第53話・深淵からの挑戦・予想以上と想定以下のバランス
日本政府と中国政府の特使が来た。
──ゴゥゥゥゥゥゥ
洋上プラットフォームには、両国からやってきた大型ジェット機が、ゆっくりと着陸している最中である。
「……なぁ、ふと疑問に思ったんだが、うちの洋上プラットフォームって、離着陸がかなり難しくないか?」
『ピッ……そんなことはありません。世界一着陸が難しい山岳部の滑走路に比べたら』
「極地を例に出されてもなぁ。ヒルデガルド、各国のそういった噂話は聞いていないのか?」
「マイロード。概ね評判は良いようです。訓練に良いと」
「やっぱり、あの高度差に問題があるよな。どうすっかなぁ」
『ピッ……万が一に着陸に失敗しそうになっても、フォースフィールドによるネットで捕獲できますのでご安心を』
あ、そういうのもあるのか。
しかし、フォースフィールド万能説は、ここでも生きているんだよなぁ。
「さてと、それじゃあ行きますか」
──シュンッ
一瞬でアマノムラクモ正装に装備を切り替えると、特使の待つ迎賓館へと向かう。
これから、今回の月面調査船の乗組員の引き渡しがあるのだよ。
………
……
…
洋上プラットフォームからエレベーターで本艦へと上がる日本と中国の特使たち。
予想はしていたものの、その規模の大きさには思わず絶句するしかない。
「あそこにあるのは、アメリカのイージス駆逐艦ですよね?」
「そうですね。あちらは中国のミサイル駆逐艦ですし、ロシアの原子力空母もありますな」
「……英国艦隊の駆逐艦もあるし、あれは……韓国の巡洋艦ですか。ここは全世界海上演習の舞台に見えてきますな」
「本当にそうですが、日本は色々とアマノムラクモと付き合いがあるようですね」
中国特使が指さした先には、日本の遠洋漁業船団が停泊している。
皆、船から降りて身体を伸ばしたり、人工芝の上に寝転がって身体を休めている。
「日本政府は容認していませんよ。彼らが独自に交渉して、ここで身体を休めているだけという報告は受けています。アマノムラクモがそれを受け入れたのですから、我々としても禁止できないというところですね」
「国相手の交渉にはならないが、個人的な交渉程度なら応じるというところか。緩いのか、キツいのかわからない国だな」
「まあ、中国さんの意見もごもっともです。我々は、交渉の舞台に立ったにもかかわらず、近くの権益のみを考えてしまい、会談はほぼ中止状態ですから」
「今の政権が使い物にならないのなら,野党とやらに任せた方が良いのではないか?」
「まさか、ご冗談を。それこそ日本は日本でなくなりますよ」
この場だけの話ということで、お互いに本音をぶつけ合う特使たち。
やがてエレベーターは第二層商業区に到着すると、そこからは無人バスで迎賓館まで向かう。
この無人バスも、無人に見えているだけで『バス型ゴーレム』である。
故に安全性は確かであり、相手が自分から突っ込んできても躱しきるだけの自信はあるらしい。
そして特使たちの話が盛り上がったあたりで、バスは迎賓館に到着する。
そして少しの休憩時間を挟んで、いよいよ話し合いが始まるのだが。
「よく来てくれた。アマノムラクモ代表のミサキ・テンドウだ。楽にしてくれて構わない」
それだけを告げて、ミサキは椅子にどっかりと座る。
特使との話し合いは外交担当官のヒルデガルドと聞いていたので、まさかここに本人が来るとは想像していなかったのだろう。
「はじめまして。日本政府外務省から派遣されました、山本耕史と申します」
「これはこれは。中国政府国務院外交部から派遣されました陳宝生です。お会いできて光栄です」
「ありがとう。まあ、腹の探り合いは苦手なので、本題に入らせてもらう。日本と中国のアストロノーツ及び中継船の引き渡しの件だな」
いきなり切り出す。
日本お得意の、遠回しな話は必要ない。
寧ろ要件だけを言い切る中国式に話をする。
「ええ。日本政府からは、今回の救助活動について大変感謝しています。ですが、請求された救助予算の2億5800万ドルというのは、いささか高すぎるのではないかと」
「それを支払うといって、契約書も交わした。一括払いでな。それを今更高いだと? 六人分の人の命が二億ドルちょいなら、むしろ安くないか?」
「え、ええ、そうなのですが、JAXAにも年間予算というのがありまして」
「それをどうにかするのが、緊急特別予算委員会って奴だろ? こっちは調べてありますが?」
今回の日本政府の動きに対して、野党がこれ見よがしに全力でツッコミを入れているのはアマノムラクモでも調べてある。
そのような膨大な予算をどこから捻出するのか? また増税するのかという野党に対して、日本政府は特別予算枠から捻出するという決断を下した。
だが、いざ決議というところで、またしても審議が足りないだの大臣のスキャンダルを暴くのが先だのと、アマノムラクモに絡む審議についてはとことんまで邪魔をする。
「……ええ。確かに、アマノムラクモに対しては甘い顔をする必要がないという野党議員が多くてですね」
「そんなの知りませんよ。そちらの問題はそちらでどうぞ。こちらは、支払いが終わらない限りは、中継船も乗組員も引き渡す予定はありませんので」
「そ、それは、拉致に等しいのでは? 宇宙法ではですね」
「うちは国連の非加盟国です。苦情は聞きますが返答するつもりはありませんので」
キッパリと言い切るミサキに、中国特使は書類を提出する。
「中国政府からの回答状です。さすがに国庫から二億ドル以上もの予算を一括で支払うことはできませんが、こちらのリストのものを随時、無償輸出することはできます」
中国政府は、最初から物資の無償供与という形での支払いで合意している。
あとはミサキがリストを確認し同意するならば、すぐにでも輸送船で物資を運び出すことができるように手配は終わっているのである。
「なっ‼︎ そんなことが‼︎」
「日本政府には期待してないからね。物資の無償供与にしても、また野党が騒ぐんだろう?」
「……言葉も返せません」
沈黙する日本特使を無視して、ミサキはリストを確認する。
主な物資は鉱物燃料、化学品、紡績及びゴム製品、そして雑製品などが挙げられている。
ミサキとしては食料品も一部欲しかったというのがあるが、今回は調味料程度で止めることにした。
「よろしい。これで締結します」
ミサキはすぐさま書類にサインをして、陳と握手を交わす。
「では、乗組員の引き渡しをお願いします。書類を本国に届けてからの輸送船の出発となりますので、到着までは我が国のアストロノーツたちを、よろしくお願いします」
「彼らは来賓として扱いますので、ご安心ください。さて、日本政府からは有意義な話が聞けなかったので、今日はこれにて失礼します。数日程度なら、艦内に滞在してもかまいません」
──パチン
ミサキが指を鳴らすと、二人のサーバントが姿を表す。
「日本政府の方は、こちらへどうぞ。当迎賓館は別館に宿泊施設も完備しておりますので」
「では、中国政府の方はこちらへ」
そのまま挨拶をして、サーバントたちに案内される特使たち。
それを見送ってから、ミサキは椅子に座り直した。
「しっかし、人の命のやり取りにまで、あの国の野党が口出しするとはねぇ」
『ピッ……現行政府は、強行策を取りませんからね。あの幹事長が、裏で繋がっているっていう噂もあります』
「繋がっている? 野党と?」
『ピッ……大陸の国家とです。まあ、結果としては、野党とも繋がっていることになるのでしょう』
「……既得権益にしがみつく亡者か。その点、うちは、安全だけどさ。これから国民が増えたりすると、色々と考えないとならないんだよなぁ」
『ピッ……すでにかなりの国からの亡命希望者がありますが。あと国連では、アマノムラクモを難民受け入れ国にしたいという意見があちこちの国から』
「却下だ‼︎ 亡命ならいざ知らず、なんで難民を受け入れる必要がある? そもそも、難民を出すことになった国が責任を持てって言いたいわ」
しっかし、対日政策はどうにかしないとなぁ。
なんでアマノムラクモが野党から恨まれているのか、理解に苦しむわ。
俺、日本の野党になんかしたか?
「はぁ。この話はおしまい、日本政府からの会談が終わってから考えるわ。中国の船が来たら連絡を頼む」
『ピッ……了解です。ミサキさまはどちらへ?』
「鹵獲した未確認車両の解析。一番丈夫な隔離シェルターのある区画に案内してくれ」
『……では、私が。オクタ・ワンは、通常任務をお願いします』
『ピッ……了解。未確認車両の件については、トラス・ワンに移行します』
はい、あとはよろしく。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「うぉぉぉぉ、未知のテクノロジー‼︎」
「こ、ここがアマノムラクモ。視察団以外、国家代表クラスでなくては入れないって言われているのに」
「俺たち夢を見ているのか?」
日本と中国の宇宙船乗組員たちは、回収直後に、自由にしていいと案内された第三層観光区画に案内された。
すでに宿の手配も終わり、日本や中国が迎えに来るまでは、一時的に観光を楽しむことにしたらしい。
そしてダメ元で艦内の観光ツアーはないのかと尋ねたところ、明日にはグアムから観光客がやってくるので、そちらとご一緒にどうぞということになった。
そして現在。
両国の乗組員を加えたアマノムラクモ観光ツアー御一行様は、観光用に解放された左舷20番デッキに案内されている。
そこにはマーギア・リッターが三体、整備用ハンガーに接続されており、自由に見ることができる。
「この技術力があれば、宇宙の深淵も解析できる‼︎」
「火星までどれぐらいで到着するのだろう? 太陽系内の惑星開発とかも可能だよね?」
「それよりも、問題はあの月面の未確認車両だよ。アマノムラクモは一機鹵獲してきただろ、 あれが知りたい」
「我が国も同意だ。あれは、解析して公開しなくては危険すぎる」
「全くだ。命を助けられたので、アマノムラクモには感謝しかないが、あれだけはなぁ」
「そうだよなぁ……」
普通に話をしている中国と日本の乗組員。
実は、ミサキから『双方向性翻訳インカム』を借り受けている。
これがあれば、どの国の言葉も自国の言葉に変換される。小型軽量化された自動翻訳装置というところである。
「では、次の区画に移動しますので。皆さん、こちらへどうぞ」
ツアコンのように旗を振って、観光客を誘導する観光用サーバントの『与謝野』。
その言葉に観光客も集まると、全員が次の区画へと移動を開始した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──ガガガギィィィィーン
ミサキが
だが、あらかじめ待機していたマーギア・リッターが車両を後ろから掴むと、ヒョイと持ち上げたのである。
だが、車両の装甲の一部が開くと、細い杭のようなものをマーギア・リッターに向かって射出。
当然ながら、そんなものでは傷一つつかない。
『ミサキさま、今のうちに避難してください』
「了解。しかし、動力を止めたいんだけど、どうすればいいと思う?」
『まず破壊しましょう』
「どうしてそうなる?」
『この未確認車両は、ミサキさまを攻撃しました。万死に値します』
──ミシミシッ
車両を押さえている腕に力が入り、装甲が歪み始める。
「うーん。サーバントの誰でもいいから、今のうちに、あれを綺麗に解体できないか? さすがに近寄って鑑定するのは怖いからさ」
『……では、整備用サーバントを派遣しますので、しばしお待ちを』
トラス・ワンがそう告げてから十分後、ドワーフのような整備用サーバントたちが15体やってくると、押さえつけられている車両に向かってワーッと集まる。
そして二時間後には、未確認車両は綺麗な部品になって、隔離区画の床いっぱいに広げられてしまった。
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