考えるならば、たしかに分からなくもない。

 だが、さっきのミサキの話していた人の構築、魔導ジェネレーター、どちらもオカルトでありファンタジーであろう。

 

『人間には、精神と体と魂があるんだよ?』


 これはファンタジーに近い説明であるが。


『人間は物質界と精神世界、そして幽子界があって』


 こう説明されるとオカルトっぽくなる。

 つまりは、そういうこと。

 どちらも空想的な存在であるのだが、やんわりと説明するのがファンタジー。

 理路整然と、法則があるかのように嘘を並べられるのがオカルト。

 この程度の認識で十分であろうと、あちこちの科学者は理解することにした。


 そして大問題。

 科学者には、オカルトもファンタジーも必要ではない。ミサキの説明は、神秘学者や月刊ラ・ムーの編集者が聞いていたら、涙するレベルの説明である。

 でも、そこにはワンダーしかない。

 科学にワンダーは必要ないと、彼らは主張するのだが、ミサキの説明はワンダーありき。

 故に、科学者にとっては苦痛なのだ。

 彼らなりに理論を立て、オカルトを除いた科学として成立させようとしたら、きっとミサキは、ある偉人の言葉を借りて、こういうだろう。


『そこに、ワンダーはあるのかい?』と。


──ガラッ

「あ、もうみなさんお揃いで。それでは午後の説明を始めますか」

「「「「「え?」」」」」


 ふと科学者たちは時計を見る。

 午前の講義が終わってからの休憩時間、彼らは昼食を食べに行かずに、ここで論議をしていた。

 それこそ、空腹を忘れ、時間を忘れて。


「それじゃあ、始めますか。次はマテリアル、肉体と魂の結びつきについてから始めるね」


 呆然とする科学者たちを置いたまま、ミサキは午後の説明をのんびりと始める。

 そして淡々と講義を続けること四時間。

 午後六時に、ようやく講義は終わった。


「……ということで、魔力は体内の魔力回路、つまりマテリアル体の中を巡るアストラルパワーであるということで、結論の一つとして終わらせることにします。ここまでの話を理解してくれたなら、皆さんの体の中にも魔力は存在し、訓練によっては自在に操ることができるって理解してもらえたでしょう。では、今日はここまで」

「え? 明日もあるのですか?」

「明日は、また質問形式で答えるよ。でも、これで『魔力による稼働』の理屈も理解できたよね?」

「……わ、我々はまだ、その領域には到達できていません。明日は、もっとわかりやすく説明してもらえますか?」


 各国代表のトップブレイン、ミサキのオカルト理論に壊滅状態である。


「簡単にわかりやすくとなると、『アドミラル・グラーフ・シュペーは魔力によって制御されているマジックアイテムであり、現代科学では解明できない』で終わるけど、いいの?」


──ガクッ

 科学者全員、ギブアップ。

 

「い、いえ、明日もよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 意気揚々と会議室を出るミサキ。

 それを見送った科学者たちは、全員が机に潰れていった。

 


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「いやぁ、実に有意義な調査だったよ」


 全工程七日間の解析依頼を終えて、ミサキはアマノムラクモに帰ってきた。

 調査らしい調査は三日間のみ、その後の三日はミサキによる魔力講習と質疑応答。

 最終日が魔力の実践。

 頭でっかちの科学者ばかりなので、最終日の魔力実践については期待はしていなかったのだが、日本とロシアの科学者は、魔力を生み出し掌の上に『ビー玉』程度の魔力玉を作り出すことに成功。

 その褒美にと、二人にはアマノムラクモ入国許可証が発行され、ミサキ自ら手渡した。


「まだまだ、この世界は魔法については歩き出したばかり。でも、本当にそれが必要かどうかなんて、誰にもわからないんだけどね」

『ピッ……アマノムラクモのシステムやマーギア・リッターを欲するのならば、魔力は必要となるでしょう。ですが、そうでない場合、身につけた魔力は手品の延長にしか過ぎません』

「それでもさ、アマノムラクモノの話は真実であるって証明はできる。眉唾な誤魔化しではなく、真実としてね」

「日本とロシアの科学者は、今後苦労することになるのでは?」


 まあ、それはほら、勝手にやってくれって感じだ。

 後始末までは、俺の領分じゃない。

 身につけさせろと言われても、知らんって突っぱねられるし、あの講習会を録画していたと思うからね。

 あとは自国でご自由に。


「さて、それじゃあ、アドルフの後始末をしてくるよ。ラボに籠るから、何かあったら連絡よろしく」

『ピッ……かしこまりました』


 さて。俺にとっては、ここからが本番。

 ラボに向かって倉庫区画に移動すると、回収してきた魔導ジェネレーターを取り出す。


「ふう。あんまり気持ちのいいものじゃないんだけどさ……助けてやるから、待っていろよ」


 外装甲板を魔法で分離して、内部をむき出しにすると、その下部にあるタンクに手を添えて、内部を魔力スキャンする。


「……六人分の、生きている脳か……」


 このタンクの中の脳は、メインのエネルギー源が枯渇した時のための『予備パーツ』として存在する。

 あちこちに『保存』の術式を組み込み、『活性化』と『癒し』の術式で生きている存在。

 タンク内の培養液も、それように調整されている。


「多分、自我は消されているだろうなぁ。心臓も必要とせず、生きた部品として『生かされている』だけの存在か。賭けるしかないよなぁ」


 俺の賭けはひとつだけ。

 遠隔で、こいつらを無限収納クラインに収納する。

 もしも無限収納クラインが、こいつらを『部品』として認識したのなら、彼らは無限収納クラインの中で永遠に眠ってもらう。

 もしも無限収納クラインが収納を拒否したのなら、彼らは生きている人間だ、然るべき処置をする。


「ターニングポイントは魂か。散々、科学者たちには偉そうな話をしていたけど、自分が直面すると、それだけでは割り切れないんだよなぁ…。南無三‼︎」


──ピッ

 タンクに手を添えて、遠隔で無限収納クラインを起動する。

 タンク全体が光り輝き、そして光が収まった時。

 タンクの中には、全ての脳が漂っていた。


「……よし、あんたらの年齢なんか知らんから、俺がもう一度、あんたらに新しい肉体を作ってやるよ。偽善者だと言われるかもしれないけど、俺にできる最適解だからな」


 そうと決まったら、作業を始めるか。


「オクタ・ワン、ホムンクルス用の細胞増殖装置の準備を頼む。全部で六人分だ」

『ピッ……二日ほどお願いします。基部はミサキさまにしか作れませんので』

「そこは俺がなんとかする。頼むぞ」

『ピッ……サンプルとなる細胞はどこから仕入れますか?』

「仕入れっていうなよ……ホスピタル区画で治療中のアメリカ兵から可能か?」

『ピッ……増殖後の脳移植時に、拒絶反応の可能性があります』

「最良のパターンは?」

『……神に与えられたミサキさまの身体なら、その細胞なら可能かと。ただし、ミサキさまのクローンとなりますので、危険性があります』

「……折衝案は?」

『ピッ……ミサキさまの子供の細胞なら、失礼、お願いですから破壊しないでください』


 俺の殺気を感じ取るとは、やるなオクタ・ワン。


「遺伝子操作で、調整できるだろう?」

『ピッ……遺伝子操作は危険です。隣の畑に花粉が』

「誰が大豆の話をしているんだよ。まあ、誤魔化すってことは、できるんだな?」

『ピッ……やれと命じるだけで問題ありません』

「それじゃあ頼む……」


 あとは、オクタ・ワンに任せるよ。

 最後の調整は俺の手が入ることになるのはわかっているけどさ。

 せめて、こいつらは……。


「って待て待て、七人分だ、ジェネレーターに設置されているやつもどうにかしないと」

『ピッ……失念』

「いや、俺が悪かった、頼むわ」


 あっぶねぇ。

 後から慌てなくてよかったよ。

 まあ、これで全て解決したらいいんだけどなぁ。


………

……


 一仕事したので、温泉に浸かって疲れを癒す。

 ただ、本当に俺がやったことは正しかったのかと、まだ悩ましい。

 彼ら七人にはホムンクルスの身体を与えて、人として生まれ変わってもらう。

 でも、本当にそれが正しいのか。

 肉体を失った時点で、それは人間としては死んでいるのではないか?

 それを、俺が勝手に、体を作って蘇らせるというのは、俺のエゴじゃないのか?

 助けられなかった大勢ではなく、目の前の数人を助けて、『自分を助けている』んじゃないか?


「……何が、新しい肉体を作ってやるだよ……俺は、神様なんかじゃない、人の生き死にをどうこうして満足しているだけじゃないのか」


 この力だって、アマノムラクモノだって。

 全ては、神様から与えられたもの。

 それを使って、まるでなんでもできる、万能だなんて思っていても、心の中では、こんなものだよ。


「人の生き死にを、どうこうするなんて……か」


 助けるなら、全て助けたい。

 でも、それは俺のエゴでしかない。

 アマノムラクモノの技術を広めないのもエゴ。

 理由をつけて人を助けるのもエゴ。

 

「エゴの塊か。まあ、それが人間なんだろうなぁ」


 短期間に色々とあり過ぎたんだよ。

 少し、ゆっくりしたい。

 そうだよ、俺は、ゆっくりしたかったんだよ……。


 

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