第51話・深淵からの挑戦・未知の金属と蠢いたものたち

 中国初の有人月面調査プロジェクト。

 国民の期待を一身に背負い、調査船は無事に月衛星軌道を周回する国際月面調査ステーション『ゲートウェイ』にドッキング成功。


 その翌日には月面に調査船を降下させ、無人探査機を出発させることにも成功。

 このニュースは一日遅れでゲートウェイに接続した日本の調査船にも届けられることになった。

 だが、月面有人調査初日、ゲートウェイに帰還する直前に、中国の調査クルーが奇妙な物体を回収した。



「……参った。無人探査機の破片か何かかと思ったんだが、全く見当がつかない」


 回収したプレートは一片が5センチの二等辺三角形。

 厚さは2ミリほどで重さは15グラム。

 クルーの知る限りの知識では、該当する部品が何処なのか全く見当が付かなかった。


「……今、図面を確認したんだけど、該当する部品はやっぱりないな。どこか破損したかけらかとも思ったんだけど、このプレートの断面を見た限りだと、それらしい部品にも思えなくてな」

「たしかに奇妙な金属だよ。アルミが何かかとも思ったけど、それっぽくないし」

「分析器があればよかったんだな、あれはISSに積み込む予定で、今回は持ってきていないからなぁ」


 八方手詰まりとは、これいかに。

 専門家でもなければ、この金属片がどこの部品かなんて分からない。

 また、専門家がいたとしても、今度はどうしてこのような形に切断されたのかなんて分かるはずがない。


「……ダメだな。持ち帰って調べたほうがいい」

「幸いなことに放射能も検知しないから、安全性については問題はないだろう」

「まあ、ここで測定しても正確な値にはならないからな。けど、計測機での数値は安全基準を遥かに下回っている……というか、ゼロだな」

「ゼロっておかしいよな。やっぱり計測器にも反応がない」


 そう告げながら、中継船の中に設置されている線量計を確認する。

 たしかに地球上よりも数値は高く表示されているが、これは月面に近いためにやむを得ない。

 参考までに告げるならば、月面での被ばく量は1日当たり1300マイクロシーベルトを僅かに超えるレベルもあり、これは国際宇宙ステーション乗組員が受ける1日日当たりの被ばく量よりも約2.6倍ほど高くなっている。

 月面の宇宙線量は国際宇宙ステーションの2.2倍もあり、人間は長期間の宇宙滞在が難しいといわれている。


「……だめだな、専門家に任せたほうが無難か」

「決定だな。スケジュールから一時間の変更があったが、ミッションを継続する」

「無人探査機のチェックは随時行ってくれ、少しでも違和感があったら、すぐに知らせるように」

「了解‼︎」


 すぐさま、調査クルーたちは本来のミッションを開始する。

 時間は有限であり、やらなくてはならないことも多い。そんな時に、このような不確定事項に余計な時間を取られたくはなかった。


 

………

……


 中国の調査チームが月面降下を行った翌日、 日本初の月面有人探査降下艇が、ゆっくりと月面に着陸した。


──3、2、1……アクセス‼︎

 降下艇の着陸と同時に、JAXAのコントロールセンターは歓声に包まれた。

 世界に遅れはしたものの、日本もようやく月面に国民を送り出すことに成功したのである。


「……無人探査機を下ろします。記念撮影はそのあとで」


 淡々と告げる、今回の責任者の飯田知嗣はんだしろつぐは、ゲートウェイに通信を送ったのち、作業を開始。その光景を、少し離れた場所で仲間の立花欽一がカメラで撮影している。


──ガチャガチャッ

 大気がないので音は響かない。

 ゆっくりと降下艇の底が開いて無人機が降りた時。


──ピッ

 カメラの向こうで、何かが光った。

 

『流れ星? なんだ?』


 立花はファインダーから目を離して、光のあった方角を見る。

 そこでは、何かがばら撒かれたかのように、月の緩い重力に逆らうように噴き上げられていた。


『……アラート。緊急事態発生の可能性あり、一時作業を中断します。ゲートウェイ、聞こえますか?』

『こちらゲートウェイ日本中継船。軌道上からも、異変を確認。作業を終了して、すぐにゲートウェイへ帰還するように』


 立花の報告は、ゲートウェイの中継船からも確認できた。

 そしてすぐさま飯田と立花は、作業を停止して降下艇でゲートウェイへと上昇を開始する。


………

……


 少し前。

 中国の無人探査機が、突然バランスを失って横転する。


『……キャプテン‼︎ 無人探査機が横転しました。岩か何かにぶつかった可能性があります』

「こちらゲートウェイ中国中継船。上空からの監視映像及び無人探査機からの映像では、あのあたりには移動を妨げるような大きな岩はない。確認できるか?」

『了解。確認向かいます』


 幸いなことに、横転した場所と中国の降下船の距離はそれほど離れていない。

 そしてクルーの一人が、無人探査機に近寄って行った時。


──ピッ

 一条の光が、無人機の真下から車体を貫通して空高く伸びた。


──ドガバガァァァァ

 その直後、無人機は分解して周囲に散らばった。

 まるで、真下から爆発か何かを受けたかのように、見事にバラバラに吹き飛んだのである。


『な、な、何が起きた?』


 無人機に向かっていたクルーは立ち止まる。

 今、目の前で起こった事が一体なんであったのか考える。

 爆発?  

 地面の下から?

 水蒸気が吹き上がったのか?

 それとも噴火?

 いずれにしても、そのような予兆は全く感じない。


『戻れ、緊急事態の可能性がある。一旦、ゲートウェイに避難するぞ』

『り、了解です』


 すぐさま月面にいたクルーたちはゲートウェイに避難する。

 そして本国に緊急事態が発生したことを伝えると、次の指示をじっと待っていた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 地球では。


「なんだ、あれは一体何が起きているんだ?」


 北京にある『中国国家航天局』のコントロールセンターでは、送られてきた映像の解析を急いでいた。

 無人機が横転して数分後、突然無人機が爆発したかのように吹き飛んだのである。

 ゲートウェイ中国中継船からの監視映像では、何もなく、突然光が吹き出したかと思うと爆発したかのようにバラバラになってしまったのである。


「わかりません。ゲートウェイからの電波も途絶えました、何があったのか連絡がつきません」

「……呼びかけを続けろ、こんな事態は想定していない」


 必死にコントロールセンターからの呼びかけが続く。

 この同時刻、日本のJAXAもゲートウェイ日本中継船から送られていた電波が途絶え、緊急事態対策が開始されていた。


………

……


──ピッ

 静かな月面。

 その一部が、ゆっくりと開く。

 まるで地下格納庫があったかのように、そこから一両の車両が姿を表すと、月面を走り出した。


 その光景はゲートウェイの日本と中国、二つの中継船からも確認できており、両国のクルーはこれから何が起こるのか、固唾を飲んで見ているしかなかった。

 電波が完全に遮断されているため、本国からの指示を受けることができない。

 すぐにでもゲートウェイから分離して国際宇宙ステーションに逃げたい気持ちがあるのだが、軌道計算ができない状態での強制分離、移動を行うのは自殺行為に等しい。


──ピッ、ピッ

 月面をゆっくりと移動している車両は、まずは月面上の無人探査機を発見すると,レーザーのようなもので破壊し始める。

 一つ一つ、しっかりと。

 まるで、領空侵犯を行った敵大国の戦闘機を破壊するかのように、何の警告もなく、無慈悲に、機械的に破壊していく。


「な、なんだあれは……アメリカの兵器か?」

「わかりません。日本の中継船からも確認の連絡が来ています」

「通信がつながったのか?」

「いえ、ゲートウェイを通じての有線通信です。あの車両は中国の無人探査機なのかと?」

「そんなはずがあるか,こっちは最初の被害を受けたんだぞ?」

「まあ、そう返答は返しておきます。しかし、これからどうすれば良いのか……」


 頭を抱えそうになる気持ちを抑えて、クルーたちは画面を睨むように見ているしかなかった。


………

……


「軌道計算できるか?」

「不可能ではありませんが、ISSまで手動で航行するのは危険すぎます」

「それぐらいは分かっている。だが、万が一の時には、そうする必要がある」

「急ぎます」

「中国船と繋がりました‼︎ あの車両は中国のものではないそうです、向こうも今後の対応に苦慮していると」

「当然だ、こんな馬鹿げた話があるか?」


 画面上では、未知の車両が無人探査機を破壊しながら走り回っている。

 やがて、車両の上部に付いている砲塔のようなものが上空を向くのが、見えた時。


「「緊急離脱だ‼︎ 中継船を切り離せ‼︎」」


──ピッ

 日本と中国のキャプテンが同時に叫ぶ。

 その声と同時に、ゲートウェイが次々と攻撃を受け始める。

 月周回起動上のため、破壊された残骸が月面に降り注ぐことは無い。

 だが、支えを失い、レーザー光線のようなものを何発か受けた二国の中継船はゲートウェイから吹き飛ばされ、軌道計算もされていない深淵の宇宙を漂い始めた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



『ピッ……ミサキさま、JAXAから通信が届いていますが』


 ホワイトハウスでの会談を終えて、今日は一日休暇とした。

 護衛付きでワシントンDCを散歩し、ホットドッグの屋台で昼飯を食べていた時、通信機にオクタ・ワンからの声が届いた。


「JAXA? なんでまた? いいや、繋げる?」

『ピッ……了解、アマノムラクモを中継します』

『こちら日本宇宙航空開発機構です。アマノムラクモのミサキ・テンドウさまにお願いがあります』


 切羽詰まった声が聞こえて来る。

 それだけで、緊急事態が発生したのが理解できる。 


「ミサキ・テンドウだ。何があったのか教えてほしい」

『月面探査船からの通信が途絶えました。我が日本だけではなく、中国の探査船からもです。ISSからの観測では、月軌道上において事故が発生した可能性があると』

「……それで、アマノムラクモに調査を依頼したいと」

『日本初の有人月面着陸です、乗組員の安否が確認したいのです。現在、月周辺に対する電波は全て途絶えています……お願いします……』


 最後は悲痛な声だった。

 もしも事故が何かが発生したのなら、宇宙空間では避難する場所もない。


「月軌道上にマーギア・リッターを二機送る。調査費用は後ほど請求するので」

『ありがとうございます‼︎』

「ということだ、宇宙に行ったことのあるのはロスヴァイゼか。オクタ・ワンは月軌道上の監視を開始、ロスヴァイゼに連絡、大至急、月軌道上に向かってくれ」

『ピッ……観測用マーギア・リッターを送ります』

『ロスヴァイゼ了解さ〜、行ってきま〜っす‼︎』


 すぐさまオクタ・ワンとロスヴァイゼが行動を開始、長距離観測用魔導具を装着したマーギア・リッターがアマノムラクモから出撃。

 同タイミングでロスヴァイゼも市ヶ谷駐屯地から宇宙に向けて全速飛行を開始した。

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