第52話・深淵からの挑戦・虚空を彷徨うもの

 

──ピッピッピッ

 緊張感が中継船内に広がる。

 監視用の窓から外を見ても、あたり一面は何もない宇宙。

 月軌道宇宙ステーション『ゲートウェイ』が何者かに攻撃されてから、すでに五時間。

 幸いなことに空気も食糧もあと一週間は大丈夫だが、ゲートウェイから切り離した直後に飛んできた破片が船体のあちこちに直撃。

 姿勢制御システムと通信システムが全て使い物にならなくなっている。


「……この位置からは、何も見えないか」

「地球から救援が来ると思いますか?」


 悲痛な声で、乗組員が呟く。

 今、この中継船に起きた事故のことをJAXAが確認できているのか?

 通信が途絶えた時点で、JAXAも何かしらの手を打っている可能性はある。

 だが、肝心な通信システムが破損しているため、こちらの位置を説明することができない。


「緊急事態用のビーコンは発していますが、それが無事に届いているかもわかりません」

「まあ、最後まで希望は捨てないことだ。幸いなことに、まだ酸素も食糧もある。大丈夫だ、日本は我々を見捨てるはずがない」

「でも、地球方面に流れてしまって、このまま大気圏に突入したら……」

「だから、大丈夫だと思え。不安を口に出すな‼︎」


 必死に乗組員の士気を高めようと鼓舞する船長。

 無事に、地球からの救援が間に合うことを信じて。


………

……


「……太陽光パネルが一部破損。姿勢制御スラスターは生きていますが、カーゴルームが丸々抉られています」


 一方の中国中継船。

 こちらは日本よりも深刻である。

 建設中のゲートウェイのフレームがカーゴルームに突き刺さり貫通。搭載してあった荷物が宇宙空間に放出されてしまった。

 その際に通信システムが破損したものの、修復さえ可能ならば航行は可能である。

 ただし、乗組員が無事ならば。


「修復用の工具や予備パーツは、カーゴルームだったのが痛すぎるな」

「予備酸素タンクもです。後三日は待つかと思いますが、食糧も同じ程度しかありません」


 窓の外を見ると、離れた位置で日本の中継船が漂っているのが見える。


「ダメージは、こっちの方が深刻か。通信がダメならば、誰かがあそこまで飛んでいって、こっちの状況を知らせるしかあるまい」

「どうやってですか? 幸いなことに日本の中継船も我々も同方向へ流れていますけど」

「姿勢制御スラスターで近寄る。その後で慣性を合わせてから、宇宙服を着て飛んでいくしかあるまい」


 そんな離れ業など、誰も学んでいない。

 少しでも方角を間違えたら、速度を間違えたら、最悪は衝突して全員死亡ということもあり得る。

 

「……覚悟を決めろ、どのみち我々の命はあと三日だ。その三日が四日になるか、もう少し伸びるかは、このミッションで決まる」

「軌道計算出します、ハイヤンは宇宙服の準備を頼む」

「了解。確か、日本のアニメでも似たようなシーンあったよな? なんだった?」

「ガンダムか? ヤマト? どっちだ?」

「……あ、プラネテスだ。よし、行ける‼︎」


 なんとも奇妙な気合の入れ方だが、絶望しかない現時点での空元気ともいえる。

 やがて中国の中継船は、ゆっくりと姿勢制御スラスターを使って、捕捉した日本船へとゆっくりと移動を開始した。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──ゴゥゥゥゥゥゥ

 宇宙空間なので音は聞こえないが、ロスヴァイゼの乗るマーギア・リッター『ガングニール』は、まも無く月軌道上に到達する。


 ここまで、全速力で三時間。


 乗組員がワルキューレであること、慣性など魔道機関で制御すること、スペースデブリなど機体のフォースフィールドで無力化できることなどの条件が合ったからこその、この時間である。


「……ミサキさまが、昔通った大盛り定食チェーンの待ち時間に比べたら。パチスロにハマりまくって財布が空になった時の勝負時間に比べたら、たかが三時間ごとき」


 ミサキが聞いたら絶句するか、布団を被って眠りにつきそうなブラックな過去を叫びつつ、ロスヴァイゼは進んでいる。

 すると、コツンコツンと細かい何かがフィールドにぶつかり始めた。


「……前方から大量の飛来物。シールド強度を二つあげて下さい」

『OKマスター』


 フォースシールドの強度を上げるようにガングニールに指示をしてから、JAXAから受け取ったゲートウェイの座標軸まで飛んでいく。


 五分ほど進んで超減速し、慣性を消してから周辺を確認する。


「サテライトワン、指定座標はこの辺りだよね?」

『指定座標に間違いありません。映像を送ります』

「よろしく。ミサキさまの指示なので,アマノムラクモとJAXAの両方にね」

『了解です』


 後方から接近してきた長距離観測用マーギア・リッター『サテライトワン』に現在位置の確認をすると、ロスヴァイゼは周辺映像をアマノムラクモとJAXAに送るように指示。


「ミサキさま、何もないよ?」

『……映像を確認した。日本と中国の中継船が付近にいないか探してくれ。無事ならいいんだが、最悪のパターンも想定してな』

「あいあいさ? アラート。月面から攻撃されましたよ?」


──ピッピッピッ

 ロスヴァイゼのアラートメッセージと同タイミングで、ガングニールの機体を無数のレーザーが貫く。

 もっとも、フォースフィールドによって空間湾曲されたことにより、レーザーはガングニールに直撃できずにグンニャリと弧を描いて後方に抜ける。


『攻撃? はぁ? 一体何者だよ』

『ピッ……ミサキさま。私の調べたデータバンクによると、第三帝国は月面に避難して月に第三帝国を築いたと、ムーなる雑誌に載っていますが』

『そんなのねーから、それはフィクションの世界だからな‼︎ ロスヴァイゼ、攻撃してきた対象の観測を頼む。サテライトワンは中継船を探してくれ』

「あいあいさ〜‼︎」

『ラーサー』


 ミサキの指示の直後、ロスヴァイゼは真っ直ぐに月面に向かって降下する。

 そしてレーザーを乱射してきた対象を探すと、月面を走る巨大な車両を発見した。


「ガングニール、ここから先のデータはアマノムラクモにだけ送信。JAXAなんていうアマノムラクモと関係ない組織にはデータをあげる必要なし‼︎」

『了解です』

「それじゃあいくよ、うおりゃぁぁぁ、貴様の罪は何色だぁ‼︎」


 背部スラスター全開で間合いを詰めると、ガングニールに向かって角度修正した砲塔目掛けての右回し蹴り。


──ゴッゴォォォォッ

 宇宙空間なので音は響かない。

 だが、一撃で砲塔を吹き飛ばすと、姿勢制御を掛けてワンハンドで着地すると、そこからさらに加速、スライディング式のニーアタックを車体に叩き込んだ‼︎


「ボーマーイェーイ‼︎」


──ドッゴォォォォォォン

 宇宙空間なので音は響かない。

 その一撃で、車両は木っ端微塵に吹き飛び、破片が飛んでいく。


『ピッピッピッピッ、さらに三機現れました。一機は捕獲することをお勧めします』

「あいあいさ、お土産ゲットだじぇ〜‼︎』


 そこから先は、蹂躙という名の破壊。

 まるでIWGPベルトをかけたメインイベントの中に乱入したヒールレスラーが、真っ赤なシューズを履いたレフリーをリング外に叩き出して意識を失わせたた直後に、ヤングライオンなレスラーに反則技を叩き込んで徹底的に痛めつけたかのように。


「おらおらおらぁぁ、血の雨じゃなく金の雨でも降らせてみろだじょ‼︎」


 ガングニールから逃げ出す車両を破壊し、一機は捕獲する。


──ピッピッピッ

 その直後、足元の岩のあちこちからも一斉に上空に向かってレーザーが射出されるが、やはりフォースフィールドで湾曲し流れていく。


「ミサキさま、月の地下になんかある?」

『いや、最後は疑問系にしないで、俺も知らないから。まあ、今回は様子見で帰還してくれ』

『ピッ……地球を監視している何者かの基地かもしれません』

『マジか。それって、宇宙人がいる可能性もあるってことだよな?』

『ピッ……私のデータベースによると、おそらく監視員たちは死亡して地球人に転生しています』

『……よし、そこから先は何も話すなよ。ロスヴァイゼ、サンプル回収後にサテライトワンに合流、生き残りがあるかもしれないから探索を頼む』


 ここに来て、ミサキは生存者ゼロと考えた。

 事故ではなく何者かの襲撃。

 その場合、宇宙船が破壊された可能性の方が高いと考えたのである。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 ゆっくりと中国の中継船が、日本の中継船から離れていく。

 軌道計算は問題がなかった。

 ただ、スラスターの出力調整にエラーが発生して、角度が二度、狂っただけ。

 その二度は、宇宙空間では致命的である。


「……ドッキングも不可能、スラスターも作動不能か。これが最後だと思うと、笑うしかなくなるな。全員、船外活動準備だ」


 中国船のキャプテンは、笑顔で窓の外を見る。

 先程まで接近していた日本船が、ゆっくりと離れていく。

 今なら間に合う、この中継船に載っていたら確実に死を迎える。

 そう判断したキャプテンは、乗組員全員に宇宙服を着るように指示をすると、急いで外に出るように告げる。


 宇宙遊泳で、日本船に近寄る。

 ここに一縷の望みをかけたのである。

 そして全員の準備が終わると、エアロックを解放して宇宙に出ようとした。


──プシュッ

 宇宙空間なので、音は出ない。

 

『あ、どーもどーも。私、アマノムラクモから派遣されました、サテライトワンの操縦を務めています女媧と申します。みなさん、お元気ですか?』

「「「「「「うわぁぉぁぁぁ」」」」」


 エアロックを開いた瞬間、目の前には宇宙服を着ないで浮かんでいる女性の姿があった。

 しかも流暢な中国語で、手を振りながら話しかけてきたのである。

 これほどの恐怖が、どこにあるだろうか。

 相手が宇宙服を着ていたならば、日本船から誰かが救助に来たと考えられるなどが、まさかのすっぴんで、体をピッタリと包むウエットスーツのようなもののみをつけている女性である。


「閉めろ、急いで閉めろ‼︎ 宇宙人だ!」

『あ、私は違いますよ。みなさんは宇宙にいるから宇宙人でしょうけれど。アマノムラクモからやってきました』

「閉めろ‼︎アマノムラクモの……アマノムラクモ?」


 ここにきて、ようやくキャプテンが落ち着きを取り戻した。


『はい。アマノムラクモから来ました。みなさんをお助けするかどうかについては,現在、アマノムラクモで中国政府と救助費用の交渉を行なっているところです』

「助かるのか?」

「た、助けてくれるのですか?」

「よかった……帰れる……」


 そう告げる乗組員たちに対して、女媧は無慈悲な一言を告げる。


『いえ、予算の折り合いがつかなかったら、ここに投棄して帰りますけどね』


………

……


 同時刻。

 日本船の窓の外では、ロスヴァイゼが窓をコンコンと叩いている。


「……ロスヴァイゼさん? 見ろ、アマノムラクモが助けに来たぞ‼︎」

「中国船も頼む、助けてあげてほしい」


 そう窓越しに話しかけている乗組員だが、ロスヴァイゼは頭を捻る。


『音が伝達しませんねぇ……あ、念話モードか』


 音が伝達できない件については,女媧はすぐに対応して念話で話しかけていたにも関わらず、ロスヴァイゼは気付くまで時間が掛かった。


『もしもし聞こえますか? みなさんを中継船のままで、お持ち帰りします。今しばらく、お待ちください』

「中国船も助けてくれ‼︎」

『中国が、救助費用を支払ってくれるのなら助けますが。支払わなかったら置いて帰ります。私たちは慈善事業をしている訳ではありませんので』


 これは、厳密に言えば『宇宙法』の『宇宙救助返還協定』には抵触しないものの、『乗組員の救助義務』という点は有効となる。

 だが、アマノムラクモは国連は非加盟国なので、これを守る義務はない。

 それ故に、金銭的請求を行なっているのである。


「……人の命が掛かっているのだぞ? アマノムラクモは、非人道的決断をするというのか?」

『せめて、宇宙船打ち上げ予算と同じぐらいは取るって、オクタ・ワンが言ってましたよ? まさか、人命のために無償でロケット飛ばせっていいますか?』


 その言葉には、誰も何も返答できない。

 ちなみにオクタ・ワンが中国に請求した予算は、乗組員一人につき4300万ドル。

 六人なので2億5800万ドルである。

 これはNASAがロシアのソユーズに頼んで、宇宙飛行士を国際宇宙ステーションに送り出すときに支払った金額の半分である。

 つまり片道分。


『ピッ……交渉成立です。ヒルデガルドが契約書にサインを貰いましたので、中国船も回収してください』

『あいあいさ? ということですので、交渉結果が確認できました。日本も中国も、みなさん無事に帰れますよ』

「よかった……」


 ホッと胸を撫で下ろす一行。

 中国船でも、女媧から報告があったので皆一安心である。


『それでは、運び出しますので、皆さんは大気圏降下船に乗り移ってください』


 そう指示を飛ばしてから、二機のマーギア・リッターは降下船をフォースフィールドで包み込み、地球に向かって押していく。

 そして、断熱圧縮で鹵獲した車両と降下船が溶けないようにゆっくりと大気圏突入すると、見事にアマノムラクモ領海内に無事に降下することができた。


「……ようこそアマノムラクモ領海内へ。みなさんは本国の救助船が来るまで、アマノムラクモで体を休めてください」


 ミサキが降下船から降りてきた乗組員たちに話しかける。そして間髪入れずに二国の乗組員たちをホスピタル区画まで案内すると、宿と病院施設を提供した。


 そして、鹵獲した未知の車両は。


「あとで解析するか。入るかなぁ」


──シュンッ

 あっという間に無限収納クラインに保管され、活動が停止する。

 この時点で、内部に生命体が存在しないのを理解したミサキは、今後のことをどうするか作戦会議をおこなうことにした。

 

 

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