第63話・存在意義と、存在の定義

 日本国のアマノムラクモ外交は、苛烈を極め始めている。


 アマノムラクモ対策委員会により、アマノムラクモとの付き合い方、通商貿易、軍事協定、技術提携などの話し合いが行われてきたにもかかわらず、日本としてはアマノムラクモから受ける恩恵がないと野党が猛反発。

 結果として、通商貿易のみの条約締結を行うことで与野党の合意となり、国会において承認された。

 あとはこれを締結するだけであり、二カ国間条約ゆえに、締結文書に署名して交換することで終了となるのであるが、誰が署名するかで、またしても揉めている。

 条約の締結ならば、全権を委任されているロスヴァイゼの署名で構わないはずなのだが、ここで与野党がまたしても対立。

 日本は条約を『結んでやるのだから、こちらに来させろ』という野党に対して、『お互いに同じ立場であるべき』という与党の意見がぶつかりあった。

 すでに国会承認は終わっているものの、いつまで経っても埒があかないということでロスヴァイゼは帰国、条約を結ぶ気があるのなら、全権大使をアマノムラクモに送るようにと告げて、帰還した。



「今回のアマノムラクモの件、日本としては断固として受け入れることはできません。そもそも、条約を欲しているのは日本ではなくアマノムラクモではないのですか?」


 今日も国会で、総理大臣が追及されている。

 条約締結をどちらの国で行うのか、ただそれだけの話であるものの、野党は『日本のメンツ』を理由に、アマノムラクモでの締結は行うべきではないと意見する。

 そして与党としては、そんなくだらない事でアマノムラクモの反発を招くようなことはしないと野党の意見を却下。

 またしても『くだらない意見』により、与野党の珍問答が始まっていたのである。

 

………

……


「あーっはっはっはっ。なかなか凄いことになっているなぁ」


 帰還したロスヴァイゼからの報告を受けて、俺は思わず笑ってしまった。


『自分たちの利権にならないアマノムラクモを、与党が手に入れるのを阻止している』


 それがロスヴァイゼからの報告に含まれている。


「野党の後ろにいた連中は? そのあたりの調査も終わっているんだろう?」

「はい。こちらがそうですが、もう日本は見限った方が良いかもしれませんが」

「まあ、とっくに見限っているけどさ。弱腰政権とか、東の顔色しか伺わないって言われて、西側とアジアに対しては表向きは強気な与党と、その実、裏ではアジア諸国と手を組んで日本を植民地化しようとしている政党とか.…」


 裏がわかると、頭が痛くなる情報が目白押し。

 これを一挙に公開すると、日本国内は混乱の極みアーッて感じになるだろう。

 つまり、いまが一番バランスが取れているということ。

 良いのか悪いのか、さっぱり分からん。


「マイロード。日本政府からの申し出は受けるのですか?」

「ん? 締結の話? 日本はね、アマノムラクモとの通商条約を国会承認したにも関わらず、野党がイチャモン付けて俺の全権を持っているロスヴァイゼを否定したんだよ? 本来なら与党の独断で締結しても構わないのを、しなかったんだからね」

『ピッ……つまり、与党も一枚岩ではない。アマノムラクモに反発して、手を切りたい政治家もいると言うことですか』

「そんなところだね。ということで、この件は保留。アマノムラクモの方針は一つ、条約締結して欲しければ、此処にこい。この話は以上‼︎」


 日本との国交については、まあ、この程度なんだろうさ。アメリカとは通商条約締結は終わってるので、観光客が出入りしている。

 そこに中国とロシアも絡みたいらしく、連日のように連絡がきている。


 観光客の中にスパイを紛れ込ませて、こっちの情報を手に入れたいんだろうけど、持っていかれて困る情報なんて、彼らの手の届くところにはないからなぁ。


「ん〜、ヘルムヴィーケ、ロシアに外交官として行ってきてくれる?」

「はい、喜んで。国交に関することですか?」

「そういうこと。ロスヴァイゼと情報共有して、うまくやってみてくれると助かるよ」

「畏まりました。それではヘルムヴィーケ、御身のために」


 一礼して艦橋から出て行くヘルムヴィーケ。

 その姿を、ハンカチを咥えてグヌヌしているロスヴァイゼだけど、いつのまにそんな芸風を身につけたの?


『ピッ……観測データによる解析が終わりましたので、ご報告します。トルコ共和国アララト山中伏地下空洞に、大型金属反応がありました……』

「それって、あれ?」

『ピッ……全長200mの宇宙船です。内部についての解析は不可能でしたが、おそらくは恒星間航行可能なものかと推測。麓の村人は、彼らの主人の血を引くもので間違いはありません』

「村から外に出た人はいるの?」

『ピッ……すでに長い年月が経過しています。村人の中には、先祖の意思を継いで船を守っている方もいらっしゃいますし、逆に他の村から嫁いできた方もいらっしゃるようです』


 血の交雑という言い方は好きではないが、純血種という人は、多分もう存在しないのだろう。

 

「管理人は、うまく打ち解けています。現地諜報員からの報告では、彼は、山の中の船に気付いたようです。何か対応は必要ですか?」

「いや、彼に任せるからいいよ。あの船は彼らのものだから、彼らに権利がある。それを政府が気づいて取り上げるとなると、話は別だけどさ……」

「現在のトルコ政府は、月の槍のインゴットの解析に必死ですわ。まさか自分たちの懐に、それよりもとんでもないものがあるなんて知ったら、どういう反応をすることやら」


──クスッ

 ヒルデガルドが笑う。

 まあ、俺としても気になるところではあるけど、あれもこれも一度になんてできないからね。

 

「さてと。グアム行きは夕方だったよな。少し早いけど、準備して出かけますか」

『……カリバーンをご用意しますか?』

「いや、斑鳩でいく。護衛に三人付けてくれるか?」


 夕方からは、グアムのアンダーソン空軍基地に向かうことになっている。

 例の第三帝国から鹵獲した飛行船の内部調査依頼が、国連を通じて連絡されたのでね。

 最近の国連は、アマノムラクモ相手のやり方のコツを覚えてきた。


 アマノムラクモが干渉しないというのは、『自分たちから率先して』というのが行間に含まれていると理解してくれたらしい。

 表立っていう気はなかったし、依頼として頼まれたならば、都度、対応を考えればいいだけ。


 今回も各国の研究機関が、お互いに牽制しあって何も進まなくなったことに怒りを覚えた西側諸国が、国連に対応を協議して欲しいと連絡したらしいからね。

 西側としては、あの飛行船の調査の主導は、『過去に第三帝国の被害を受けたヨーロッパ諸国』にあると判断して欲しかったらしいが、まさかのアマノムラクモ介入に、絶句したらしい。

 さて、絶句して困り果てている研究員さん達の顔でも見てきますか。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「何も分からない、では済まされないのだぞ? 夕方にはアマノムラクモが介入する。そうなると、テンドウに割り当てられた一週間の調査期間で、全てが白日の元に晒される可能性がある」

「そうなったら、どの国が第三帝国の技術を手に入れるかという問題も無くなるのでは?」

「そうではない。我が国が独占できないことに、問題があるというのだ。どうにかして、アマノムラクモの企みを阻止できないのか?」


 フランス国民議会は、今日も大波乱。

 満を辞して送り出した自己の研究チームからの報告は、いつもいつも『アンノウン』の一言。

 調査に必要な機器を追加で送り出しても、人員不足ということで指定された研究員を派遣しても、帰ってくるのは『アンノウン』。

 もっとも、この件についてはフランスだけでなく、ほぼ全ての国家が解析に失敗している。

 唯一、ドイツから派遣された研究員だけは、何かとっかかりを見つけたらしいが、それでも100%理解不能が、99.9〜%という状態に変化した程度。

 ゆえに、フランスだけではなく、世界中の研究機関が焦っている。


 唯一、全く焦りを感じていないのは、中国ぐらいであろう。

 月面の謎車両のレポート、月の槍のインゴット。

 そして独自に入手した三角形のプレート。

 これらの解析を行なっているため、余計なことに手を回す余裕がない。

 

「いずれにしても、アマノムラクモの介入を阻止しなくてはなりません。あれは、我々の世界には百害あって一利なし、そうではないか?」

「アマノムラクモのことだ、祭が過ぎたら、さようなら聖人様。我々が依頼したことなど忘れるだろうさ」

「結果泥棒も甚だしい。今からでも、国連を通じて連絡した方がいい」


 元老院が未だ機能していない状況では、どれだけ論議を尽くしても何も変化はない。

 寧ろ、本来行わなければならないEU法についての審議が遅延しているため、アマノムラクモなどという瑣末な問題は後回しにすべきである。

 元老院の内部に第三帝国関係者がいたこと、そして姿を消したという事実から目を背けたいのが、よくわかる状態である。


 結果、アマノムラクモの件は国連に丸投げ状態にしたのは自分たち西欧諸国であると、大統領が厳しい言葉を投げかけ、アマノムラクモの件は全て保留にすることになった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アマノムラクモを出て、グアム島に到着した翌日。

 俺とヒルデガルド、解析用サーバントの司馬懿と諸葛亮、そして護衛の本多忠勝を連れて、俺は鹵獲した第三帝国の飛行船に乗り込んだ。

 

──ゾロゾロ

 俺たちの後ろからは、各国の研究員代表がついてくる。

 作業の邪魔になるから同行はダメだと話したのだが、どうしても連れていってほしいと懇願されたので、やむなく五名まで、各国一名という縛りをつけて許可をした。


「ミサキさま。内部フレームはミスリル0.1%のアルティマ合金のようです。魔力循環回路が刻まれていますので、強度はアダマンタイトと同等かと」

「はぁ。そんなのどうやって加工したんだよ……分からないよなぁ」


 艦内は掃除され整理されたらしく、爆風によって煤けているということはない。

 だが、やはり機材のほとんどが損傷しており、使い物にならなくなっている。


解析アナライズ……これは航行システム、こっちは通信管制。ええっと、これはなんだ?」


 破壊された機械の一部、剥き出しになった銀色に光る箱。それがなんなのか、興味が湧いた。

 通信管制システム内にありながら、破壊されていない。


「どれどれ、解析アナライズ……ははぁ、そういう事か」


 内部には、第三帝国が使用していた洗脳システム『針』に対する命令を行うための擬似人工知能が組み込まれている。

 まあ、外部からの魔力供給がなくなったので停止しているけど、ぶっちゃけ危険。


(……内部データの消去は……いや、ボックス内部を無限収納クラインに収納、いけるか?)


──シュンッ

 中身だけを無限収納クラインに収納したので、もう用事はない。 

 あの箱を開くことなんてできないだろうから、謎は永遠に謎のまま。


 その後も、あちこちを調べたり質問に答えつつ、初日の調査はおしまい。

 そして二日目が、いよいよ本番。


………

……


──ゴゴゴゴゴ

 二日目の今日は、飛行船アドミラル・グラーフ・シュペーの動力炉の解析。

 この名前は、捕虜から聞き出したらしく、正式名称だそうで。

 そして、巨大な気嚢部分に組み込まれた動力炉のある部屋に向かうが、入り口がない。


「……あ〜、そういう事か」


 解析アナライズで調べたが、中に入るには壁の一部を変形トランスで解放しないとならない。

 つまり、アドルフ以外には入ることができないようになっている。


「ここからは危険ですから……変形トランス


──グンニャリ

 いきなり壁が溶けたように左右に広がったので、研究員たちも驚きを超えて言葉を失っている。

 そのまま内部に入ったが、見た感じは巨大な原子炉が設置されているようにしか見えない。


「さて、鬼が出るか邪が出るか」


 再度の解析アナライズ

 そして得た情報。

 内部には、魔力を電気に変換するコンバーターが組み込まれており、さらに増幅回路、電気を魔力に切り替える逆変換回路、魔力に指向性を持たせる霊子コンデンサーなどがびっしりと組み込まれている。

 

「ははぁ。こいつ一基で、日本の電力程度なら賄えるか。化け物だなぁ」


 思わず感想を声に出していっちまったよ。

 後ろからはドヨドヨッて動揺している声も聞こえてくる。


「そ、それのエネルギーはなんですか? 燃料は?」

「魔力だね。だから、地球人でこれを使える人はいない。これは、アマノムラクモが貰い受けるから」

「‼︎」


 これは、国連から依頼された時の約束。

 どうしても地球のテクノロジーに相応しくないシステムがあったら、一つだけ、アマノムラクモが譲り受けるって。

 だから、これはアマノムラクモが貰う。

 だってさ。

 魔力って誤魔化したけど、本当のエネルギー源って、『人間の脳内物質』なんだよ? それも生きている……。


 この中には、人間から取り出した『脳』が、生きたまま保管されている。

 そこに定期的に電気信号を送る事で、脳内物質が生成される。それをフィルターによって濾過し、魔導変換術式によって大量の魔力を生み出している。

 そして、脳内物質の生成が不可能になると、脳はカードリッジのように交換される。


 アドルフの作り出した魔導ジェネーレーターは、狂気そのものだったよ。


──シュンッ

 一瞬で無限収納クラインに回収すると、後ろの研究員が文句を言っているのがわかる。

 

「ま、まだ、我々はその解析を終えていない‼︎」

「全てが終わってからでも、回収は問題ないだろう‼︎」


 どこの国も、一国を賄う電力システムが欲しいのだろう。

 だから、国連が発行した証明書を取り出して見せる。


「このシステムは、まだ地球のテクノロジーには早すぎる。この契約書に則り、アマノムラクモが接収する」


 これで誰も文句が言えない。

 さあ、このままチェックを進めていこうじゃないか。


………

……


 三日目には、艦橋があった区画の調査。

 煙突現象で爆風が逃げてきたため、一ヶ所を除いて原形はとどめていない。


 その一箇所、艦長席の真下の銀色の箱。

 これがなんなのか、誰にも解析できていない。


「さて、最後の仕事……解析アナライズ……あ、おっけ」

「それはなんですか?」

「脳波によるコンソールシステム。使用者の脳波を読み取り、各システムに命令伝達を行うようになっている。これを使うとだね、登録者はこの椅子に座っているだけで、アドミラル・グラーフ・シュペーを、自在に操ることができるんだ」


 まあ、そんなことだろうと思った。

 乗組員は大勢いても、アドルフは一人でこれを動かせるシステムを構築したんだ。

 本当に信用できるものが、いないから。

 だから、万が一の時には、自分だけでアドミラル・グラーフ・シュペーを操縦できるように。


 まあ、今となっては、それが真実かどうかなんてわからない。

 ひょっとして、アドルフは、蘇ったのはいいが、誰も信用できず、苦しんでいたのかもしれない。

 でも、やり過ぎたんだから慈悲は無い‼︎


 これで、基本的な調査はおしまい。

 明日からは、残り四日間をどうやって潰すか、そこを重点的に考えるとしよう。

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