第54話・深淵からの挑戦・世界の考え、ミサキの考え
月面を走る未知の存在。
アメリカ国防総省の『未確認航空現象タスクフォース」(UAPTF)』は、これを外宇宙からの侵略者と認定、直ちに調査チームが編成された。
月面で活動していたアメリカ所有の無人探査機からの映像を頼りに、突然姿を表した未知の車両を解析し始めるものの、情報量が少なく、今はNASAを始め各国からの情報提供を待つことになっていた。
当然ながら、未知の車両から攻撃を受けた日本と中国にも連絡が届くと、すぐさま情報提供を開始。
国連の宇宙法に基づいた緊急事態と認定される。
この報告時、アマノムラクモのマーギア・リッターが月面で活動していた未知の車両を回収したという連絡がUAPTFにも届くと、すぐさまアマノムラクモに連絡がやってくる。
………
……
…
『こちらはアメリカ国防総省未確認航空現象タスクフォース。責任者のバーナード・ウィルコックスです。アマノムラクモ代表のミサキ・テンドウさまと会見したいのですが』
「現在、ミサキさまは所用のために会見を行うことはできません。どのような御用件でしょうか?」
『月面から月軌道宇宙ステーション・ゲートウェイを攻撃した未知の物体をアマノムラクモが回収したという報告を受けています。それをお渡しして欲しいのですが』
「伝えておきますが、お渡しするかどうかは分かりません」
『宇宙法に基づく申請と思ってください』
「月面を走る謎の物体は、宇宙資源ではないですよね? 誰のものでもない人工加工物体ですので、地球が所有権を訴えることはできないはずですが? そもそも、アマノムラクモは国連非加盟国です」
『……日本、アメリカ、中国、その他月面に無人探査機を送った国は全て被害国です。我々は、真相を知る権利があります』
いうべきことは言う。
バーナードは引くこともなく、自分たちの立場を訴えている。
そしてヴァルトラウデも、一つ一つの要点を確認しつつ、オクタ・ワンからの助言を待っている。
「ミサキさまには伝えておきます。ですが、良い返答だけではないことも、そちらに伝えさせてもらいます」
『また連絡します』
そこで会話は終わる。
そしてヴァルトラウデは、正面モニターに映っている隔離区画の映像を、じっと眺めている。
………
……
…
見事なまでに解体された車両。
ミサキは、そのパーツを一つ一つ確認している。
形状的には、地球の装輪装甲車というのが適切であろう。
月面を走破するためには、車高が高くタイヤが大きい方が都合が良いのだろう。
「しっかし、あの低重力下で地球上と同じような高速移動できるっていうのもすごい……多分、この装置だろうなぁ……
部品の山の中にある、分解できない塊。
その一つに手を添えて、ミサキは錬金術を発動する。
すると、頭の中に内部構成及びその用途までがしっかりと流れ込んでくる。
「……
腕を組んで考える。
こんなものが地球にあったら、もっと世界は発展するだろうか。
発明による戦争の効率化というのは、いつの時代も重要な部分である。
技術なくして人の進化はありえない。
だが、その果てに人類を滅亡しうる兵器が生まれる可能性もゼロではない。
『ピッ……ミサキさま、中国と日本の乗組員たちが、鹵獲した未知の車両を見たいと仰ってますが』
「ん? いいよ、ここまで案内して」
『ピッ……了解です』
「まあ、自分たちを攻撃してきた存在なんだから、知りたくなるのはわかるし。俺も、ここから先は干渉しない方がいいと思うけど、地球がどう動くかだよなぁ」
この件については、良いように使われるのは御免だと思っている。
アドルフの件は、うちのサーバントが犠牲になったから手を貸しただけで、そのあとで攻撃を受けたから反撃しただけにすぎない。
そうでなかったら『依頼を受けてから』動けばよかっただけのこと。
あとから考えると、もう少し冷静になっていればよかったと思わなくもない。
──プシュゥゥゥゥゥ
隔離区画のエアロックが開き、サーバントに案内された乗組員たちがやって来る。
「よう、体調は戻ったのかな?」
手を挙げて軽く声をかけるミサキだが、乗組員たちは一瞬だけ呆然としたのち、一斉に頭を下げた。
「まさか、アマノムラクモのミサキさまがいらっしゃるとは。この度は、私たちを助けていただきありがとうございます」
「もう、生きて地球に戻って来られるとは思っていませんでした」
皆が口々に感謝を告げる。
その都度、ミサキはむず痒い気持ちで頬を掻いてしまう。
「まあ、そんなことはもう良いよ。こっちはビジネスでやったようなものだからさ。それよりも、君たちは宇宙開発の専門家だよね? これ、どう思う?」
ざっと両手を広げて、その場に広がっている部品を示す。
「拝見しても?」
「ご自由に。計測器や観測器を使っても構わないよ、この部品以外はね」
ミサキが『この部品』と告げたのは、バスケットボール大の球体金属。
自立思考を持ちながらも、集団行動を基本とする思考回路で構成されていた。
「それはなんですか?」
「これは、この車両のAIみたいなものだね。伝達回路から外してあるから、このままだと何もできないよ」
「なるほど。では、早速調査を始めます。このことは、本国に連絡しても?」
「別に構わないよ。皆さんが調べて得たデータだから、好きにすればいいさ。それじゃあ、あとはご自由にどうぞ。パーツの持ち出しだけは禁止なので」
──コン
それだけを告げて、ミサキは電子頭脳を持ち上げて、隔離区画から出て行く。
それと入れ違いに、解析装置などを取りに行っていた乗組員が戻ってきて、両国合わせての解析作業が始まった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
バーナードは待っていた。
アマノムラクモから連絡が来ることを。
今回は、アメリカだけの問題ではない、ゲートウェイ建設には、数多くの国家の協力があったから。
それを破壊した未知の存在、そのようなものが地球の目と鼻の先にある月面に存在していたなど、信じたくはない。
信じたくはないが、真実。
今まで幾度となく月面の調査は行われてきた。
その調査でも、月面下に未知の存在があったなどという報告はなかった。
もしも、予めそのようなものがあると分かっていたならば、この計画はもっと慎重に行われていたはず。
「つまり、我々の技術では分からない何かを持った存在か。それが敵対意思を持って攻撃を始めた、出来の悪いB級映画ではないか」
「ハワイの天文台からは、外宇宙に向けての一方的な交信は行っていますけど。それを受信した何者かが、地球に来たとでも?」
「それこそ茶番だ。これが世界各国の洋上合同演習のタイミングなら、私はすぐにでもミズーリの整備を依頼したいところだよ」
後半の部分は苦笑いである。
そんな映画のような話が、目の前で起きているのである。
「アマノムラクモからの回線です」
「繋げてくれ……」
コントロールセンターに緊張感が走る。
相手はアマノムラクモのミサキである。
未知の物体という点でいうならば、グアムの目と鼻の先にあるアマノムラクモこそ、脅威であることは理解している。
『こちらはアマノムラクモ、ミサキ・テンドウだ。話は伺いました』
「はじめまして、アメリカ国防総省未確認航空現象タスクフォース。責任者のバーナード・ウィルコックスです。お話できて光栄です」
『はじめまして。それで、報告は聞きましたが、アメリカはあれをどうするつもりですか?』
まさかの問いかけに、バーナードは一瞬考える。
「未知の技術なら、それを解析して有効活用できるか考えます。これは国連主体で動きたいと思っています」
『なるほど。まあ、アメリカがあの車両を渡して欲しいというのなら、一部はうちで引き取りますがお渡しすることは可能ですよ?』
「一部ですか? それはどうして?」
『鹵獲したのはアマノムラクモです。こちらは所有権を訴えても構いませんよね? それに、現在は全て解体して解析している最中ですから』
解体?
バーナードは呆然とするしかなかった。
まさかアマノムラクモでは、すでに解体して解析しているなどとは思ってもみなかったのである。
もっとも、ミサキが錬金術で組成分解し、パーツごとに綺麗に分けることができたから解体できたのである。
地球の工具では、あの金属状の存在をばらすことなど不可能であろう。
「そ、そんな……何故、勝手に解体したのですか?」
『暴れて危険だからね。仕方なく活動停止して貰って、危険だから武装解除してバラした。まあ、あれがまだまだ月面に隠れていると考えたら、俺だったら月面に基地を作るなんてことは考えませんけど』
「……解体した機体については、お渡ししていただけるのですか?」
『別に構いませんよ? ただ、あれに含まれているのは国際紛争待ったなしのオーバーテクノロジーですよ? まだ第三帝国からの接収品も解析できていないのですよね? 管理はどの国が?』
ここでバーナードは言葉を失う。
ミサキは確かに言った。
未知のオーバーテクノロジーと。
そんなものを一国が持ったとしたら、世界のバランスが崩れる可能性がある。
それならば、世界のリーダーであるべきアメリカが管理しなくてはならないと。
「我がアメリカが、世界の代表として管理します」
『そういうと思いましたよ。それならば、お渡ししません。世界の全てが管理する案件だと、アマノムラクモは思っていますから。国連にこの問題を提出して下さい。その上で、結果を待ちます』
それで通信は終わる。
「ホワイトハウスに回線を繋いでくれ。大統領に報告しなくてはならない」
「了解です」
緊張感が走る。
ことは、一刻を争うことになったから。
………
……
…
アマノムラクモでは。
二国の乗組員たちが、頭を抱えていた。
目の前の大量のパーツ、それの素材が何者なのか分からない。
いかなる検査を持ってしても、結果は測定不能か測定できないか、解析不能の三つである。
そもそも、これは金属なのか?
硬くてしなやか、そんなものが金属であるはずがない。
それでいてガストーチでの切断実験でも、傷一つつかない。
先に近くで監視していたサーバントに、傷をつけて良いか、切断しても可能かと断り入れてあったにも関わらず、何もできなかったのである。
そもそも、電装部品が見当たらない。
駆動系のシステムもバラバラなので、何がどうなっていたのか見当もつかない。
エンジンなのか、モーターなのか、それとも別の何かなのか。
「ダメです、どうしてもわからない」
「……これは、本当に金属なのか?」
「金属……そうだ!!」
中国の乗組員が、持ち込んだ工具箱から三角形の金属を取り出す。
それは彼が月面で見つけた、無人探査機のカケラと思っていたもの。
それを取り出して、先ほどまで行ってきた検査を試してみる。
すると、三角形のプレートも、目の前に広がる大量のパーツと同じような反応を示していた。
「これは、このパーツと同じなのか。それじゃあ、これは、一体なんなんだ?」
「わからない。全くわからないけど、一つだけ確定したことはあるな」
日本の乗組員が告げる。
「アマノムラクモは、あれをバラバラにして、解析が終わったということ。そうでなくては、我々に開放するとは思えないし、何よりも、ミサキさまが持っていったあの金属球体。あれが秘密を握っているのかもしれない」
この乗組員の言葉は、半分だけ正解。
確かにミサキは解析が終わっているし、これがなんであるのかは理解している。
ただし、金属球体を持っていった理由は、再生されないために。
そのことを、まだ彼らは知らなかった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「……オクタ・ワン、どう思う?」
『ピッ……働きアリのようですね』
「そうだよな、俺もそう思うよ」
ミサキの出した答えは簡単。
あの車両は働き蟻で、外敵が巣に近づいたから排除してきただけ。
車両の外装甲は、『金属のような生体部品』という鑑定結果は出ている。
ただ、それが何かはミサキにもまだわからない。
「それじゃあ、なんで今更、活動を開始した? 今までだって、散々月面を無人探査機が走り回っていただろう?」
『ピッ……何かが鍵であったと思います。そもそも、月面に人間が来ることなど想定していなかったとか』
「それが、想定外にやってきたから、活動を開始した? それならアメリカが以前やってきた時に活動していてもおかしくないよな?」
『ピッ……それには、ある仮定が成立しています。アメリカは、その存在と以前からコンタクトを取っていた。だから、アメリカには反応しなかった』
まさかだろ?
まあ、アメリカについては散々、宇宙人やらUFOやらで香ばしい話がいくつもあったからな。
そこにきて、アメリカ国防総省の『未確認航空現象タスクフォース』の活動再開。
「なるほどなぁ。何かあったと考える方が、妥当か。だからアメリカが回収して証拠を隠滅したいと」
『ピッ……危険ですね。処しますか?』
「しないから、まだ予測でしかないから。ちなみにくだらない質問して良いか?」
『ピッ……どうぞ』
「そのオクタ・ワンの予測、どこの雑誌に載っていた?」
『ピッ……勘の良い子は『そのネタいらないから』了解です。月刊ラ・ムーです』
「だと思ったよ。そうじゃないと、バーナードの反応がもっと違うはずだからな。トラス・ワン、隔離区画の解析作業をサーバントに任せて続行。乗組員御一行は?」
『……頭の疲れを癒すために、温泉へ』
「まあ、害はなさそうな研究肌の人ばっかりだから、適当にサーバントでもつけておいて」
『……了解です』
さてと、今後の対策も考えるか。
何よりも、報告では月面下には施設か何かがあるんだよな。
それを調査したいところだよ。
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