第55話・深淵からの挑戦・異星人の遺産と、亡命者と

 長い時間が経過していた。


 彼らの主人は、彼らに、眼下に広がる惑星の調査を命じていた。

 その目的は一つ、滅びゆく星を捨て、新たなる故郷となる星を探すため。

 主人たちは、宇宙全域にわたり、故郷となる星を探すために、調査船団を派遣した。

 人間は乗っていない調査船団、それを統括するのが、人工頭脳と呼ばれる母船。

 幾多もの星系を旅し、主人たちが生存できそうな可能性のある星を探しては、調査を行ってきた。


 彼らが太陽系にやって来たのは、今から一億五千万年前。まだ人類が地球に生まれる前、巨大な爬虫類が世界を支配していた時代。

 今とは大気組成が違い、彼らの主人が生存できる可能性がゼロだった時代。

 母船から切り離された彼らは、観測のために星の周囲を巡る衛星に着陸すると、ゆっくりと地下に観測施設を建造した。

 そして基地の建造が終わると、また別の惑星へと移動を開始し、主人たちが移住するための星を探していた。


 月面地下基地を建造した彼らは、そこから一万年もの間、監視を続けていた。

 ゆっくりと変化する大気組成、大陸、生態系を監視し、一つの結論に達する。


『この星は、移住不可能なれど、いつかは可能となる可能性がある』


 生物の進化を確認した彼らは、月面のあちこちに、合計20枚の生体端末を配置した。

 これは、大いなる賭けである。

 地球に主人たちと同じような人類種が生まれ、月まで到達できるだけの技術を身につけた時、再び観測を開始する。

 生体端末であるプレートを、星の人類が手にした時、あるいは、星に持ち帰った時、再び施設は活動を開始する。


 そして、その賭けは、星にプレートを設置してから一億五千万年後に勝利する。

 

 目覚めた彼らは考えた。

 予想よりも、人類種の進化が早かったことを。

 そして、危険な存在になっていたことを。

 今、星に主人たちが移住することは危険である。

 それならば、星の人類種を淘汰すればいいと。

 

 すでに、移住する先が見つからずに滅びた彼らの主人のために、彼らは、地球を主人たちの新たなる故郷と決定した。


………

……


「なるほどなぁ。それで、月面を走っている無人探査機を破壊して、ゲートウェイを吹き飛ばしたのか。月面基地の秘密を守るために」


 月面から謎車両を回収してから一週間後。

 ここまで俺は、ずっと金属球体に包まれた電子頭脳改め『人工頭脳』の解読と解析に全力を注いでいた。

 なんといっても、俺もよくわからない代物で、錬金術でどうにかなるレベルではなかったよ。

 それでも解析アナライズをひたすらかけ続けて、分析解析を繰り返して、ようやく内部メモリーであるプレートの解読に成功した。


「マイロード。それで、月面では、何が起こっているのですか?」

「さぁ? この人工頭脳である『スレイブ』は、月面にある敵性対象の除去が仕事らしいからね。それを回収する部隊と、解析する部隊が色々と作戦を練っている可能性はあるけどさ」

『ピッ……彼が、地球に降下する可能性はありますか? もしそうならば、かなりの脅威となるかもしれません』

「そうなんだよなぁ……」


 うちの最強兵装である魔導パルスレーザーが反射されるんだよ、この金属は。

 でも、物理的には弱い。

 それならば火薬兵器とかにも弱いと思ったんだが、それは無力化されたんだよ。

 一体どういうこと? そう考えて調べても、全く見当がつかない。

 火薬兵器の物理的な衝撃には無敵耐性なのに、なんでマーギア・リッターの格闘では破壊できたのか。


『……マーギア・リッターは装甲表面を魔力で覆っています。それは反射されていないのですよね?』

「そうなんだよ、だから不可解でさ……でも、わかっているのは、地球の兵器は全て使い物にならないっていうところかな?」

『ピッ……日本の乗組員も、頭を捻っていますね。それに中国クルーの残存チームも』

「まあな、だから分からないんだよ」


………

……


 ちなみに、三日前に中国の輸送船がアマノムラクモにやってきた。

 そこで契約通りの荷物を確認して受け取り、大気圏突入時に使用した降下船と乗組員が中国船に戻るときに。


「私は本国には戻らない。アマノムラクモに亡命を希望する‼︎」

「同じく。本国よりも、このアマノムラクモの方がしっかりとした研究施設があります。私たちは、ここで、自分たちの知識や技術を高めたいと思います。その見返りとして、私たちの知識全てを差し上げます!」


 引き渡しの時に、王佳丽ワン・ジャリー劉鋼リュウ・グァンという二人の乗組員がアマノムラクモに亡命を宣言。

 その場で急遽話し合いが行われて、二人は正式にアマノムラクモに亡命した。

 彼らはアマノムラクモ国民の第一号と第二号となり、昨日まではサーバントからアマノムラクモでの生活について学んでいたのである。


 現在は、アマノムラクモのスタッフとして、未だ話し合いがまとまらない日本人スタッフとともに、謎車両の解析を行っている。


………

……


「しかし、まあ。さすがは異星人のオーバーテクノロジーだよなぁ。生体金属による繋ぎ目の存在しない車体、地球まで観測できる千里眼のようなシステム、いかなる電波、音波、電磁波をも吸収する監視衛星。オーバーテクノロジーにも程があるよ」

『ピッ……アマノムラクモと同レベルのテクノロジーも確認できます』

「それが、これかぁ……」


 画面に映し出されたのは、地球周回軌道上に存在する、黒い物体。

 これは、コードネーム『ブラックナイト衛星』と呼ばれている未知の存在であり、一説では国際宇宙ステーションから外れてしまった熱ブランケットであるという説があるものの、近寄って確認することなどできず、遠距離からの監視しか行われていなかった。


『ピッ……アマノムラクモの高感度センサーでも確認不可能、現在、マーギア・リッター『サテライトワン』が、ブラックナイトの観測のために出撃準備中です』

「ん? すぐに出ないの?」

「マイロード、サテライトワンには、劉が搭乗希望申請をおこなっています。彼の知識も参考になるのでは無いかと」

「へぇ、まあ、別にいいんじゃない? 酸素の予備タンクとかは?」

「マイロードの許可が取れ次第に積み込む予定です。では、作業を再開させます」

「はい、よろしく……さてと、それじゃあ、俺も色々と始めるとしますか」


 この一週間、アメリカを始め各国から謎車両の引き渡し要請があったんだよ。

 なかったのは中国ぐらいじゃ無いか? あの国はうちで解析したデータを持って帰ったからさ。

 その代わりに、王さんと劉くんの亡命が成立したし、持っていったデータもほとんど解析不能コードだったからね。


 今日は国連事務総長との通信会談、月面の謎車両についての処理をどうするか、そこを考えないとならないからさ。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アマノムラクモに救助されて一週間。

 日本政府からの引き渡し要請はあったらしいが、補償問題が決着していない為、我々日本人クルーは未だに日本の土を踏むことができない。

 そして、三日前、中国人クルー達は、本国からの迎えが来たらしく、意気揚々と帰還していった。


「……王さん、劉さんは、どうして此処に?」

「あ〜、私と彼は、アマノムラクモに亡命しました。ですので、アマノムラクモの国民です」

「そうそう、俺たちはここの住人になりました。第一層に家ももらいました、第二層の宇宙開発研究施設のスタッフになりました」


 とても楽しそうな二人だが、俺たちは絶句してしまった。

 なんでまた、いきなり亡命?

 確かに、アマノムラクモの国民なら、ここの研究施設は使い放題。本国ではできなかった研究も捗るものと思われるが。


「その手があったか‼︎ 飯田キャプテン、俺もアマノムラクモに亡命するわ」

「アホか。亡命します、はいそうですかで話が終わるはずがないだろうが。王さん、中国はあなたたちの亡命を認めてはいないですよね?」

「ええ。表向きは反対していますが、しっかりと政治的取引はできています。アマノムラクモが保有する『謎車両』の解析データの一部と引き換えに、私たちの亡命は黙認されました」

「なっ……ああ、アマノムラクモの解析データか。それなら我々が口を挟むことはできないか」


 うまくやったものだ。

 それが我々の感想である。

 しかし、アマノムラクモの施設を使い放題、生活のための家も貰った。

 

「なあ王さん、ちなみに、研究施設からは給料はどれぐらい貰えるんだ?」

「給料は貰っていません。その代わり、居住者用の国民IDカードが発行されました」

「買い物は全てこれで可能だそうです。試しに第三層のパブリックウェストで買い物をしたのだが、カードを見せると、端末にセットして支払いゼロになった」


 ちなみに、アマノムラクモ艦内では、国民には全てこのカードが発行される。

 ミサキが錬金術で作った、ミスリル製の偽造不可能カードであり、キャッシュカードと同じシステムが組み込まれている。

 アマノムラクモ領土内のパブリックウェストとも提携しており、このカードでの支払いは毎月月末に、アマノムラクモ行政府から自動的に支払われることになっている。

 ほぼ限度額などない使い放題のカードではあるが、しっかりと研究成果を残さない場合には、限度額が設定される仕組みになっている。

 それでも、かなりの無茶をしない限りは、使い放題であるといっても過言では無い。


「……飯田キャプテン、長い間、お世話になりました」

「私も、本日付で亡命します、ありがとうございます」

「うわぁ、俺、嫁さんも息子もいるから無理だぁ。家族連れて亡命するのも無理ダァァァ」

「俺もだよ、俺、帰ったら彼女に告白する予定だったんだぜ?」

「お、ま、え、ら、なぁ。そんなことを話していないで、とっとと作業を続けろ。いくらお前達が亡命を希望してもだな、受け入れるかどうかはわからないんだからな?」


 そう飯田キャプテンが告げると、全員の視線が王と劉に集まる。


「そうなのか?」

「まあ、私たちの亡命については、ミサキさまと欧阳オウイァン国家首席との間で、しっかりと話し合ったそうですよ。相手国の主張もあるだろうから、それを踏まえて話をするって」

「サーバントさん‼︎ 我々も亡命を希望します‼︎」


 傍で監視していたサーバントに叫ぶ。

 すると、監視担当サーバントは、はぁ、と溜息をつく。


「リストでの提出をお願いします。亡命希望理由、自分に何ができるのかを明記していただければ、ミサキ様に提出しておきますので」

「「よっしゃあ(やったぁ)」」


 非妻帯者並びに婚約者のいない三人が、諸手をあげて喜ぶ。

 そしてさっそく書類を作ろうとして飯田に止められ、作業を再開することになった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──ゴゴゴゴゴ

 月面の地表が、ゆっくりと音を上げて開いていく。

 なお、宇宙空間なので、音は響かない。

 そこから、一本の巨大な柱が、宇宙空間に向かって放出された。


 長さ30m、直径5mの金属状の柱。

 

 それが、ゆっくりと地球に向かって飛んでいく。

 もしも、アメリカの宇宙開発史を知るものが見たならば、これが『神の杖』と呼ばれているアメリカの考案した宇宙兵器と酷似していると思うだろう。

 運動エネルギー爆撃とも呼ばれている『神の杖』。

 これが大気圏に突入し、燃え尽きずに地球に突き刺さるとしたら。


 その被害は、地球上の如何なる兵器をも凌駕するだろう。

 そして、それが射出された目標地点がどこであるかなど、誰にも想像はつかないだろう。

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